Stage4:クラスメート
「やあ、結唯くん。
時間ぴったりだったね」
約束通り理事長室に向かった結唯を、倖斗はいつもと変わらぬ笑顔で出迎えた。
「立ったままも何だから、取り敢えず座ってくれるかな?」
そう言って、倖斗は部屋の中央の大きなテーブル横のソファへと結唯を誘導した。
世界に名高い春名家当主の部屋としては、意外とシンプルな造りだったが、置かれている家具や機器はどれも一級品の存在感があった。
「本当はもう少し早くに着くつもりだったんですが、生徒会長に思いがけず呼び止められまして…」
「そう、遥くんに会ったんだね」
言われたままソファに腰掛けた(当然、倖斗が向かいに座るのを待ってからだ)結唯は、つい先程の他愛もない出来事を倖斗に話した。
「それで、どうだった?
遥くんの印象は?」
「…そうですね。
本当に挨拶程度だったんですが、とても密度の高い魔力を感じました」
「そうじゃなくて、女の子として、という意味だよ」
問われた質問に素直に答えた結唯だったが、倖斗の期待していたものとは少々違ったようだ。
「いや、その……魅力的な方だとは思いましたけど…」
口ごもりながら答える結唯を見て、倖斗はクスクスと笑い出した。
「結唯くんにも、もう少し女性経験が必要だね」
尚も笑いが消えない倖斗に、結唯は恥ずかしそうに顔を背けるしかなかった。
「でも、遥くんの魔力の強さは確かに凄いものだね。
まだ高校生だけど、春名家の中でも相当な実力者なんだから」
ようやく笑いが治まった倖斗は、まだ少し俯き気味の結唯に話し出した。
「じゃあ、やはり会長は春名家の分家の方なんですか?」
「そうだよ」
倖斗のように四大家の名を名乗れる者は、四大家を継ぐ『本家』の人間だけだ。
彼ら以外に四大家の血を継ぐ家は『分家』として、それぞれの季節・家に関係のある姓を与えられている(四季に関係のある姓だからといって、全てが分家という訳ではない)。
「まっ、だからといって格段畏まる必要はないから。
遥くんとも、仲良くしてあげてね」
そう言って倖斗は、西桜学園の学生証を結唯へと差し出した。
遥の学生証とは違い、先には無色透明の水晶が付けられたものだった。
「これで結唯くんも正式な西桜学園の生徒だ。
これから頑張ってね」
「はい」
何にどう頑張ればいいのか分かりかねたが、結唯は取り敢えずの返事を返した。
*‡*‡*‡*
「それじゃあ、朝霧。
入ってきなさい」
ドアの向こうから担任教師に呼ばれて、結唯は教室の中へ足を踏み入れた。
1‐D、それがこれから一年間結唯が過ごすクラス。
一歩踏み出す事に増えていく好奇の目を完全に無視して、結唯は教壇の中心に立った。
「朝霧結唯です。
宜しくお願いします」 ありきたりな台詞で挨拶を済ませると、結唯は教室を見回した。
教壇から遠ざかるにつれ、高くなっていく大学の講義室のような教室は、これから一年間共に学ぶクラスメートの姿をよく見ることが出来た。
そんな彼らから、歓迎の拍手とともにポツリポツリと小さな囁き声が届いた。
「あいつが噂のやつか?」「なんだ、男かよ」「やだ、ちょっとカッコいいかも」
…と、実に高校生らしい内容のものだったが、結唯の気を引いたのは別の事だった。
それは、彼らの魔力の大きさ。
遥のそれには遠く及ばないが、量だけなら今現在現場で働いている一般の警察官や警備員達(現在では犯罪者や不審者に立ち向かう為、魔法をある程度使えることが必須となっている)を凌ぐほどの魔力を、ほぼ全員が有していた。
魔力の大きさ=実戦における強さ、という訳ではない。
だが、魔力が大きければ大きい程、規模の大きな魔法を発動することが出来る。
(これでまだ一般生か)
結唯は改めて西桜学園のレベルの高さを感じた。
西桜学園は一学年で生徒数が約二百名。
一クラスにつき三十名程でA~G組に分けられている。
だが、そのクラス分けには『一般生』と『特待生』という、より大きな区分が存在しているのだ。
予め学園側から入学を申請した者達と、入学試験の上位者、計六十名が特待生としてA・Bクラスに割り当てられる。
彼らには、入学金免除の他にも、学内施設の優先利用等の特権が与えられ、学園の顔として学んで行くのだ。
特待生と一般生の違いは、学生証にも明らかに表されている。
それは、先端に取り付けられた水晶の色の違いだ。
特待生の学生証には入学時点でピンク色の水晶が取り付けられている。
