エリオの告白、ハルカの嫉妬
勇者グレイツが冒険者ギルドに訪れる半日以上前の夜にエリオたちは町を出ていた。
多くの行商や旅行者が行きかう国道であっても、闇夜ともなれば大自然の中に溶け込んでしまう。馬車に灯る光は『道』という根拠のない安心感を照らす反面、闇にうごめく獣たちにその存在を知らせるが、その光なしに走ることができないこともまた事実。何度か獣に襲われながらもエリオたちは馬車を走らせた。
朝日が昇ってからもひた走り、草原、丘、森林、山を越え、日が沈もうかという頃に、ようやく目指していた中継地点の城塞都市ブレッドが見えてくる。都市としてはライスーン王国領土で一番黒の荒野に近く、魔獣に対する防衛拠点になっている。付け加えて言えば隣国のハークマインとも近いため、万が一に備える拠点でもあった。
午後六時四十分。ようやく正門に到着して入門のチェックを受けた彼らだが、そのまま宿には入らない。まずはザックが宿に入り、続いてマルクスとレミ兄妹が入り、少し時間を置いてからエリオとハルカが偽名を使って受付を済ませた。
こんなことをするのは命の石を持ちだしたからに他ならない。万が一のことを考えて男女五人のパーティーであることを隠すためだ。その万が一が、その身に迫っていることを彼らはまだ知らない。
ようやく辿り着いた町の宿で、エリオとふたり部屋という展開は、ハルカにとって嬉し恥ずかしなことであり、アルティメットガールと言えども高まる心拍を抑えることはできなかった。
「俺とふたり部屋で悪いね。でも危険度を考えたらこの割り振りがいいって言うから」
「あ、いえ、そんな。悪いだなんて。むしろ良かったというか、何かあったら守れるし。いや、守ってもらえるし、ですね。あはははは」
しどろもどろにハルカは返答する。
お風呂を済ませ、部屋に運ばれてきた夕食を同じテーブルで食べながらハルカは思う。
(ふたりっきりなんてこのパーティーに入ってすぐの頃以来よね)
パーティーでの行動が多いので、ふたりきりになることなどほぼなかったのだ。
部屋着に着替えて寝る準備が整ったとき、いまだこの状況に浮足立つハルカに対して、エリオは真剣な眼差しを向けてこう言った。
「ハルカ……。聞いて欲しいことがあるんだ」
そうハルカに切り出したエリオの瞳から強い想いを感じるのは、アルティメットガールが持つ超感覚能力によるものではない。ハルカの女心がそう感じているのだ。
エリオの強い念が言葉に乗って発せられようとしている。
世界の秘宝である命の石を持って出たことや、魔族に襲われるという危機的状況など些細と思えるほどに、ハルカの現状は切迫していた。
大きく呼吸してから感じ取ったエリオの心の色味は『秘匿』と『緊張』と『羞恥』。つまりそれは日常会話ではなくて心の中の強い想いということ。
「なんでしょうか?」
上擦った声でハルカは返した。
「実は、俺の心に生まれたこの感情についてなんだ」
この話し出しにハルカの鼓動は戦うときよりも強くて早くなった。
(わたしに聞いて欲しい? 何を? エリオさんの心に生まれた感情? わたしだけは連れて行くって決めていたことから考えたらやっぱりそうよね! それしかないわよね!!)
「こんなときに言うべきことではないのはわかっている……。このまま話さないほうが良いかとも考えたんだけど……」
「はい」
こんな言葉だったらこう返そう、こうだったらどうしようと、次に続く言葉の候補をハルカは高速で導き出していた。
「このことは誰にも言ったことはないんだけど、こんな状況になった今……。今だからこそ伝えることにしたんだ」
(もう、早く伝えてください!)
ふたりきりになったとたんのこの展開。恋愛ごとには縁のなかった彼女は口から心臓が出る思いで待っていた。
「実はね……俺はつい先日、胸の奥に灯った異性に対する熱い想いに気づいたんだ」
(キタァァァァァァァァァァ!)
「は、はい!」
「出会って間もないってこともあったし、こういう感情は初めてだったから自分でもよくわからなくて。最初は興味なのかと思ってたんだ……」
(出会って間もないってそれはもう、わたししかいないじゃないですか?!)
「でもきっと、これは興味とは違う。俺は好きなんだ。彼女が!」
「ん? (彼女?)」
向かいに立つハルカに対して使う人称代名詞として『彼女』というのはおかしい。そう思った直後、その彼女の名があかされた。
「俺は、アルティメットガールを好きになってしまったんだ!」
(それって、わたしなのにわたしじゃない人ですよね!)
