Stage6:理由
突然の出来事に、その場にいた全員が目を奪われ、言葉を無くしていた。
一樹達の位置から、今結唯のいる場所まではおよそ二十メートル程。
言葉にするとそれ程の距離でもないように思えるが、実際に移動しようとしたら意外と時間のかかる距離だ。
その距離を、結唯は一瞬で移動してみせたのだ。
現在分かっている限り、精神操作と同じく、瞬間移動も魔法では実現不可能となっている。
恐らくは自己を加速させる魔法を発動させたのだろうが、一樹達も、特待生達も、また、集まっていた野次馬の誰一人としても魔法陣を確認することさえ出来なかった。
生徒達の驚きの視線を集める中、結唯は魔法を放った特待生達に向かって口を開いた。
「大した腕でもないくせに、無闇に魔法を使うんじゃない」
少し棘のある言い方だとは自分でも思ったが、それでも結唯は黙っている事は出来なかった。
魔法は使い方を誤れば、簡単に人の命を奪う凶器になってしまう。
その恐さを、結唯は身を以て経験していたからだ。
「っ……」
結唯の言葉を受け、特待生の少年達は一様に黙り込んでしまった。
皆、自分達のしてしまった事を理解しているのだろう。
安易に刃向かってこないところ、彼らも根は真面目なようだった。
「悪い、大丈夫か!?」 漂った沈黙を破って、一樹は結唯の方へと駆け寄った。
湊と京子もそれに続く。
彼らの到着を待って、結唯は背後の少女の方へと体を向けた。
「怪我はない?」
先程とは違う柔らかな口調で目の前の少女に尋ねる。
すると少女は、ハッと我に帰ったかのように、大きく首を縦に振った。
「は、ハイ。
大丈夫です」
「そう、良かった」
結唯が見たところも、特に異常はないようだった。
「すまねぇ。
俺がつい後先考えずに魔弾を避けちまったもんだから」
一樹はそう言って、頭を下げる。
それを見て少女は慌てて首を(今度は横に)振った。
「そんな、私がちゃんと対応出来なかったのがイケナイんです」
何にせよ、大事にならなくて良かったと、結唯達はほっと胸を撫で下ろした。
*‡*‡*‡*
翌日、結唯は倖斗に呼ばれて、理事長室へと向かった。
以前と同じく、部屋の中央付近のソファに座るよう勧められた結唯は、差し出されたコーヒーカップを丁寧にお礼を述べて受け取った。
「どう?
学校にはもう慣れた?」
結唯の向かい側に腰掛けた倖斗は、カップを口に運びながら結唯に尋ねた。
「ええ、まあ何とか」
「担任の先生の話では、クラスメートとも上手くやっていると聞いたけど?」
「一樹達の事ですか?
彼らには、いろいろと助けてもらっています」 そう、と倖斗は少し嬉しそうに頷くと、またコーヒーに舌鼓を打った。
「そう言えば、昨日はお手柄だったそうだね」
“昨日”とは、恐らく第一演習場での特待生とのイザコザの事だろう。
あの後、結唯達は生徒会や執行部の目に留まって面倒な事態になることを恐れて、直ぐにその場を後にした。
だが、昨日の出来事は結唯の希望とは裏腹に、既に学園のちょっとした噂になっている。
あれだけ大勢の野次馬(生徒)がいたのだから、当然と言えば当然だが…。
「流石結唯くんだね」
一層嬉しげな表情を見せる倖斗。
だが、一方で結唯の表情はあまり明るいものとは言えなかった。
「どうしたの、結唯くん?
誉められるような事をしたんだから、もっと胸を張ったらどうだい?」
結唯の暗い雰囲気を感じ取って、倖斗は不思議そうに言った。
「……何というか、自分の甘さに呆れてしまって……」
少しの間をあけ、結唯は小さく口を開いた。
「自分は暗殺者なのに、誰かの事を助けようだなんて……」
自嘲気味に呟いた結唯に、倖斗は苦笑いを浮かべてしまった。
「結唯くんは、優しいからね」
しばらくして倖斗が返した言葉は、結唯には意外なものだった。
「優しい?
人殺しの俺がですか?」
「普通はね、例え仕事で人を殺めなければならないとしても、そう何年も思い詰めたりはしない。
慣れちゃうからね、僕のように…。
でも、結唯くんは違うでしょ?」
穏やかに語る倖斗に、結唯は俯いたまま聞いていた。
「確かに、仕事であっても殺人は良いこととは言えない。
けど、誰かがやらなくちゃ、もっと大勢の罪の無い人が傷つくことになる。
君の行いで、救われている人がいることも、事実なんだよ」
尚も続ける倖斗。
「それに、『優しさ』は決して『弱さ』なんかじゃないんだ。
思い出してごらん?
結唯くんが強くなりたいと思った訳を」
その言葉に、結唯はハッとなった。
結唯が強くなると決心した理由。
そのために、どんな辛い仕事も進んで受け入れようと決めた理由。
幼い頃、誰一人として彼を認めてくれなかった時、唯一彼に優しく接してくれた人物。
両親を亡くした結唯を、本当の兄のように慕ってくれた少女。
(美夜…)
結唯は、心の中でたった一人の“家族”の名前を呼んだ。
彼女を再び取り返し、今度こそ守り抜く。
――それが、結唯の強くなる理由だった。
しばらくして顔を上げた結唯に、倖斗はいつもと変わらぬ笑顔を向けた。
「さあ、そろそろ午後の授業が始まるから。
早く教室にもどりなさい」
「はい」
そう言って結唯は席を立ち、理事長室から出ていった。
彼の足取りが少し軽くなったと分かったのは、恐らく、倖斗だけだっただろう。
更新遅くなりまして、申し訳ありません。
今回は短めですが、何とか書き上げることが出来ました。
次回では、更なる登場人物が出てきます。
結唯の魔法についても説明できるかもしれません。
なるべく早い投稿を心掛けますので、これからも、何卒宜しくお願いします。