転移
ゆるやかに吹き抜ける風。燦々と降り注ぐ陽光。果てしなく広く青い空の下の雄大な大地にアルティメットガールは倒れていた。
ボロボロだったコスチュームがすっかり修復されている。それほど長く意識を失っていた彼女を、草原の絨毯が優しく受け止めていた。
閉じたまぶたを通して届く光に眩しさを感じ、彼女はゆっくりと目を開けた。
「どこ?」
直前の記憶はすぐに蘇り、その差異を感じながらも動揺はなかった。
「天国……かな? おこないは良かったと思うし」
この発言は半分は本気だったけれど、自分が死んでいるとは思っていない。なぜなら、科学の結晶で作られたアルティメットスーツに身を包んでいるからだ。
「さすがにナノバルテクトシステムまでは持ってこられないわよね」
そう言って立ち上がった彼女はふらりとよろめいた。宿敵ネガとの戦いで負ったダメージが残っている。そのことも、ここが現実なのだと示していた。
あらためて見渡すが、見える範囲には人工物が見られない。地球上でこれほど広い草原がある場所は限られている。
「北海道? オーストラリア? それともモンゴルかな? 時限跳躍の影響で飛ばされたにしても、地球上だったなんてラッキーにもほどがあるわ」
ネガを完全に消滅させるため、とてつもないエネルギーを使って爆発させた。その被害を抑えるために時限跳躍させたのだ。
「ネガの気配はない。大丈夫。わたしのすべてを込めたうえにあの爆発だもの」
ここでようやく彼女は肩の力を抜いた。そして、現在地を把握するためにゆっくりと上昇していくなかで、ここが日本ではないことを認識する。かなり遠くに集落を見つけて「やっぱりモンゴルあたりかな」と口にしたとき、彼女の感知能力に黒い何かが引っかかった。
「ネガ!?」
宿敵ネガも生き残っている。そう思って身を震わせたが、その力はあまりに小さく、比べるまでもなかった。
「そんなはずないか」
だが、万が一もある。ネガの存在は絶対に許してはいけない。そのために彼女は戦ってきたのだ。
「だけど、念のためね」
遠くに感じる黒い力を確認しようと、アルティメットガールは現場に向かった。
*********
二十数名の闘士たちの死体が転がる中で、ひとりの青年が血まみれになって生き残っていた。口の中は血と泥にまみれており、全身の傷は致命傷の一歩手前といった状態だ。
数名の生き残りが振るう剣戟の音が聞こえている。それが次第に少なくなっていくことで、戦況の悪さを伝えていた。
焼けた死体の臭いが絶望という状況を明確にし、多量の出血による寒気と、この状況におちいったことによる寒気が彼を襲う。
彼は残る力で仰向けに寝返り、現状に似つかわしくない晴れ渡る空を見て思う。今が世界の運命を賭けた戦いだったら立ち上がれるのだろうかと。
これは、彼が目指す英雄的願望とかそういったモノではない。苦難におちいったときにいつも考えること。つまりルーティンに過ぎない。命の危機に際しても彼はいつも通りだった。ただ、これまでと違うのは立ち上がることができないということだ。
ここは地球に比べて水準の低い文明の世界。ただし、魔法や法具といった未知の力があり、魔獣と呼ばれる野生動物とは違う強大で狂暴な獣が住んでいる。
ズン、ズンと歩いているのは人とも獣とも言えない何か。人間の倍以上の身長とそれに見合った頑強な巨体を体毛で覆ったそれは、獣魔人に分類される恐ろしい存在だ。しかし、彼の知識には無い未知の個体だった。
ついに闘争の気配はなくなり、獣魔人が散らばる死体をむさぼり食べ始めた。このままでは生きたまま食べられてしまうであろう。そう思った彼に恐怖はあっても諦めなどなかった。ひたすらに立ち上がることだけを考えていた。
霞む目に獣魔人の顔が映る。共に戦った者たちの血にまみれた手が彼を掴んで持ち上げていく。身体は動かないけれど右手に握った剣だけは離さない。それが彼にできる唯一の抵抗だった。
開かれた口が迫ってくるのを感じて、ようやく彼の心にあきらめの感情が湧いてきた。その途端、獣魔人から伝わる衝撃が体を揺らし、緩んだ手からこぼれて地面へと落とされる。そのとき、土砂を被って悪化した彼の目に、飛び回る何かが薄っすらと見えた。
地面から伝わる振動は巨体が激しく動いているからであり、空気を震わせる衝撃は何者かの攻撃によるものなのだと察するが、詳しい状況まではわからない。
獣魔人の咆哮が悲鳴に変わったと思ったとき、これまでよりも大きな振動が横たわる彼の身体に伝わる。それを最後に悪意は消え、心地良い自然の騒めきが戦いの終わりを告げた。
「大丈夫ですか?」
大きな怪我と多量の出血が五感を衰えさせるなか、脳に響いた女性の声が薄れゆく意識を繋ぎ止めた。
「だ……れ」
声の主に抱えられたと感じた彼は、霞んだ目で彼女を見る。だが、認識できたのは赤みを帯びた長い髪だけだった。
「ここって地球じゃないわよね。病院なんてあるのかしら?」
この言葉と浮遊感を最後に彼は意識を失ってしまった。
*********
小さな村の診療所で彼が目覚めたのは、二日が過ぎたときのことだ。記憶はぼんやりとしており、覚えているのは国の大臣から受けた依頼に失敗し、多くの者たちが死んだこと。そして、自分が何者かによって助けられ生き残ったということだ。
九死に一生を得たのはエリオ=ゼル=ヴェルガンという名の青年。その命を救ったのはスーパーヒーローのアルティメットガール。
エリオはこの出来事からしばらくして、アルティメットガールの宿命に深くかかわっていくことになる。
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