魔族襲来
ギルド依頼の完了から二日が過ぎ、魔族との遭遇で乱れていたエリオたちの心もすっかり落ち着きを取り戻した。彼らが朝食を食べていると、パーティーホームの扉がノックされた。
「はーい」
ハルカが開けた扉の向こうに立っていたのは、ギルドの運営で窓口業務をしつつ、宿舎の管理をしている女性。ダークブラウンのショートボブが似合う小柄で可愛らしい彼女の名前はパール=シェルパック。年齢は二十歳ながらハルカよりも幼い容姿をしている。
「パールさん、おはようございます」
その後ろには、ごつい体のギルド長が困り顔で立っていた。
「どうしたんですか? こんなに朝早くにゴレッドさんまで来るなんて」
「お伝えしなければならない大変なことがありまして」
この言い回しを受け、皆の頭に魔族のことが浮かんだ。
「大変なこと?」
ハルカはゴレッドを見てからパールへと視線を戻した。
「それがですね、近隣の町を魔族が襲っていると連絡があったんです」
「「えーーーーーー!」」
「家屋などは酷い状態ですが、幸いにも人的な被害はほとんどありません。ただ、その魔族が『キョウカイキョウ』を返せと言っているそうで……」
(キョウカイキョウ。あの魔族が言っていたモノだわ)
皆の頭にも同じ物が思い浮かんでいた。
「魔道具のことだろ? やっぱりあきらめてないのかよ」
生死不明だった魔族の生存をハルカは確信していた。アルティメットガールの主義は不殺。派手に殴り飛ばしたとはいえ、魔族の力量を考慮して加減していたのだ。
「ってことはだ。そいつはそのうちこの町にもやってくるはず。その前に手を打っておかねぇと……」
カーン、カーン、カーン……。カーン、カーン、カーン……。
ゴレッドの言葉を遮るように鐘が鳴り響いた。三つ区切りで鳴らすのは緊急事態を告げている。それがゆえに皆は最悪を予想して、窓に集まり外の様子をうかがった。
「おい、まさか?」
マルクスの言葉に答えるように外を走る衛兵が叫んだ。
「魔族襲来!!」
「来やがったー!」
エリオたちがおののく中でハルカだけは再び愚痴り嘆いた。
「なんで来るのよぉぉぉぉ!」
武装して宿舎を出たエリオたちは王具グレンを預けているギルドに向かった。道中すれ違う町の者は一様に空を見上げている。煙る春霞の向こうにぼぼんやりと黒い影が浮かび上がり、その朧げな輪郭だけでエリオたちは確信した。
「あいつ、生きてたのかよ」
「アルティメットガールに全力でぶっ飛ばされたのに無事だったわけ?」
「全力ってわけじゃ……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、何も」
レミの後ろでハルカは口を覆った。
「エリオはこの怪我だ。ほかにA級の闘士はいないのか?」
「わたしの知る限りでは、みんな依頼を受けて出払っているはずです。唯一のS級も一ヶ月ほど顔を見せていません」
ザックの質問に答えたパールはゴレッドの腕を掴んで指示を求める。
「次点で言えばセミールか。あいつがその気になればA級なんだがな」
(ギルド長も気づいてるのね。能力はピカイチなのに使い方が悪いって。そうだとしてもあの魔族相手じゃ戦力外は否めない。もしダメならまたわたしがなんとかしないといけなくなっちゃうわ。だけどそれは……)
「そうなると期待できるのは衛兵長とギルド長よね?」
皆の視線が集まったゴレッドは渋い顔でこう言った。
「あれはヤベェ奴だ」
この町の最高戦力のひとりが口にした言葉にレミは愕然とした。
「俺が戦ったことのあるのは上位戦闘員より上の近衛兵級の中位くらいまでだ。それも駆け出しだったとはいえ勇者の称号持ちを含めた四人でな」
「近衛兵って魔王軍の直属の指揮下にいる奴らってことですよね?」
「そうだ。近衛兵からは強さが一気に増す。その上には親衛隊。さらにその上には側近ってのがいるらしい」
「で、あいつはどのくらいですか?」