これは、学園がその実力を認めた証拠として、功績をあげた生徒に与えるものだが、毎年そのような功績をあげる者は大抵が特待生なので、実質的に特待生と一般生を見分ける印しになっているのだ。
「よし、挨拶は終わりだ。
朝霧、お前の席はあそこだ。
早く移動しろ」
外見からして四十くらいであろう男性教師に促され、結唯は、指差された席へと向かった。
窓際から二列目、前から丁度半分程の位地だ。
席に着くと、事前に担任に教えられていたように、机に備え付けられた小型PCに学生証を差し込んで起動させた。
ディスプレイに起動完了を示すメッセージが映し出されたその時、不意に隣(窓側)から声を掛けられた。
結唯が振り向くと、一人の少年が結唯の方を見ていた。
「藤間一樹だ。
よろしくな」
「あぁ、こちらこそ」
既に担任教師が話しを始めていたためか、交わした会話はこれだけだった。
だが結唯は、不思議とこの少年に好意的な印象を抱いていた。
*‡*‡*‡*
転校初日の午前中の授業はあっという間に終了した。
以前通っていた学校では、真面目に登校していなかった結唯も授業について行けないというような問題は生じなかった。
そもそも結唯は、幼い頃から厳しい訓練を受けていたのだ。
まだ新学年から一カ月程の段階での授業で、理解出来ない内容などあるはずもなかった。
そして、現在は昼休みの時間。
朝、街で購入していたお弁当で、簡単に昼食を済ませた結唯は、屋上へと足を運んでいた。
何故こんな所にいるのかと言えば、昼食を終えた直後にクラスメート達の質問責めにあったからだ。
これは、転校生の一種の宿命なのだろうか。
「前の学校はどんな所だったの?」「得意魔法は?」「春名さんに引き抜かれて来たって本当?」等、答える間もなく浴びせられる質問に困り果てた結唯は、「ちょっと用事があるから」と、これまたありきたりな言い訳で逃げて来たのである。
そんな訳あって、教室に戻ることも出来ず、さてどうやって時間を潰そうかと、ぼんやり桜ヶ丘の風景を眺めていた矢先、また背後から声を掛けられた。
声の主は、先程の隣の席の少年、他にも二人の一年生がいた。
「よっ。
人気者は辛いね~」
「藤間」
「一樹でいいぜ。
俺もお前の事、結唯って呼ぶからよ」
どうやら一樹は結構気さくな人柄のようだ。
「分かった。
そうさせて貰う」
結唯は了解を示す返事を返した。
座っていた時には分かりにくかったが、一樹の身長は結唯よりも少し大きい。
明るめの茶髪をしており、インドア派かアウトドア派かと尋ねれば、全員がアウトドア派と答えるであろうような印象の少年だった。
「私は藍沢京子。
私も結唯くんって呼ばせて貰ってもいいかな?
私の事も、京子で構わないから」
一樹との挨拶が終わったと見るや、傍にいた女子生徒が自己紹介を始めた。
身長は女子の中では高めだろうか。
赤い長めのショートヘアーが印象的で、スレンダーな身体つきと綺麗な顔立ちがクールに見える美少女だった。
「僕は守川湊。
宜しくね、結唯くん」
一方の湊は男子の中でも随分小柄な少年だ。
髪は落ち着いた色のブラウン。
一見すると、女子に見間違えてしまいそうな、中性的な雰囲気の美少年で、身に付けている少し太縁の眼鏡も、彼の可愛らしさ(・・・)を際立たせていた。
「二人とも、宜しく」
京子と湊にも同じように挨拶を返した。
「分からない事があったら何でも俺に聞けよ。
教えてやっから」
そう言って、一樹は胸を張る。
「止めた方がいいよ、結唯くん。
こいつバカだから」
だが、直ぐさま京子に宣言された。
「なっ、てめぇ。
バカとは何だ、バカとは!」
「何よ、本当の事でしょ?
この前だって、学校で迷ってたじゃない」
「それをバラすな!」
突然のヒートアップの装いを見せる二人(と言っても、一方的に一樹が言い負かされている感じがする)。
目の前で初対面の二人に言い争われ、少々疎外感を覚えた結唯だったが、傍でどうしようかとオロオロしている湊に、ふと感じた疑問を口にした。
「みんなは、同じ中学なのか?」
「えっ、違うけど」
返って来た答えは、結唯には少々意外なものだった。
(たった一カ月で此処まで口ゲンカ出来るなんて…)
どうやら彼らは相当仲の良い関係のようだ。
「てめぇ、絶対ぶっ飛ばす!」
「あら、私がアンタに負けるとでも思ってんの?」
「ちょ、ちょっと!
止めなよ二人とも」
尚も激しさを増す様子だったが、結唯にはそんな彼らの光景が、どこか眩しく感じた。