Stage7:模擬戦
「遅かったな、結唯」
教室に戻った結唯を、一樹、湊、京子の三人が出迎えた。
彼らの姿を目で捉え、結唯は一樹達の方へと駆け寄る。
「ごめん。
ちょっと話しが長くなって」
「…もしかして、昨日のことで怒られた?」
先日の特待生との揉め事の責任を感じているのだろうか、京子が少し申し訳なさそうに尋ねた。
「いや、特に注意されるような事はなかったよ」
「そっかぁ。
良かった~」
ありのままの真実を伝えると、京子は安心したように頷いた。
隣では一樹と湊も同じような表情をしている。
どうやら、三人とも結唯の事を心配してくれていたようだ。
「よし、じゃあさっさと移動しようぜ」
「そうだね。
早くしないと、本当に先生に怒られちゃうもんね」
何処に行くのかと言えば、結唯達の教室のある西館から少し離れた第五屋内演習場だ。
と言うのも、この日の午後の授業は1対1の模擬戦が予定されており、その模擬戦が行われる場所が第五屋内演習場なのだ。
西桜学園では、このような実戦形式の授業が数多くとられている。
これは「より実戦に近い状況下で魔法を学ぶべきだ」という倖斗の考えによるものだった。
「あぁ、分かった」
一樹の言葉に、結唯も了解を示した。
既に教室には、彼らの他に数名を残すのみとなっている。
結唯達は急いで支度を済ませ、第五屋内演習場へと向かった。
*‡*‡*‡*
第五屋内演習場は魔法や武器を使った演習を想定してあるため、ちょっとやそっとの衝撃では傷一つつかない程頑丈に設計されている。
ただ、見かけ上はそういった物々しさは全く無く、床は全面フローリング(耐久性に特化した特別仕様だ)で、二階には観覧席もついており、一般的な屋内スポーツの競技場のような佇まいだ。
そんな演習場の真ん中に結唯達1-Dの生徒は整列していた。
彼らの前では結唯達の担任である男性教師が、これから始める模擬戦の内容を説明している。
「試合時間は各五分だ。
使用するデバイスについては特に決まりはないが、魔法に関しては制限があるから注意しろ」
彼の説明によると、相手にダメージを与える事を目的とする魔法は、国際基準で定められている殺傷ランクC以下の魔法のみ使用許可。
その他の目的での魔法(防御や回避)の使用は制限なしとの事だった。
「試合の勝敗や中止は、全て私が責任を持って判断する。
以上説明は終わりだ。
第一試合の者は準備、他は観覧席に移動しろ」
男性教師の合図で生徒達は一斉に動き出した。
「楽しみだね」
大勢の生徒と共に観覧席へと移動した結唯に、湊が話し掛けた。
「ちゃんとした試合は初めてだもんな」
反対側にいた一樹も、少し弾んだ声で応える。
実のところ、この日の模擬戦は結唯も楽しみにしていた。 西桜学園に転校してから、まだ一樹達の魔法をはっきりと見た事はない。
果たして、彼の友人達はどれほどの実力の持ち主なのか…、結唯は興味津々の面持ちで演習場の中央へと目をやった。
彼の視線の先には、静かに開始の合図を待つ京子の姿があった。
試合の組み合わせ・順番は出席番号通りに決められている。
京子が第一試合なのも、彼女が「藍沢」という姓だからだ。(ちなみに、結唯は模擬戦が初めての為、順番が後回しとなった)
徐々に会場も静まり返り、張り詰めた緊張感が辺りを包む。
――そして、試合開始の合図。
合図を確認し、京子の対戦相手の女子生徒はデバイスを構える。
だがそれよりも早く、京子は脚に巻いていたホルスターから銃を抜き取り、女子生徒へと魔弾を放った。
京子が手にしているのは、勿論、本物の銃ではない。銃型の武装一体型デバイスだ。
武装一体型デバイスとは、その名の通り何らかの武器と一体化、又は形を似せて作られたデバイスの一種だ。
主なものは、銃型と剣型の二つだが、使用者の数でいうと銃型の方が圧倒的に多い。
武装一体型デバイスの利点は、ある特定の種類の魔法の発動効率を向上させてくれることにある。
例えば、銃型なら魔弾のような「身近な物を弾として相手にぶつける魔法」を発動する際、照準補正や連続発動補助等の機能がバックアップしてくれるのだ。
京子はその銃型の武装一体型デバイスを両手で二つ同時に操っている。
どうやら、京子は二丁拳銃スタイルを得意としているらしい。
しかも、放たれる魔弾は通常の直線軌道ではなく、弧を描くようにカーブして対戦相手へと襲いかかっている。
