アルティメットガール
「君は……いったい……」
何者か、という言葉に詰まったエリオに彼女は答えた。
「わたしは、通りすがりのスーパーヒーロー」
「すーぱー……ひーろー?」
「つまりは、あなたを助ける者よ」
エリオのピンチに現れた謎の女性によって、彼は窮地を脱することができた。
(酷い状態だけど致命的な傷はない。だけど、仙術の使用による極度な疲労でもう動けなさそうね)
彼の無事を確認した彼女が魔獣へと視線を向けると、低い知能なりに感じた戸惑いと、その本能で生じた危機感によってマサカーサーペントは後方に跳び下がる。
風の音がうるさく感じるような静かなたたずまいながら、巨大な何かが鎮座しているような彼女の存在感は、味方を安心させ、敵対する者を威圧する。
警戒心を強めて頭を上下に動かしていたマサカーサーペントが威嚇のために叫んだ瞬間、激しい衝撃音と共に仰け反った。
「す、すごい……」
「飛んでる?」
そこには宙に浮いたままで魔獣を殴りつける彼女の姿があった。
襲いくる牙を掴んで振り回し、ムチのように振るわれた身体をガッシリと受け止める。そして、強固な鱗をものともせずに殴り、一撃ごとに大蛇を追いつめていった。
「奴は人族の勇者なのか?!」
マサカーサーペントが素手で殴り飛ばされているという異常事態を見て、さすがの魔族も組んでいた腕を解いた。
「人族の勇者と言えど、聖剣を持たずにあのレベルの魔獣と戦える奴は見たことがないぞ」
この劣勢にもマサカーサーペントは怯まず不規則に体を動かし向かっていく。だが、彼女のかかと落としが脳天に決まったことで、とうとうその動きを止めた。
「倒しやがった。あの恐ろしい大蛇を、倒しちまったぞ!」
マルクスはレミの背中をバンバン叩いて喜び、レミは溜めていた息を吐く。セミールパーティーの三人は倒れたエリオと一緒にザックの後ろに身をひそめながら絶句していた。
ふわりと地に降り立った彼女は長いケープをはためかせ、優美な動きで振り向いて魔族を指さした。
「次はあなたの番かしら?」
「なんだと?」
少年の姿をしている魔族だが、放つオーラは人族のそれではない。威容を誇る角はないまでも、褐色の肌、噛みしめる口から覗く鋭い犬歯、背に携えた透きとおる黒い翼は魔族の特徴であり、それだけでエリオたちを恐慌させる。
だが、彼女の心は揺るがない。
「ここは彼ら人族の領域よ。あなたのいるべき場所じゃないわ」
あまりに穏やかな口振りに、静かに睨んでいた魔族の表情が激変した。
「盗人が何を言うか! ぶっ殺して奪い返す! 邪魔する奴も全員殺す! 邪魔しなくても目に入った奴は殺す! さぁ殺されたくなければ俺から奪った物を返しやがれ!」
そう叫んだ魔族は、じわじわ闘気と魔力を高めていった。
「殺される……」
一度は去ったかに思われた死への恐怖が再びレミを襲う。
「貴様、あんな蛇を倒したくらいで調子に乗るな。俺の強さはそんな次元ではない。そして、俺は油断しない! 手加減もしない! 絶対に逃がさない! 極限の恐怖を植え付けて全力で捻り殺すぅぅぅ!」
内在する圧倒的な力が開放され、誰もが最悪の結末を想像したそのとき。
「静かにして」
ケープをなびかせた彼女が魔族を殴り飛ばした。
「えっ?!」
二十メートルほど先の地面を抉ってめり込んだ魔族を見て、守られた者たちは呆気に取られた。土まみれの魔族も何が起きたのか理解できずにいた。
魔造人形は活動を止め、風の音以外聞こえない静寂に包まれる。数秒間動きを止めていた魔族は、爆音と土砂を巻き上げて跳び上がった。
「あら、動けるの?」