アルティメットガールが好きだと告白したエリオの表情と紅潮する顔色が、言葉が持つ想いの強さに比例している。彼が発する心の色が好意ではなかったのは、自分に対して向けられた感情ではなかったからだと、遅ればせながらに気づくのだった。
「アルティメット……ガール……ですか……」
まさかの展開から予想だにしない結果に、彼女のテンションは一気に下がった。
「凄まじい強さの女性だった。なびく髪とケープ。放つオーラに見合うあの強さ。凛々しく頼もしい声色」
(アルティメットガールが好きって言ってくれたのは嬉しいけど、悲しさはその十倍よぉぉぉぉ)
目を輝かせて話すエリオを見て、ハルカはそう思って嘆いていた。
「強さもさることながら、人々のために力を振るうというその心に感銘を受けた。俺も人のためにって思いはある。それをギルドの依頼という枠の中でやってきた。でも、彼女は冒険者としてではなく、国のためでもない。ただ、世界の人のためにその力を使うんだ」
ハイテンションで話すエリオを、ハルカは心で泣きながら笑顔で見つめていた。
「飛行の魔法や魔術とは違うあの能力。マサカーサーペントの動きに付いていく反応と動き。さらにはあの恐ろしい魔族を素手で殴り倒す力強さ。どんな修練を積めばあれほどの力が得られるんだろう」
そう言って静かに目を閉じるエリオを見て、ハルカの心に得も言われぬ感情が湧き上がり、彼女は思わず口を挟んだ。
「アルティメットガールが普通の女の子に見えますか? 彼女は世界の人々のヒーローなんです! いくらエリオさんでも手の届く存在じゃありません!」
一気に捲し立てるハルカの心は嫉妬心によって支配されていた。この感情は、エリオに対する恋心と同様に初めて生まれたものであり、それを向けた相手はなんと自分自身だった。
そんなハルカの心情も知らず、エリオはハルカの言葉からあることを察して問いかける。
「ハルカ。もしかして、彼女を知っているのかい?」
優しくも強い質問。エリオのアルティメットガールへの恋心に対し、つい否定的なことを口走ったことにハルカは後悔した。
「アルティメットガールとはもしかしてハルカの世界の者なのか?!」
これは、彼女の言葉から十分に推測できる。
「……そう……です」
基本的に嘘をつけない彼女は渋々と肯定をした。
「やっぱりそうなのか! なんだよ、もっと早くに言ってくれれば良かったのに!」
満面の笑みのエリオに、ハルカは作り笑顔を返した。
「教えてくれ。ハルカの世界での彼女のことをさ」
そう言われては拒否できず、観念して話すことを承諾した。
(何を話したらいいんだろう?)
しかし、話し出せばスルスルと言葉は出てくるもので、いつしかエリオと楽しく会話していた。
「……アルティメットガールと宿敵が入っていった施設が爆発して……。それに巻き込まれたことで、わたしはこの世界に来たのだと思います」
「そして、彼女もこの世界に来ていたというわけか」
「そう……みたいです」
(わたし、なんか楽しげに話してるけど、これってライバルに塩を送る行為よね? バカバカ、アルティメットガールを持ち上げてどうするのよ!)
ひと通り話が終わり、自分が楽しく熱中していたことに気づいたハルカが自己嫌悪していると、「ある意味良かったのかもしれないな」とエリオが言った。
「え、良かった?」
「宿敵との戦いが終わって生き残ったんだから、これからの彼女は自由だろ? 新たな自分の人生が生きれるじゃないか」
それはハルカがこの世界に来たときに考えたことだった。エリオが自分と同じことを思っていることにハルカは喜びを感じ、よりいっそうエリオへの想いが加速する。しかし、エリオの心は寂しさや悲しさの色を発しており、ハルカは困惑してしまった。
エリオの想いを知りつつも、アルティメットガールは彼の前に現れたくはないのだ。それは、彼の想いに応えられないというだけではなく、ハルカ自身の人生を生きていくのだと決めたからでもなく、アルティメットガールという大き過ぎる力でこの世界にかかわり過ぎてはいけないという大前提が、ハルカの中にあったからだ。
「いろいろ話してくれてありがとう。それから聞いてくれたこともね。おかげでぐっすり寝られそうだよ」
その言葉とおりエリオは朝まで快眠する。
反対にハルカは嬉しくも悲しいエリオの告白を聞き、自分に対する嫉妬というどうにもならない感情に悩まされる。そんな気持ちのまま同じ部屋で眠れぬ夜を過ごすのだった。
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