変身
「魔族?! なんで? どうして? おい、エリオ! どういうことなんだ?! 魔族が絡んだ依頼だなんて聞いてないぞ!!」
(セミールさ~ん。素がでちゃってますよ~)
これまでの経緯を知らずに飛び込んできたセミールは魔族の登場に大混乱。自分なりにキメていた口調やしぐさを崩してエリオを問い詰めている。
「捻り潰してやるところだが、境界鏡を渡せば見逃してやる。この慈悲は一度きりだ」
大蛇は燃えさかる炎の壁の向こうで様子を伺っている。幸いにもエリオたちの逃走を止めるために使った魔族の魔法が、大蛇の侵入を防ぐ防壁となっていた。
(前門の蛇、後門の魔族ね。みんなにはこの状況を打開する手立てはないけど、わたしは……)
「エリオ、そいつを返そう」
震えるレミの手を掴んでいるマルクスがそう提案した。
「そいつを返せばあいつは昇格して、もっととんでもないことになるぞ。それでもいいのか? それに、返したところで見逃してもらえるとは限らない。奴を倒すことはできないが、逃げることはできるんじゃないか?」
(ザックさんの言い分もわかる。だけど、誰かの犠牲なくして逃げ切るのは無理。嘘かもしれないけど、この条件は飲むしかない)
「エリオさん。生き残る可能性があるのなら、戦いを強行するべきではありません」
握りしめた剣の柄を見ていたエリオの目の色が変わったとき、どういった決断を下したのか理解したハルカは目を閉じて息を吐いた。
その決断を言葉にしようと彼が口を開いた瞬間、燃えさかる炎の壁が破られる。
「散開!」
ザックの号令によって飛び退くと、彼らが立っていた場所に大蛇の頭部が打ち付けられた。レミの腕を引いたマルクスはその衝撃で地面を転がり、素早く距離の取れないザックは重装備によって耐えしのぐ。
「仙術……グランファイス」
エリオは切り札である【闘力爆縮仙術】によって、纏う炎のオーラを劫火へと変貌させ、マサカーサーペントに向かっていった。
「このあたりは魔素が薄い。そいつは境界鏡の魔力に引かれているんだ。俺が儀式の場に張った結界から持ち出したことが失敗だったな」
「エリオさん、魔道具を手放して!」
大蛇に襲われる中で魔族の言葉を聴き取ったのはハルカだけだ。しかし、彼女の声はエリオには届かない。
エリオが背負っている魔道具に引き寄せられて現れたマサカーサーペントは、執拗に彼に向かっていく。それに対してエリオは連撃を入れては下がり、間合いを開けては飛び込むといったギリギリの戦いを強いている。その余波で被害を受けていたのは仲間たちだけではない。魔造人形も巻き込まれ蹴散らされていた。
「貴様らにそいつは倒せまい。境界鏡を返せ。今ならまだ間に合うぞ」
腕組みをしながら見下ろす魔族の要求を飲む者はいない。というよりも、この状況では返答する余裕すらなかった。
「死ぬぞ、本当に死んでしまうぞ。それでもいいのか?」
不気味な低い声が死へいざなう悪霊の囁きを思わせ、離れた場所で震えるレミとマルクスはその恐怖にいっそう身を固めた。
巨体から繰り出される攻撃をかわすために、エリオは必要以上に大きく動き回らなければならない。攻撃もまた同じで深く踏み込む必要がある。
攻撃をもらえば一発退場。へたすれば人生の幕が閉じる戦いに、エリオの体力と精神力は削られていく。
生死を分かつ戦いのさらにその先で、エリオは己の限界を超える力を発揮し始めていた。昂りつつも乱れない心の力が戦いの中で彼を成長させていく。しかし、それでも魔獣マサカーサーペントには及ばない。
崩れ始めた拮抗を引き戻そうと、エリオが息を吸い込み闘技を放とうとした背後で、D級の冒険者には似つかわしくない大きな魔力が立ち上がった。
(エリオさんを傷つけさせないんだから!)
