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LOST ANGEL  作者: 嘘猫
4/8

Stage3:西桜学園

 カーテン越しの柔らかな光を顔に感じ、朝霧結唯は目を覚ました。

 真っ先に視界に入ってきたのは、一面真っ白の見慣れない天井だった。

 いつもと違う目覚めの光景に少々違和感を覚えながら、結唯はいつもと同じ様に朝のシャワーを浴びるため浴室へと向かった。


 突然の転校を告げられ、急いで結唯が引っ越した場所は、ある高級マンションの最上階の一室。

 ――それが、倖斗の用意していた「家」だった。

 白と黒を基調とし、シンプルかつスタイリッシュな実用性を重視された内装となっているが、所々にインテリアが置かれており、デザインの面でも凝られている。

 寝室やリビングルームの他にも、全五室もの個室のある開放的な住まいは、高校生の少年が一人で住むには贅沢すぎるものだったが、これも倖斗の結唯に対する思い入れの強さの表れなのだろう。

 改めて新居の凄さを感じ、少し申し訳ない気持ちになりながら、シャワーを浴び終わった結唯は簡単に朝食を済ませて、鏡の前に立った。

 まだ一度も着ていない真新しい制服に袖を通し、鏡を確認して身嗜みを整える。

 それは、今日から結唯が通う西桜学園の制服だった。

(よし、大丈夫)

 サイズが合っているのを確かめ終えると、結唯は玄関へと向かった。


*‡*‡*‡*


 まだ人通りの少ない朝の街を、結唯は一人で歩いていく。

 現在時刻は午前七時。

 マンションから学園までは徒歩で約十分程の道のりだ。

 倖斗には八時に学園に来るよう言われているので、少々出るのが早すぎるようにも思えるが、これは先に街の様子を見ておこうと考えたからだった(前日は引っ越しの片付けで、それどころではなかった)。


 ――最先端学園都市『桜ヶ丘』

 周りを小高い山々に囲まれた、少し高台に位置するこの街が、これから結唯が住む新たな街だった。

 学園都市と銘打っているが、学校自体は西桜学園と西桜学園が附属している大学の他に数校あるくらいだ。

 その代わりとでも言うように、名のある大企業の本社や、国立の研究所等が数多く存在し、沢山のビルが立ち並ぶ大都市であり、また、魔法と科学、両面における最先端都市となっているのだ。

 一見、交通の便が悪そうな都市であるのに、何故ここまで発達しているのかと言えば、それは、春名家が(事実上)支配している都市の中でも、特に主要な都市の一つであるからに他ならない。

 春名家は古くから、魔法や科学の研究・新技術の開発に力を入れており、その拠点となっているのが、ここ桜ヶ丘なのである。


 四十分程で街の探索をひとまず済ませた結唯は、西桜学園の正門前に立った(学園の門は東側、西側、南側に一つずつあり、南門が正門となっている)。

 両側の大きな柱には、それぞれに春名家の家紋と西桜学園の校紋が刻まれている。

 その紋章の間を、結唯は振り向く事なく通っていった。


*‡*‡*‡*


 倖斗の待つ理事長室は本館二階の最も奥に位置している。

 そこは同時に、最も安全であり、最も到達するのが難しい場所となっている。

 それは西桜学園が有事の際の行動拠点の役割を有しているからだ。

 そのため、学園内部は少々複雑な構造になっており、毎年新入生の中には、道に迷ってしまう生徒がいるくらいだ。


 結唯は予め渡されていたパンフレットの記憶を頼りに、理事長室へ向かう。

 もうそろそろか、と思ったその時、不意に背後から声を掛けられた。

「そこの一年生。

 もうすぐHRの始まる時間よ。

 早く教室に戻りなさい」

 透き通るような綺麗な声が廊下に響いた。

 結唯が振り返ると、そこには長い髪をなびかせた一人の女子生徒の姿があった。

 制服のデザインから、どうやら三年生のようだ(西桜学園の制服は肩と袖口のラインの本数で学年が分かるようになっている)。

 身長は結唯ゆりも十五センチほど低めだろうか(ちなみに、結唯の身長は174センチである)。

 整った顔立ちと完璧なモデル体型を合わせ持った絶世の美少女だった。

「あなた、どこのクラス?

