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「粋ちゃん、ラムちゃんとコーくんが絡み合ったヤツよろしく」
「賀来さん、今日は忙しいんだから面倒くさい頼み方やめて下さいよ。
てゆうか、土曜日に来るの珍しくないすか?」
「そう、今日とある飲み会があってさ……
撃沈して寂しかったから寄ったってわけ」
その飲み会はつまり合コンっすね……
「はいどーぞ、ラムコークです」
ラム独特の芳醇な余韻がコーラの後からやって来る、あたしの好きなカクテルのひとつだ。
とそこで、予告通り白濱さんがやって来た。
「あっ、お疲れさまでーす、っと」
もんっのすっごい美人と一緒で、一瞬たじろぐ。
「お疲れ様です。
今日は一応客として来たんですけど、予定通り写真は撮らせて下さい」
「もちろんですっ。
じゃあ、あちらのテーブル席にどーぞ」
「いえ、カウンターで大丈夫です。
注文も提供もしやすいと思うんで」
それはめちゃくちゃ助かりますけど、女の人と一緒なのにいーのっ?
「すんごい美人だね。彼女?」
賀来さーん、いきなりプライベートに踏み込まないであげてー。
でも気になる……
「あぁっ、この前はどーも」
「覚えててくれたんだっ?さすがだね~」
2人はそこから自己紹介なんかで盛り上がって、当初の質問は流される。
「どーぞっ」
通常メニュー一式とピックアップしたカクテルメニューを出して、広げたおしぼりを差し出すと。
「ありがと~」
目の前の美人さんは、可愛らしい笑顔で受け取った。
うう、眩しすぎる……
あまりの可愛いさと美しさに、店内のあちこちから視線が集まる。
ああっ、翔くん見ちゃダメ!
惚れてまうからっ。
あ、意外にもスルー……
まぁ翔くんレベルなら美人なんて見慣れてるよね。
あ~、あたしも美人に生まれたかったなぁ……
「ねーねぇ、どれ頼んでもいーのぉ?」
「あぁごめん。
ドリンクは……
このメニューの、済がついてないヤツから選んで。
あと俺が写真撮るまで飲むなよ?」
おおっ、白濱さんそんな喋り方するんだ。
って当たり前か、ずっと敬語なわけないよね。
ちなみに、もう写真を撮ったものには済マークを。
ノンアルに出来るものには、欄外に説明書きして◎マークを付けといた。
「で結局、白濱くんの彼女?」
おっとまだその話題に食いつきますか!
でも聞きたい聞きたいっ。
「……あの、松本さん。
そんな好奇の目で見ないでもらえますか?」
「あ、あはは~。
いやそんな綺麗な人連れてたら気になるじゃないですか~」
すると白濱さんは、なぜか不機嫌そうに視線を逸らした。
え、あたしなんかマズい事言いました?
「彼女です」
そこで突然、その絶世の美女が口開く。
「はっ?何言ってんだよ」
「いーじゃん、そのうち彼女になる予定だし。
未来の彼女」
「いやならねーし」
「なんでよっ、こーやって悠世のために協力してんのにっ」
「お前が飲み連れてけってうるさいからだろっ?」
いやあの、こんなとこで痴話ゲンカされても……
「粋ちゃん粋ちゃん」
その時賀来さんに手招きされて、顔を近づけると。
「やっぱり粋ちゃんの運命の人じゃないかもね」
「だからないって言ったし!」
まだそれ考えてたんかいっ。
さらにマイマイまで通りすがりに。
「ごめん粋、やっぱり狙うの厳しいと思う」
だから狙うつもりもさらっさらないからね!?
なにこの美女を相手にあたし残念!な空気……
「お願いしまーす!」
「はい行きまーすっ」
厨房からの呼び出しに、料理提供へとそそくさ逃げる。
「粋ちゃん、それ出したらこっち盛り付けてもらえる?」
「了解でーす」
チラとカウンターに目を向けると、店長が白濱さんのオーダーを聞いてくれてたから……
そっちは任せました!
「てか白濱くん来てたんだ?
