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ハルカの幸せ

 魔獣マサカーサーペントと魔族との戦いから三日が過ぎ、ヴィオレントガリルが山の中腹を越えて元の生息域に戻り始めた頃、晴れやかに広がる空の下に王国騎士の一個中隊が到着。それを見た冒険者たちはようやく精神を緩めることができた。


 魔族の調査に向かった騎士団は途中で魔獣マサカーサーペントに出くわすが、三十名を超える騎士団の精鋭によって討伐される。その魔獣の鱗などを素材にするため解体しようとしていたところ、大蛇のある部分の異常を発見した兵が仲間を呼び止めた。


「どうした?」


 彼が指をさした場所はマサカーサーペントの尻尾とも言うべき場所の鱗だった。


「なんだよこれ? 手形か?」


「手形……に、見えるよな?」


 その鱗には、ハルカの手形の痕がクッキリと刻まれていた。




 ビギーナの町に戻ってきたエリオパーティーは依頼達成報告のためギルドに向かった。レミがその扉を引き開けると、活気ある室内の空気が一瞬にして凍り付いた。


「えっ、なに?」


 ザックの持つ魔道具の威圧を受けて身を固めたのだが、彼らにはその原因がわからない。ただ、これまで感じたことのない脅威に、強い警戒心を抱かずにはいられなかった。


 そんななか、階段から駆け下りてきたのは、熊のようにガッチリとした体型で短く刈られた坊主頭のギルド長のゴレッド=モリンミートだ。


「何事だ?!」


「ただいま戻りました」


「お、おう……。エリオか」


 このやり取りで、この場の緊迫した空気も少しずつ緩んでいく。


「ご苦労。とりあえず上がってこい」


「みんなは依頼の達成報告をお願い。終わったら先にホームに戻ってて」


 エリオはそう指示を出し、上階にあるギルド長室に向かった。


「まぁ水でも飲めよ」


 ゴレッドは疲労が色濃く残るエリオを気遣いながらも説明を求めた。


 ひと通り事情を聞き終えたゴレッドは椅子に深く座り直してからゆっくりと口を開いた。


「魔術陣の形状や発光から推測するに、ザックの言う通り壁破の儀で間違いないだろう。魔族たちは昇格の儀と呼んでいるやつだ。よく止めてくれたと言いたいが、魔族相手に無茶をするな。へたすりゃ死ぬぞ」


 ゴレッドの忠告に「そうですね」とエリオは苦笑いで返した。


「ですが、もしあの魔族が昇格なんてしたら、それこそ俺たちには手に負えません。そこから考えられる被害は甚大です。儀式で動けないからこその対処ですよ」


「で、殺さずに奪ったと」


「ハルカの提案です。みんなも同意しましたが、決断したのは俺です」


 ゴレッドはおでこを押さえてひと息ついてから上目遣いでエリオを見る。


「結果オーライだが、次に魔族と遭遇したら逃げろ。確実に殺せるなら殺せ。称号持ちの闘士でも魔族のクラスによっては危ねぇんだ。お前には将来性がある。だが、今は一般戦闘員クラスならともかく上位戦闘員が相手だとギリギリだろう」


「魔族ってそれほどの強さなんですね。手を出すべきじゃなかったかな」


 こう返したエリオの表情に後悔といった負の感情がないのは、これこそが彼の生き方であるからに他ならない。


「魔族の件は町長と衛兵長にも報告しなきゃならないが、この魔道具はそれとは別件としておく。そうだなぁ……崩れた洞窟で見つけたってことにしておけ。口裏合わせろよ。でないとお前らから魔族に絡んでいったことがバレちまうからな」


「わかりました」


 そうして話をしているあいだにも、ふたりはじっとりと汗をかいていた。


 エリオはコップの水を飲み干して立ち上がった。


「……この魔道具を預けてもいいですか? これを持ったままホームに戻ったら、みんなもゆっくり休めそうにないですから」


「わかった。ここの地下保管庫に入れておいてやる。その代わりと言っちゃなんだが調べさせてくれ。正直こいつはあまりに常軌を逸している。こんなのは俺が現役のときでも一度しか感じたことねぇ」


「お願いします。俺も気になってたんで好都合です」


 エリオが出ていった部屋でひとり魔道具を見つめるゴレッドは、現役冒険者だった過去を振り返りながら眉根を寄せていた。


 彼は魔族との争いを前線で経験した上級闘士。当時は勇者の仲間として魔族と戦っており、その戦禍の中で似たような力を持つ魔道具を見たことがあった。


「まさかとは思うが……。まぁ念のためだ」


 ゴレッドは魔道具を手に取りギルド地下保管庫へと持っていった。


 エリオがパーティーのホームであるギルド宿舎に戻ると、仲間たちが食事の支度をしていた。


「おかえりなさい!」


 笑顔で出迎えるハルカにエリオは優しく微笑んで応えた。


「どうでした? ゴレッドさんはなんて?」


「そのことは食べながらにしよう」


 十人用の中規模パーティーの部屋のテーブルに並べられた料理は一見して御馳走だった。素材はいたって普通だが、味付けや盛り付けがそう思わせる。冒険者パーティーにしてはまともな食事を楽しめるのは、孤児院で育ったマルクスとレミが料理を教わっていたからだった。


 エリオがゴレッドとの話を共有すると、マルクスとレミは魔獣や魔族に遭遇したときのことを思い出して表情をこわばらせた。ザックは魔族の儀式が壁派の儀だったことに「やはりそうだったか」とだけ口にして、和やかな食事の場が暗く沈んだ。


 しかし、楽観的な性格のマルクスと前向きなハルカによって、それ以降は普段どおりの雰囲気で食事を楽しむことができた。




 皆がベッドに入った時刻は二十時。ギルド依頼に魔族との遭遇が重なったことが疲労を強め、すぐに彼らは眠りの世界へといざなわれた。しかし、ハルカだけは自室を出てリビングの出窓に座り、かすみ雲のかかる上弦の月を眺めていた。


 彼女が住んでいた世界なら、まだまだ活気に溢れている時間帯だが、この世界では冒険者ギルドまわりの飲食店エリア以外は真っ暗で静かなものだった。


「幸せってこういうことなのかなぁ」


 出窓に腰かけながらハルカはポツリとつぶやいた。


 彼女が手にした幸せは、思い描いていたカタチと少し違う。


 この世界に来て約半年。念願の『友達』とも言える冒険者パーティーの仲間を得て、そこそこ危険な依頼をこなしながらも楽しい日々を送っている。


 これまでの人生は、自身の能力の向上や世界平和の活動、そして『宿敵』との戦いが、彼女の日常を大きく占めていた。


「学校で勉強や部活をしつつ、友達としゃべって、遊んで、愚痴をこぼして笑い合う。そんな日常が幸せなんだろうって思ってたのに。ここでは野獣と戦い、自然の脅威と向き合い、未知の領域の調査をして、ときには人とも争っている。こんなことが日常の世界でわたしは幸せを感じているの?」


 この世界で『友達』を作り、さらに自分の心に『恋』の感情が生まれたことが、いまだに夢なのではないかと思うことがあるのだ。


「地球では得られなかった幸せがここにはある。彼女(・・・)の力は世界の幸せには成り得たかもしれないけど、わたし(・・・)を幸せにするモノではなかった。だからもう変身はしない。思っていたのとは違うけど、わたしはこの日常での幸せを追及していくわ」


 皆の寝静まった部屋で、彼女は優しく光る月にそう誓いを立てた。


 しかし、この幸せをおびやかす事態が訪れる。

読んでいただきありがとうございます。

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