前髪の隙間から大蛇を鋭く睨むハルカは、自身の持つ最強魔法の法名を叫んだ。
「ファイムトルネード!」
この世界で上位に位置づけられる火炎旋風の魔法。その凄まじいまでの炎の渦がマサカーサーペントを包み込み、地獄の業火とも思える炎がその身を焼いた。
「すげーぞハルカ!」
身を固めていたマルクスが声を上げるほどにハルカの大魔法は絶大だった。勝利を予感させる荘厳な炎の渦に驚愕する仲間たち。だが、その驚きはマサカーサーペントによって上書きされた。
炎の中でとぐろを巻いた大蛇が勢いよく伸び広がり、大火炎を内側から吹き散らしたのだ。
(やっぱりそうよね。チートスキルと呼ぶには中途半端な力かなって思ってはいたけど、魔獣ともなるとこの程度の児戯では倒せないのね。白魔術も魔法もダメなんて……。結局、あの力を使わなければいけないの?)
皆が、あっと思ったときには大蛇は地面を滑るように這い進み、ハルカの目前で身体を大きくしならせた。
避けることはできる。人を超えた動きなら。
受け止めることはできる。人知の及ばぬ力なら。
耐えることはできる。超常的な体なら。
倒すことができる。アルティメットガールになれるなら。
「ハルカー!」
この叫びが、思考するハルカを引き戻した。
(エリオさん!)
大蛇の尾がハルカを抱き込むエリオを打ち飛ばす。
「あぁぁぁぁ!」
悲痛な声を漏らす仲間たちが見上げる空で、離れていく体を引き寄せようと互いに手を伸ばすエリオとハルカ。だが、その願いは叶わない。
エリオは低い軌道で地面に落ちて転がるのだが、ハルカは空を舞って崖の向こうに飛んでいく。
(あれ? この崖から落ちたら普通の人なら死ぬんじゃない? 生きてたら不自然よね? それってつまり、もうエリオさんと一緒にいられなくなるってこと?)
落下していくハルカに向かって手を伸ばすエリオだが、ふたりの距離は遠ざかるのみ。絶対に助からないこの状況にエリオの怒りのゲージは振り切った。
「よくもっ……ハルカを!」
込み上げてくる悲しみに倍する怒りを燃やし、エリオはマサカーサーペントへと向かっていく。
大蛇の強撃を受けた彼が動けるのは仙術によって強化されていたからではない。ハルカを護るためにエリオが覆いかぶさったとき、彼女が手を伸ばしてその攻撃を受け止めていたからだ。
(エリオさん、ダメよ!)
崖下に落ちるハルカはエリオの無謀な行動を感じ取り、覚悟を決めて誓いを破った。
「リリース・アルティメットコート」
ボイスキーを受けてハルカの首に巻かれたチョーカーのシンボルが光を放つ。続いて輝いた髪留めのバレッタが液化したように全身に広がり、光に包まれながら彼女は崖下に落ちていった。
黒の荒野の魔獣であるマサカーサーペントへと斬りかかるエリオだが、もともと勝てる相手ではない。冷静さを欠いたまま立ち向かう彼を大蛇はあざわらうかのように、右に左に弾いてもてあそぶ。
「馬鹿め。命と引き換えにするほどの物か? だから人族は嫌いなんだ」
魔族のこの呟きには、あきれと苛立ちと、わずかな憂いが込められていた。そんな魔族の前で力の限り剣を振るうエリオにいよいよ限界が訪れる。
「うらぁぁぁぁぁぁ!」
渾身の一撃を振りかぶったとき、身体を覆う炎が消失した。力尽き膝を突いたエリオだが、命を燃やすかのような覚悟の視線をマサカーサーペントに突きつける。そんなエリオに大口の大蛇が襲いかかったそのとき、何者かが飛び込んで大蛇の顎をカチ上げた。
一瞬遅れてやってきた突風が砂埃を巻き上げ、天に向かって直立したマサカーサーペントが横転して地面を叩く。
訪れた静寂の中で仲間たちは見た。エリオと魔獣のあいだに悠然と立つ、この世界では不自然に過ぎる乱入者を。
「大丈夫ですか?」
そう優しくエリオに声をかけたのは奇抜な服装の女性だった。
ピタリと張り付くボディースーツが引き締まった体を強調し、その立ち姿からはなんとも言えない風格が伝わってくる。
見慣れない派手な服の色彩はトリコロール。胸元には陽光を受けてサンライトイエローに輝く菱形のエンブレム。地面に付きそうなほど長い深紅のケープ。それらすべてが象徴的で、彼女の存在は皆の胸に刻み込まれた。
雄々しく立つ彼女はおだやかに微笑み、少し赤みの強いブロンドヘアーが風を受けてゆるやかになびいている。
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