こっち手伝ってて大丈夫?」
提供を終えると、副店にホールの状況を心配されたけど。
「はい。今日はお客さんとして来てるんで、あたしじゃなくても大丈夫です。
それに今日、フードオーダーやばくないすか?」
「それ。
にしても、白濱くんの彼女?
やたら綺麗だよね。
あそこまで整ってると整形疑っちゃうよね」
「いやそれはないでしょ。
でもそう思っちゃうくらい綺麗ですよね~。
あたしも整形して、」
「え、それでっ?」
おおい!
「いやしてないですしっ、やって綺麗になりたいって言おうとしたんです!」
「あぁびっくりした。
どんなヤブ医者かと思ったよ」
こらこらこらこら!
もう手伝わないっ、1人で茹でダコになってくださいっ。
そう、まだ初夏だけど夏の厨房はめちゃくちゃ熱い。
それでも結局、頼まれたとこまで手伝ったのに……
「え、そのテッカテカな顔で表出んの?
まぁ、誰も粋ちゃんなんか見てないか」
「ひどっ」
この言われよう……
でもこーいった副店の毒舌は嫌いじゃない。
そりゃ入った頃は傷付いたりムカついたりしたけど、今はそれが副店のキャラだってわかってるし。
いじる事で副店なりに可愛がってくれてるのだ。
と思いたい。
そしてホールに出ると、激忙の第1波が押し寄せて来たようで……
テッカテカを気にしてる暇はない!
「粋ちゃん、忙しいとこ悪いんだけど。
塩の犬と書いて、塩犬よろしく」
「塩犬っ?
もうっ、悪いと思うなら普通に頼んでくださいよっ」
てゆーかそれなら賀来さんの隣にいます、塩対応の猟犬が。
とそこで、ほぼ満席状態な店内に新たなお客様が入って来た。
「いらっしゃいませ~!何名様ですかっ?」
「えーと、11名です」
マジっすか!
「松本、予備テーブル出そうか」
「了解ですっ。
ではお席をご用意しますので、少々お待ちくださいねっ。
翔くんごめん、それ終わったら賀来さんのソルティドックよろしく」
その時、オーダーと厨房の提供要請が同時に入る。
だけど誰もが手一杯で……
料理は副店が出してくださいっ。
急いでご案内を済ませたあたしは、すぐにオーダーを取りに向かうと。
今度はお会計と、お酒を零したお客様がっ……
わー落ち着け、優先順位!
まず零したお客様は、おっけマイマイが行ってくれた。
次にオーダーは、店長が早かった。
じゃああたしはお会計をして……
「お願いします!」
だから料理は副店が出してくださいってば!
まぁ厨房はホールの状況がわかりにくいし、今日はフードがハンパないから大変だろうけど。
そしてお会計後は、次のお客様に備えてすぐにバッシングへ。
いやその前に今入った11名様におしぼりとチャームを持ってかなきゃ!
なのに。
「ごめん粋、速攻でコリンズグラス洗ってくれる?」
「オケ」
うわー、シンクが恐ろしい事にっ。
でもバイトのコが11名様のセットを用意してくれてるみたいだから……
「翔くんついでに他にもなんかいる?」
「助かる。
じゃあシェーカーとミキシンググラスもよろしく」
「りょ」
すると、ヒソヒソ笑い声が耳に入る。
「ちょ、テカっててウケるんだけど」
「なにあれ、公開処刑?」
うっさいわ!
こっちはクーラーで北海道だけど、あっちは沖縄だったんだよっ。
でもま、翔くんファンにディスられるのはいつもの事ですたい。
そこで、まだバッシングしてないのに新しいお客様が!
おおっ、他のバイトのコが対応に当たってくれた。
「松本、悲しいお知らせだ。
スイーツが大変な事になってるぞ。
あいつテンパってるみたいだから、フォローよろしく」
「マジっすか!すぐ行きますっ」
その時。
忙しさに慌てたのか、翔くんが作ったカクテルを落としてグラスを割ってしまう!
「すいませんっ」
「おー、手ぇ切らんようにな~?
そんで、1回落ち着こーか」
もうこの店長の懐の深さ大好きっ。
そんな状態を何回転か繰り返して……
忙しいと起こってしまうオーダーミス。