恐らくは、発動した魔弾に、一定方向の力を加え続ける魔法をかけているのだろう。
迫り来る「曲がる魔弾」の嵐に、対戦相手の女子生徒は防戦一方と言った感じだった。
それでも尚、攻撃の手を休めない京子の姿は、いつもの明るい少女とは違う、クールな印象を強く与えた。
結局試合は二分程で京子の勝利となった。
*‡*‡*‡*
「勝った、勝った♪」
試合を終わらせ観覧席へと上がって来た京子は、いつも通りの明るい少女に戻っていた。
「お疲れ様」
「やるじゃねぇか」
「凄かったよ、京子ちゃん」
結唯達の激励の言葉に、京子は大袈裟な笑みを浮かべた。
「まっ、こんなもんよ。
次は湊ね。頑張んなさいよ」
「うん」
順番で言えば、次に結唯達の中で闘うのは湊だ。
湊は自分のデバイスをぎゅっと握りしめると、力強く頷いた。
湊の試合は十五分程で開始された。
試合が始まってからずっと、湊は自身の防御に徹している。
だが、決して追い込まれている訳ではない。寧ろ、湊の魔法は対戦相手の攻撃を完璧に防いでいた。
「守式魔法に関しては、あいつは一流だからな」
隣で観戦していた一樹が徐にそう呟いた。
守式魔法とは魔法の区別の一種。『能動干渉魔法』、『擬似創造魔法』という区別とは別に、戦闘における役割で分けられた魔法の分類だ。
攻撃が目的なら攻式魔法。
防御が目的なら守式魔法。
他にも、空間干渉なら界式魔法、治癒や医療のための治式魔法など、様々な分類が存在しているのだ。
「本当、湊は安心して観てられるわ」
確かに、湊の守式魔法は一流と言っても過言ではないものだった。
だが、ここで結唯には一つの疑問が生じた。
それは、何故京子達が特待生ではなく、一般生であるかということ。
今の試合にしても(一樹はまだだが)、先日の特待生とのイザコザにしても、彼らの実力なら十分特待生としてやっていけそうなものだ。
少々失礼な質問だと思ったが、結唯は率直に京子達に尋ねてみた。
「え~っと…、ペーパーテストがちょっとね…」
「俺も…」
結唯の問いに、京子と一樹は少し恥ずかしそうに答えた。
西桜学園の入学試験は魔法とは関係のない普通教科のペーパーテストと、魔法の発動スピード、魔力操作の正確さ、教師との模擬戦といった実技試験、そして保有する魔力量の総合評価で判定される。
どうやら二人は、普通教科のペーパーテストが足を引っ張ってしまったようだ。
「湊はどうなの?」
「あいつは、魔力量がダメだったって言ってたぜ」
「そうなんだ…」
言われてみれば、湊から感じる魔力は他の生徒から比べても若干弱い。
そのためか、湊は今行っている模擬戦でも決して一つの魔法で押し切るような事はせず、相手の魔法に合わせて様々な魔法で対処している。
時には、展開した魔法陣がそのまま盾となる「魔法壁」、時には、ある場所を通過した物体の方向ベクトルを変化させる魔法。
試合時間の五分を、湊は一歩も動かず、また一つの攻撃を喰らう事もなく防ぎきった。
続いて一樹の出番が廻ってきた。
一樹の戦闘スタイルは体術を軸に、自身に魔法をかけ強化する肉弾戦中心。
試合開始の合図とともに対戦相手目掛けて飛び出した一樹は、持ち前の反射神経と運動能力の高さで相手の魔法をかわすと、一気に懐へと潜り込んだ。
そして、間髪入れずに右ストレートを繰り出す。
だが惜しくもこの攻撃は、対戦相手の男子生徒が両腕でガードした。
――ように思えた次の瞬間、
「がぁっ」
男子生徒が苦痛の声をあげ、腹部を抑えて倒れ込んだ。
(拳が当たった時の衝撃を相手の体内で増幅させたのか)
結唯は一瞬で一樹の魔法を理解した。
京子達の話では、一樹は振動操作系の魔法を得意としているらしい。
一樹の試合は、ものの四十秒程で終了となった。
お読み頂きまして、有り難う御座います。
前話の後書きで、新たな主要人物の登場を宣言しておりましたが、都合により次話ということになってしまいました。
申し訳ありません。
また今後の予定なのですが、投稿のペースが以前よりも遅くなってしまうかもしれません。
と言いますのも、4月から事情により忙しくなるため、執筆の時間があまりとれそうにないからです。
出来るだけ早い投稿を心掛けますので、温かい目で見守ってくだされば幸いです。
まことに至らない作者ですが、これからもこの作品を宜しくお願いします。