3
そして火曜日。
「粋、このあとPlusの打ち合わせだろ?
店ん中の事はなるべく俺がやるから、粋はそれに集中していいよ」
「ほんとにっ?ありがと~」
うわー、なんて優しいの翔くんっ。
「いやそこは甘やかしちゃダメでしょ」
「え、でも振り出しとかあんまりだし」
わわ、副店に楯突いてまでっ。
「いーのいーのっ、あたしなら大丈夫だからその優しさだけもらっとく」
やっぱ翔くんに迷惑かけたくないしね。
「え、翔くん優し~」
「いーな、私もここでバイトした~い」
おっと、ファンのお客様から嫉妬を買っちゃう。
でもほんと、一緒に働けて幸せだから頑張るぞ!
そうして。
「あの白濱さんっ。
一応フローズンカクテルはピックアップしたんですけど。
他にトロピカルカクテルとアイスカクテルも、オシャレでこの時期ぴったりですよっ?
SNS映えもするし」
あたしもちゃんと女性目線考えました!
「そうなんですか?
じゃあ特に見映えがいいものを1杯ずつ作ってもらえますか?」
トロピカルカクテルとは……
クラッシュアイスを敷き詰めたゴブレットグラスに注いで、フルーツや花を派手にデコレーションしたフルーティなカクテル。
そしてうちの店のアイスカクテルとは……
お酒の材料とクラッシュアイスとアイスクリームをブレンダーにかけて、それにチョコソースや生クリーム・フルーツなんかをデコレーションした甘いカクテル。
「どっちもすごくいいです。
これも今回の企画に加えましょう」
わーい白濱さんに褒められたっ。
カクテルがだけど。
「すみませーん!」
「はーい、すぐお伺いしまーす」
そしてあたしが店内業務にあたってる間、白濱さんはそれらの写真を撮っていて……
打ち合わせに戻ると、新たな企画内容が告げられた。
「今回はシンプルに、ビジュアル戦略で行こうと思います」
それは涼感カクテルフェスと称して、目を惹くカクテルを並べるといったもの。
「そこで松本さんの案を応用して、スタンプラリーをしたいと思います」
「スタンプラリー!?」
本来はひんやりフローズンフェアと称して、それを8杯飲んだら~といった設定にするつもりだったらしいけど。
あたしが他のカクテルも提案した事で。
フローズン・トロピカル・アイスのカクテルをそれぞれ3杯制覇したら、お好きなフードを1品サービスといった設定に変えたそうだ。
もちろんお好きなフードは、例のごとくそれ専用のメニューで。
「松本さんのおかげで、よりいい形になったと思います」
「マジっすか!」
おっしゃ今度こそあたしが褒められたっ。
「それで、期限は発行から1ヶ月にしたいと思います」
「1ヶ月!
短くないすかっ?」
「フェスなので、その集客をピンポイントで狙います。
それに、魅力的なお店は沢山あるんで、長く期間を与えれば財布の肥やしになるだけです」
「確かに……」
なってます。そして気付けば期限切れになってますっ。
「ちなみにフェスタイトルは、他にいいものがあれば変えても構いません」
「えっ……
今はちょっと思いつかないんで、あとで店長にも聞いてみます」
「ありがとうございまーす」
その時カクテルを作ってた店長が、お会計のお客様に声掛ける。
翔くんは提供中だったから、当然あたしがレジ業務にあたって……
白濱さんの所に戻ると。
今度はピックアップしたフローズンカクテルから、特に見映えがいいものを一杯頼まれる。
「これも写真撮るんですか?」
「はい。あとトロピカルとアイスのカクテルも、ピックアップしてもらったのは全部撮ります。
でも1人じゃ飲み切れないんで、週末に誰か連れてまた来ます」
「え、無理に飲まなくていいですよっ?」
とっさにさっき作ったカクテルに目を向けると、いつのまにか2杯とも空になってた。
「いえ、作ってもらったからにはいただきます」
「や、でも企画のために作ったものだし、飲んじゃうと料金も発生するかもしれないし」
「それは別に構いません。そのつもりだったし……
まぁ、恩も売っときたいんで」
サラッと腹黒発言!
「あはは~。
じゃあせめてノンアルに出来るものはそうしましょーか~?」
「え、そんな事出来るんですか?」
「出来ますよ~。
スピリッツを抜いたり、ノンアルリキュールで代用がきくものは」
「じゃあ、それで。
……助かります。
ありがとうございます」
おっと急にしおらしい。
まぁ……
腹黒発言は、くっそ面白くない冗談かもしれないし。
クールでトゲトゲしたところはあるけど、真面目で不器用なだけかもしれないし。
1コしか変わらないのにこんなに色々とすごいのは、それだけ頑張ってるって事で……
実はけっこういい人なのかもしれない。
そしてあたしは、そーゆう頑張ってる人に弱い。
そう、翔くんや初恋の人みたいに。
そこで、伏目がちな白濱さんの長い睫毛が……
パッと上がって、バチっと目が合う。
その目にも弱いあたしは、不覚にもドキッとしてしまう。
「……あの」
「はい、なんですかっ?」
「こっちのセリフです。
人の顔ばっか見てないで、早くカクテル作って下さい」
はいはいはいはいすみませんねえ!
それから白濱さんは、ノンアルとそれがムリなものを1杯ずつ飲んで帰っていった。
「うん、いんじゃないか?」
その日店長に企画を話すと、あっさりOKが出た。
「ほんとですか!?
じゃあピックアップしたカクテルも、これでいっすかっ?」
「どれどれ~?
うん、うん……
でもあれだな、その企画にするからには電動クラッシャーを買わなきゃな」
「っ、マジっすか!」
ありがとう白濱さん!
これも企画変更のおかげです。
メンタルクラッシャーとか思ってすみません、あなたさまは電動クラッシャーの方でしたっ。
だけどそれを買ってもらえるからじゃなく、改めて思う。
今回の企画変更のように……
ニーズを鋭く嗅ぎ分けた白濱さんは、まさに犬の中で一番嗅覚が優れてるブラッドハウンドだと。
さっそくそのワンちゃんに、企画が通った事を報告したかったけど……
深夜だったから、次の日に電話した。
「涼感カクテルフェス、店長のOKが出ましたよっ」
「よかったです。
フェスタイトルもそれでOKでしたか?」
「はいっ、それでお願いします」
あのあと2人で考えてみたけど……
サマーカクテルカーニバルとか、納涼カクテル祭りくらいしか出てこなかったとゆう。
「それと白濱さんっ、ありがとうございます!」
「……は?何がですか?」
「はい、この企画のおかげで電動クラッシャーを買ってもらえる事になったんですっ」
すると電話の向こうから小さく吹き出す声が聞こえた。
「よかったですね。
僕も松本さんに恩が売れてよかったです」
「はいっ?」
今なんて言いましたあ!?
「なので、スタンプラリーのカードはうちに発注いただけると助かります」
他の営業に繋げやがったー!
「あはは~、あたしの判断じゃちょっと~」
「ですよね。
では特典のメニュー表はサービスで作成するんで、カードの方の斡旋だけお願いします」
「はは、頑張りまぁす……」
抜かりないワンコめ~。
だけど。
小さく吹き出してた白濱さんは、懐かない犬が一瞬懐いてくれたみたいで……
なんだかちょっと嬉しかった。