プロローグ
西暦2012年4月10日。
その日、全人類の半数が死滅した。
世界各地で同時多発的に起きた、想像のレベルを遥かに超えた自然災害。
――活火山の異常活動、超大型の熱帯低気圧の襲来、M8.0クラスの大地震の発生、それによる津波の被害――
僅か半日程の出来事だったが、人類がそれまで積み上げて来たものは全て無に帰した。
だが、人々を襲った災厄はこれだけではなかった。
最後に人々を襲ったもの、それは、突如として現れた謎の隕石群だった。
隕石自体の大きさは大したものでもなかったが、それでも世界各地に大きな爪痕を残した。
後に『終焉の日(Day Of The Dead)』と呼ばれるこの大災害は、今も尚、人類史上最悪の天災として語り継がれている。
家も食糧も全て失い、絶望のどん底に突き落とされた人々。
だが、彼らは諦めなかった。
何も無くなってしまった世界で、人類の再びの繁栄を夢見、生き残った者同士共に手を取り合い、復興への道を歩み始めた。
そんな彼らの中に、ある特異な能力を持つ者が現れ始めた。
――これが、歴史上初めての魔族の誕生、そして魔法の発見である。
人智を超えた彼らの能力のお蔭もあり、人々は数十年をかけ、かつての繁栄、いや、それ以上の進歩を遂げた。
そして『終焉の日』から数百年が過ぎた現在――
当初は、その存在さえも不確かな魔法だったが、長年の研究の末、現在では全世界に普及した。
その驚異的とも言える能力は、あらゆる分野で活用され、魔法は、既に人々の生活にはなくてはならないものとなった。
だが、魔法が全て人類の進歩のためだけに使われている訳ではない。
魔法の普及とともに、それを悪用しようとする者も当然のように現れ始めた。
かつて、絶対的な存在として全ての現象を支配していた物理法則、その法則さえも簡単に覆してしまうのが魔法だ。
もしも、悪意と欲望のままに魔法が利用されるような事があれば、それは人々にとっての脅威以外の何者でもない。
そんな脅威に対処すべく、有能な魔術師(魔法使い)達は、日々闘いを続けていた。
彼らは闇に生き、魔法を悪用する者を捕らえ、時にはその手を血に染める。
裏の世界では、年齢も性別も関係ない。
ただ強い者が生き残り、弱い者は消えていく。
完全な弱肉強食の世界。
――そして、彼もまた、そんな裏の世界で生きてきた一人の少年だった。
*‡*‡*‡*
「た、助けてくれっ!」
薄暗い裏路地に、緊張と恐怖の混じった声が響いた。
声の主は、三十代前半に見える壮年の男。
建物や塀に囲まれ、月明かりしか届かないような場所で、男は壁に寄りかかるように立ち尽くしていた。
その男の顔には、明らかな焦りの色が見受けられ、身体は小刻みに震えていた。
――時刻は深夜2時。
いくら都市化が進んだと言っても、大抵の人は眠りに落ち、外出する人も殆どいない時間帯だ。
それを証明するように、辺りは静寂に包まれ、人の気配も全く感じられなかった。
そんな中、男の視線の先、ちょうど男が寄りかかっている壁の向かい側の建物の屋上に、もう一つ人影が見えた。
月明かりに照らされ、露わになったのは白い肌と、艶のある綺麗な黒髪。
華奢な体つきから、どうやら少年のようだった。
「頼む、見逃してくれっ!」
その少年に、必死で命乞いをする男。
状況からすれば、『終焉の日』以前に一時期流行した(してしまった)、所謂「オヤジ狩り」のような光景だが、現場の雰囲気はそんなに生易しいものではなかった。
辺りに満ちるのは殺気。それも、息が詰まる程の濃密な。
「もう犯罪はしない!本当だ!だからっ…」
精一杯震える声を張り上げる男。
だが、少年は無言のまま、ただ男を見詰めるだけだった。
その瞳は透き通るような紅色。まるで心の奥底まで見透かされてしまうような、そんな瞳だった。
しかし、その紅色は右目だけ、左目は髪と同じ澄んだ黒色をしている。
紅と黒のオッドアイ。 二色の対比がより一層瞳の特異性を際立たせていた。
「…展開」
不意に少年が囁いた。
と、同時に少年が前に差し出した右手(正確には、右手より前方10㎝程の上空)に魔法陣が現れる。
直線や曲線を組み合わせた複雑な幾何学模様に魔法文字が描かれている。魔法発動の証拠。
そして、その魔法陣がパッと光ったかと思うと、そこから銀の刃が出現した。
刀身は片刃で反りの少ない忍者刀のような刀。
少年は、その刀を手に取ると二、三度軽く振り、ゆっくりと切っ先を男に向けた。
「くそっ、『紅眼の堕天使【Lost Angel】』がっ!」
自らの最期を感じたのか、男はとっさに魔法を発動しようと試みた。
だが、それも無駄な足掻き。
男の魔法は発動前に消滅し、そして、男の命もそこで途絶えた。
最後に残ったのはバラバラになった男の四肢と、飛び散った血。赤い雫が暗闇さえも塗りつぶし、辺りはまた静寂に包まれた。
その中心に少年はたった一人佇んでいた。
全身を真っ赤に染め、それでも尚、一際映える紅い瞳を輝かせて…。
お読み頂きましてありがとう御座います。
この作品は以前「Another Color」というタイトルで、始まりの部分だけ、先投稿していた作品の連載版(編集版)となります。
処女作に等しく、また作者自身の文才の無さのため、大変読みにくいものとなりますが、あくまで趣味の一環として捉えて頂ければ幸いです。
更新もかなり遅くなるかもしれませんし、また、作者の根気も保つか分かりませんが、何卒、ご容赦願います。