Stage2:招待状
一瞬の出来事だった。
辺り一面が強烈な光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、魔弾は跡形もなく消滅していた。
ナイフで襲いかかった男達も、一人は遥か後方に弾き飛ばされ、一人は結唯の足下に倒れ伏している。
予期せぬ状況に、魔法を放った者も、反撃に備えていた者も、そしてまた、恐らくは何らかの攻撃を受けたであろう男達も、戸惑いの色を隠せていなかった。
一体何が起きたのか、この少年は何をしたのか、地べたに這いつくばされた男は、困惑の面もちで目の前の少年を見上げた。
そんな男達の視線を他人事のように受け流しながら、結唯は右手を近くの男へと向けた。
「『主』とか言ったな。 お前達に命令を下した者は今何処にいる?」
先程までと変わらぬ口調で、しかし、明らかな殺気を纏わせて、結唯は再びの質問を浴びせる。
「答えろ。さもないと…」
そう言って、結唯は開いた右手に力を込めた。
魔法の精度・効力が発動者の精神状態に大きく左右される事は、既に周知の事となっている。
これは、研究の結果というよりも、経験的事実によるものだ。
そしてまた、魔法を発動するにあたり、発動者の想像が重要な鍵となることも同様の事実。
そのため術者(魔法の発動者)は、発動の際に何らかのアクションを用いて、イメージを補完する事が多い。
何せ魔法は、普及はしたと言えども、まだ完全には解明されていない未知の能力。例え術者本人だとしても、魔法と、その結果を完璧に想像することは難しいのである。
そして、手を使うというアクションは、数あるイメージ補完方法でも代表的なものだ。
つまり、術者に手を向けられるという事は、拳銃を突き付けられるのと同じような事なのだ。
その意味を知ってなのであろう、右手を向けられた男の顔は緊張と恐怖に歪んでいた。
だが男達は、この状況でも尚、『主』の事を口に出そうとはしなかった。
強い忠誠心と任務遂行の責任感が彼らにそうさせていたのだ。
(本当によく訓練されている)
結唯は自分を襲った者達に、小さな感心を覚えた。
けれど、このまま見逃す事など出来る筈もない。
少々惜しくも感じたが、結唯は魔法を発動しようとした。
――彼らを殺すために…。
「そこまでだよ」
刹那、声が響いた。
優しげな、それでいて凛々しさの感じる男の声。
慌てて結唯が振り返ると、そこには、恩人の――春名倖斗の姿があった。
*‡*‡*‡*
「う~ん、やっぱりコーヒーはミルクをたっぷり入れた方が美味しいよね」
倖斗はコーヒーを口に運ぶと、そっとカップをテーブルに置いた。
倖斗の向かい側には結唯が座っている。結唯の前にはコーヒーとサンドイッチのプレートが置かれていた。
彼らがいるのは、大通り沿いの小さな喫茶店。
そろそろ昼食の時間帯というのに、ほとんど客もおらず、あまり繁盛はしていないようだった。
「僕は、こういう静かな所も結構好きなんだけどね 」
「はぁ…」
一方的に話し始める倖斗に、結唯はどう答えていいか分からず、適当に相槌を打った。
「四大家の当主である御方が、昼間からこんな所に居ていいんですか?」
「まあね。
君の成長ぶりを見たかったんだよ」
そう言って、倖斗はまたカップに口をつけた。
魔法の才能は遺伝によって受け継がれる事が多い。
その中で、日本における最も濃く、強い血を継ぐ一族、それが四大家だ。
その始まりは二百年程前になる。
かつて、日本では人間と魔族の間で大きな争いが起きた。
『終焉の日』より共に力を合わせて生きてきた両者だったが、復興が進むにつれ、一部の者達の間に意見の食い違いが見られ始めたのだ。
魔族は、自分達こそが新たな種であり、これからの世界を担う者達だと主張し、また人間達も、魔族は人間ではない異なる種として軽蔑し始めた。
当然、共に歩む道を選ぶべきだと考える者も、少なからず双方にいたのだが、一度点いてしまった争いの火は、そう簡単には消えなかった。
そして、ついに内戦状態へと突入してしまった(この動きは当時の他の国々でも多く見られた)。
強大な魔力を有する魔族側と、数で勝る人間側。
両者の戦いは想像を絶する程悲惨なものだった。
戦局は疲弊し、数年にも及んだこの争いは、結果的に人間側の勝利として幕を閉じた。
この時、人間側を勝利に導いた四人の魔術師達。
戦いを終わらせた彼らの功績を讃え、国は彼らに新たな姓を贈った。
「春名」「夏目」「秋山」「冬蔦」
これが四大家の始まりなのである。
以降四大家の人々は、国民を、日本を守る守護者として裏社会を支えてきたのだ。
春名倖斗は弱冠二十歳でその四大家の一つ、春名家を継いだ天才児。
中性的で優しげな顔立ちからは想像もできないが、世界最強の四十九人の魔術師『ナンバーズ』の中でも、シングルナンバー(No.4)を与えられている実力者なのである。
そして、結唯が八歳の頃、一人で生きていく事を余儀無くされた彼を拾い、家族同然に面倒をみてくれた恩人でもあった。
「それにしても、少し見ない間にまた一段と強くなったね、結唯くん」
しばらくの間を空けて、再び倖斗は話し始めた。
「あの五人は、個々の強さなら春名家の中でも中の上くらいだけど、五人揃っての任務成功率はほぼ百パーセントだったのに」
そう言った倖斗の顔は、どこか満足げといった感じだった。
「…嬉しそうですね」
「もちろん。
君は僕の大切な友人なんだから」
尚も柔らかな笑顔で答える倖斗。
だが、結唯の表情は対照的だった。
「…そう思って貰えるのは光栄です。
でも、自分は…ただの人殺しです。
春名さんの友人である資格なんてありませんよ」
俯き気味で言った結唯の言葉に、倖斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「…その仕事を君に頼んでいるのも僕なんだけどね…。」
重くなってしまった空気のまま、しばらく無言の状態が続いた。
「それで、今日はどんな御用ですか?
まさか本当に、俺の様子を見に来ただけという訳ではないんでしょう?」
沈黙を破ったのは結唯の方だった。
それを聞いて、倖斗は思い出したように傍に置いていた茶封筒を手に取ると、結唯の前に差し出した。
情報通信手段が発達した現代で、印刷物を使うのは珍しいと言える。
少し不思議に思いながら、結唯は茶封筒の中身を確認した。
中に入っていたのは、とある学校のパンフレットのようだった。
――私立西桜学園。
倖斗が理事長を務める、日本で、いや世界でもトップクラスの魔法学校だ。
「これは?」
いまいち意図が理解出来ず、結唯は倖斗に説明を求めた。
「実はね、結唯くんにここに転校してもらおうと思ってるんだ。
もう新しい家も用意してあるから、明日にでも引っ越して貰えるかな?」
返って来たのは実に簡単な説明だった。
「きっと結唯くんも楽しんでくれると思うよ」
意外な言葉に唖然としている結唯を尻目に、倖斗は爽やかな笑顔で話しを進めた。
お読み頂きまして有り難う御座います。
意外と早く投稿でき、作者自身も安心しております。
次回では、ようやく物語のメインステージとなる学園・街へと移動します。
なるべく早く投稿出来るよう心掛けますので、これからも宜しくお願い致します。