恐る恐る聞いたエリオに、ゴレッドが難しい顔で答えた。
「あれが一般兵ってことはないだろう。対峙してみなけりゃわからんが、上位戦闘員以上は確実だな」
「それってつまり……」
その先が言えずにレミは息を飲み、エリオが続きを口にする。
「勇者か十闘士がいないと厳しいってことだ」
「そんな……」
大きな町ならいざ知らず、この小さな田舎町にそれほどの戦力は常駐していない。
震えるレミの肩をマルクスが引き寄せて支える。パールもゴレッドの腕をギュッと掴んだ。このとき、皆の頭に唯一の可能性が過り、それを同時に口にした。
「「「アルティメットガール」」」
「そうよ、彼女が来てくれたら」
「あの女の強さなら、あんな魔族は敵じゃないぜ!」
希望を持ってそんなことを言うリオーレ兄妹に、ザックは現実を突き付けた。
「で、そのアルティメットガールはどうやって呼ぶんだ?」
「それは……」
「彼女は言っていた。『通りすがり』だって。今はもうこのあたりにはいないのかもしれないな」
(いるんですよぉぉぉ。でも出られません。あのときはどうしようもなくて仕方なくなんです)
心でエリオに返答したハルカは仲間たちの期待に応えられないことに胸を痛める。アルティメットガールの力はこの世界のバランスを崩してしまうほどのモノ。そして、ハルカの人生には不要なモノ。一度破ってしまった誓いだが、新たな人生を生きていくために、二度と変身しないと月に向かって再度決意を固めたのは数日前の夜だ。
(何か別の手を考えないといけない。魔道具を返すか持って逃げるかだけど、逃げたらこの町の人たちが危ないわ。となればやっぱり……)
「返しちまえ!」
そう叫んだのはギルドを囲う壁の陰から覗いているセミールだ。
「そうまでして守るようなもんなのか? 魔族なんざ俺たち一般冒険者がどうこうできるわけがねぇんだ。王国勇者に任せようぜ」
いつもはキザな言動を心がけているセミールも、さすがに魔族が相手となると興奮を抑えられない。
「あいつ言ってたぞ。あの魔道具を渡せば見逃してやるってよ」
「あぁ、だがこうも言っていた。この慈悲は一度きりだってな」
「…………」
「魔道具ひとつ返して済むならそうしたいんだがよぉ」
ゴレッドのこの言いようは、それはできないと言っているように思え、皆はこの先の言葉を黙って待った。
「近隣の町から高名な賢者に来てもらって魔道具を調べてもらったんだ。そしたらな……そいつには命の石が使われていることがわかった」
誰も言葉を発しない。それほどの衝撃だった。しかし、異世界人のハルカには事の重大さがわからない。
「命の石というのはどんな物なんですか?」
「知らないんですか?!」
パールが驚きの声を上げたのは、ハルカが地球から来たことを彼女だけが知らないからだ。
「命の石っていうのはな、あらゆる力を増幅したり強化したりできる神秘の石だ。俺が現役の頃にそいつを手に入れた王国が侵略戦争を起こしたことがあった」
「使い方によっては個人が国に脅威を与えられるほどの力を持っているとされているんだ」
エリオは強く緊張しながらも、優しく説明を付け足した。
「個人で国に脅威を……ですかぁ」
(魔法も凄いけどやっぱり戦車や戦闘ヘリのほうが脅威よね。個人でミサイルを扱うくらいの規模かしら?)
ハルカは自分の世界での軍事力を比較対象にして想像していた。
「超遠距離広域自然災害魔法なんて呼ばれたアレは恐ろしかったぜ。ライスーン王国の軍勢が一発でやられちまったからな」
(それって爆弾くらいの脅威なのかも)
「その石が組み込まれた魔道具を使ってあいつが昇格したら、魔王級の強さになってしまうなんてことも……」
命の石というワードを聞いたエリオは、魔道具を差し出すという選択肢を消さざるを得なかった。
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