この問いに対して「当たり前だ!」と怒声で答えるのだが、着地した足元がおぼつかない。
「効いてるじゃない。無理しないで帰ったほうがいいわ」
彼女は本気で言っているのだが、バカにされたと思った魔族は怒りの炎をたぎらせて再び力を解放した。
「油断さえしなければ、貴様なんぞに後れを取るものか!」
「あれ? さっきあなた『俺は油断しない』って言っていたわよ」
激昂する魔族に、彼女は微笑みながら揚げ足を取った。
「ゆるさん!」
さきほどまで『死』と隣り合わせにいた者たちだったが、このやり取りでその緊張感が薄れていく。だとしても、魔族の強さは本物だ。冒険者ランクで上位に入るエリオのレベルをいくつも超えた先にいる。
「俺の邪魔をするなっ!」
怒りを乗せた猛攻はエリオの目をもってしても捉えられない。しかし、それらをすべて軽快に捌いた彼女の三連撃が魔族を打った。
「ぐがっ」
胸と腹を押さえて怯んだ魔族に、彼女は穏やかながら強い意思の言葉を突き付ける。
「あなたの強さは彼らの手には負えないの。悪いけど、力尽くで帰ってもらうわ」
怒りのゲージが振り切った魔族の攻撃を柔らかな舞いでいなし、その合間に攻撃を差し込む彼女だが、強者から感じるような威圧はまったくない。まるで舞い散る花びらに向かって魔族がひとりで暴れているかのようだ。
「殺してやる!」
狂気をはらんだ魔族に対して彼女が拳を握り込む。その瞬間、優雅に舞い散る花びらは雄渾無双な巨木へと姿を変えた。
大地の力を乗せたクロスカウンターに頬を打ち抜かれた魔族は、水面を跳ねる小石のように森の木々をなぎ倒して転がっていく。
「わたしは悪い人は完膚なきまで叩きのめす主義よ。もちろん手加減はするけどね」
魔族の口上に対して言い返した言葉だったが、その魔族はもういない。
目の前で起きたことが信じられない者たちは、魔力の供給が途切れてバラバラになっていく魔造人形を見て、魔族が倒されたことを実感するのだった。
手櫛で髪を整えている彼女は、戦いを終えたばかりとは思えない柔らかな雰囲気を醸し出している。ゆったりとした動作で振り向き、滑るように低空を移動して、座り込んでいるエリオにそっと手を差し伸べた。
彼女の不可思議な力に戸惑いながらも、エリオは腕を伸ばしてその手を取った。
「脅威は去りました。あなたたちは仲間の子を迎えにいってあげてください」
「ハルカは無事なのか?!」
驚きの声を上げたエリオに、彼女は微笑みながら答えた。
「無事ですよ。わたしが助けました。崖下の大きな木の上にいます」
「木の上?」
「森の野獣に襲われたら大変ですから」
「そうか。そうだな」
(ごめんなさい。本当はわたしが戻るまでの時間稼ぎなんです)
「魔獣や魔族の影響で、この近くにあなたたちの脅威になるような者はいないと思います。ですが、エリオさんは酷い怪我をしているようですし、疲労もあると思うので気をつけてください」
「なぜ君は俺の名前を?」
初対面のはずなのに自分の名前を知っていたことを不思議に思って問うエリオに、彼女は晴れやかな笑顔で返した。
「あなたは冒険者百選に名を連ねる有名人じゃないですか。誰でも知っていますよ」
その笑顔に衝撃を受けたエリオは、慌てて彼女に聞いた。
「君は何者なんだ?!」
「わたしは……。わたしはアルティメットガール。世界の平和を望み、常人には手に負えないあらゆる脅威から人々を救う女の子よ。では」
彼女はゆっくりと舞い上がり森の向こうに飛び去っていった。
「アルティメットガール……。とんでもない女の子だ」
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