 学生証はどうしたの?」

 その少女は、何もない結唯の左胸を見ながら尋ねる。

 少女の左胸のポケットには、端に薄いピンク色の水晶が埋め込まれた細長い銀のプレートが付いていた。

 これが西桜学園の学生証。

 内部に記憶媒体が組み込まれており、生徒のあらゆる情報が保存されていて、学園内の様々な施設を使用する際にも必要となる。

「すいません。

 今日転校してきたもので、学生証はまだ受け取っていないんです」

 さして差し迫った状況でもなかったので、結唯はありのままの真実を告げた。

「あら、あなたが噂の転校生さんだったのね。

 初めまして、結唯くん。

 これから宜しくお願いしますね」

「…どうも」

 いきなり名前で呼ばれ、また、噂の内容が気になったが、結唯は簡単に返事をして、差し出された右手を握った。

 柔らかい小さな手だった。

「あっ、申し遅れました。

 私、この学園で生徒会長を務めております、桃瀬遥ももせ はるかです」

 慌てて両手を前で揃え、丁寧にお辞儀をする遥。

 その手には、綺麗なブレスレットがはめられていた。

 生徒会長が学校でアクセサリーを身に付けていて、この学園の風紀は大丈夫なのかと言いたくなるが、西桜学園では風紀や礼儀と言ったものは生徒個人の自主性に任されているらしい。

 これは、現在の社会の風潮でもある。

 それ以前に、遥の身に付けているブレスレットは、単なるアクセサリーではなかった。

 アクセサリー形態の常時携帯型デバイスだ。


 現在分かっている魔法の理論は、簡単に説明すると次のようになる。

 人間(生物)は、皆魔力というエネルギーを持っており、術者は自らの魔力を媒体として対象物(空間)に働きかけ、意図的な現象を得るというものだ。

 ちなみに魔法は、大きく二種類に分類することができる。

 一つは、自身の魔力を他のエネルギーに変換し、対象物(空間)に新たな運動を起こさせる『能動干渉魔法アクティブ・スキル』。

 例として、魔力を運動エネルギーに変換し、自己を加速させたり、飛んでくる物体のベクトルを変える事が出来る。

 もう一つは、魔力の密度を変化させ、擬似物質として具現化する『擬似創造魔法クリエイティブ・スキル』。

 例としては、「魔弾」が最も有名どころだろう。

 現在発見されている魔法の数は、双方合わせてあまりに膨大なため正確には分かっていない。

 だが、その一つ一つに発動条件となる魔法陣が定められている事は確かだ。

 魔法は自らの魔力で対象物(空間)に働きかけなければ、発動することは出来ない。

 その干渉の鍵となるものが魔法陣なのである。

 デバイスは魔法陣を登録して、発動時に展開してくれる魔法発動補助装置。

 かつては呪符に魔法陣を刻んだり、魔法陣そのものを暗記しようとしていたが、何せ魔法陣はその構造があまりに複雑なのだ。

 少しでも間違っていれば、魔法は発動せず、最悪の場合は思いがけない事故を起こしてしまう。

 そんな背景もあって、今では術者のほぼ全員がデバイスを利用している。

 一般的なデバイスは『終焉の日』以前のタッチパネル式携帯電話のような形をしている。

 登録出来る魔法陣の数も多く、術者は画面に触れて操作し魔法を選択、魔力を流すことで、自動的に魔法陣が展開されるのだ。

 一方で、アクセサリー型デバイスは登録できる魔法陣の数が、大抵一つに限られている。

 だが、意識し魔力を流すだけで直ぐに発動できるという利便性があり、ほとんどの術者は、よく使う魔法をアクセサリー型デバイスに登録しておき、他の魔法は一般型に入れておくというように、複数のデバイスを所持している事が多いのだ。


「朝霧結唯です。

 会長さんとは知らず、失礼な振る舞いをしてしまって申し訳ありません」

 突然の自己紹介に、少々意外感を覚えた結唯だったが、直ぐさま礼儀を正し、挨拶を返した。

「そんなに堅苦しくしないで。

 私は結唯くんともお近付きになりたいと思ってるんですよ」

 そう笑顔で応えた遥は、どうやら見かけよりも随分人懐こく、人当たりの良い性格のようだった。


「あら、もうこんな時間。

 本当はもうちょっとお話したかったんだけど…」

 ふと腕時計に目をやった遥が、少し大袈裟にも思えるリアクションで言葉を発した。

「続きは、またの機会に。

 それじゃあね、結唯くん」

 そう言って去っていった遥の姿は、どこか優しいお姉さんという雰囲気を漂わせていた。

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