人族の敵
ギルド依頼であるヴィオレントガリルの放逐は、ゆっくりとだが着実に進んでいった。
「俺たちを警戒して山を登ってはいくが、戻っているという感じじゃないな」
「山の上に何かあるんじゃないの?」
「原因を突き止めたほうが早いのかもしれませんね」
リーダーとサブリーダーの見解を聞いたハルカがそう提案すると、安全を最優先にしつつ先行して山を登ることを決めた。
「セミールたちはヴィオレントガリルの漏れがないように、後方からゆっくり上がってきてくれ」
こうして二手に別れたエリオたちが山の中腹に差しかかったところで、ハルカの感知能力に何かが引っかかった。
「向こうのほうに妙な揺らぎがあります」
それを聞いたエリオも探ってみるのだが何も感じない。その方向にはヴィオレントガリルや他の野獣もいないようで、むしろ静かだった。
「静か過ぎます。自然が発する波動みたいなモノも幕に覆われているように不自然です」
ハルカに先導されて向かったエリオたちは、ある場所を越えたところでその異常さに身の毛がよだった。それは、直前まで気づけなかったことが不思議に思うほどの異常なエナジーが湧き出ている場所だったからだ。
「おそらくここは龍脈の力が集まる場所なんだろう」
「それって時期によって流れが変化するっていう大地のエナジーよね?」
うなずくザックの背中に身をひそめながら、レミは息を飲んで付いていく。
奥に進むにつれて、皆はこれまでに感じたことのない静かな威圧により、軽い寒気や目眩、筋肉の硬直などの状態異常に襲われた。それは格差のある強者と対峙したときに現れる『恐慌』という症状だ。
「あれを見ろ」
先頭のザックが小声でそう言いながら指さした場所は、広く木々が薙ぎ倒されて、ふたつの魔術陣が描かれていた。その中心にはそれぞれ人と魔道具が浮いており、魔術陣を囲うように石で作られた人形が三十体ほど並んでいる。
「魔造人形があんなにあるわ」
「陣の中にいるあいつひとりで操るのか?」
その光景を見てザックはくぐもった声で言った。
「うちのギルドの黒魔術士だって操れるのは四体だって言っていた。特に魔造人形を操ることに長けた者でも十体を超えることはないって」
「もしかしてあいつ……魔族なんじゃないのか?」
自分たちに起こった状態異常から、そう予想したマルクスの発言に、魔術陣に浮かぶ者に視線が集まった。
魔族の特徴は褐色の肌や頭から伸びる角だが、魔術陣から吹き上がる呪力の光でよく見えない。
「魔族の住処は黒の荒野でしょ。こんな人族の領地の真っただ中にいるわけ……」
「しかし、この威圧感は尋常じゃない。もしあいつが魔族ならば、何かの企みがあってのことかもな」
まだまだ未開拓地が多い人族の領土の北方には『黒の荒野』と呼ばれる場所がある。そこは高濃度の魔素に満たされ、人族の心や体に変異をもたらすと言われている。そんな環境で平然と暮らしているのが魔族だ。
「ともかく、あいつのせいでヴィオレントガリルが追いやられて山を下りたってことで間違いないようね」
「だろうな」
エリオが答えるとその横でザックが彼の肩を叩いた。
「思い出した。あの魔術陣は壁破の儀に酷似してる」
「ヘキハのギってなんですか?」
こう質問したのはこの世界の常識に疎いハルカだ。
「人の成長の停滞期を突破して、次の成長期に入るための儀式だよ。その壁を突破するにはそれなりの努力や経験や刺激が必要なんだけど、この儀式はそれを強制的に突破させる」
(わたしに成長の停滞期ってあったかしら?)
アルティメットガールとして戦ってきたハルカは過去の出来事を振り返ってみた。
「魔族も同じような儀式があるのかもしれない。そうなったら人族にとって、とんでもない脅威になる。止めないと」
エリオは儀式を止めるために戦うことを決め中腰になってその足に力を溜めた。
「みんなは山を下りてこのことを報告して」
「ちょっとエリオ待ってよ」
腰の剣の柄に右手を添えたエリオを見たレミは慌てて彼の腕を掴んだ。
「やめなよ。魔造人形が三十体もいるのよ。それを操るあいつの力を考えたらやばいって」
「目の前で人族の脅威となり得ることが起きているんだ。それを見逃すことはできないよ。あいつは儀式で動けない。だからこその魔造人形のはずだ」
しばし沈黙する仲間たち。一介の冒険者ごときが魔族に手を出すことは死を意味するからだ。
魔族という人族の脅威を前にしてリオーレ兄妹がこの場にいられるのは、儀式の最中の術者はなかばトランス状態で動けないことを知っているからだ。しかし、相手が魔族であることを考えれば反対せずにはいられなかった。
「もし、あの魔造人形に阻まれているあいだに儀式が完了しちゃったらどうするのよ」
「そうなる前に俺が斬る!」
「いや、もし斬れなかったらって場合の話をしてるんだって」
リオーレ兄妹に反対をされてもエリオは断固譲らない。そんなやり取りを聞いていたハルカが、緊張感のない声で提案した。
「わざわざ魔族と戦う必要はありません。魔道具を奪って逃げましょう」
「え?」
どう戦って勝つかということを検討していた中で、ハルカは皆が考えもしなかった当たり前の提案をした。
「だけどそれじゃ根本的な解決には」
「あいつが魔族なら儀式で動けない今しか勝てるチャンスはないんだ」
そういった意見に対して、ハルカは再び言葉を返す。
「彼は人族に対してまだ何もしていません。なのに儀式で動けない人を殺すなんて酷いじゃないですか。だからと言ってこの儀式を見逃すこともできないんですよね? だったらそのあいだを取って、あの魔道具だけ奪って逃げましょう」
「あいだをって……」
「なに言ってるのよ。それが一番ヤバいでしょ! 儀式を中断させたら魔族が自由になっちゃうじゃない!」
「いや、儀式の強制終了は術者の大きな負担になる。それが壁破の儀ともなれば、とても動けるもんじゃない。以前魔力拡張の儀式に失敗した奴がいてな。そいつはその負荷で二日間は動けなかった。奪って逃げるだけならどうにかなる」
結果、ハルカの提案はエリオによって受理され、魔道具奪取作戦が実行された。
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