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だって、もうお別れなんだって実感が押し寄せて。
寂しさに襲われて、名残おしくて。
ますます切なくなるから。
「あ、寒いよなっ?
ちょっと待って、俺の上着羽織っとけよ」
「いや飲んでるからだいじょぶだし、悠世くんのが寒そうだから!」
自分は部屋着に上着羽織っただけのくせして。
この寒空の中歩きでわざわざ送ってくれたり、心配してくれたり……
ねぇなんでそんな優しいのっ?
こんな黒歴史なあたしを、いつだって助けてくれて守ってくれて……
もう好きで好きでたまらない。
一緒にいる時間が愛しくて。
苦しくなるくらい愛おしくて……
ヤバい、泣けてくる。
「つか、さっきから静かじゃん。
疲れた?」
「ん、少し……」
違う泣きそうだからだよ。
ほんとはまだまだ話し足りないし、聞きたい事だって山ほどあるのに……
例えばデートの事とか、すずちゃんさんとは会ってるの?とか。
でも俺とすずの問題だからって線引きされてるし、あたしは所詮部外者で……
うわ、ほんと泣くっ。
なのにそれが収まらないうちに到着して、駐輪場にチャリが停められた。
「あの、ありがとうっ」
嫌だ離れたくない。
「送ってくれて、ありがとう……
すき焼き美味しかった、ありがとうっ……」
「……粋?」
震える声で俯くあたしを、怪訝そうに覗う悠世くん。
「今まで優しくしてくれてありがとうっ」
泣いちゃダメ!
泣いたら悠世くんを困らせる。
「はっ?今までって」
震える唇を噛み締めて、必死に笑顔を貼り付けたけど……
「いっぱい助けてくれてありがとうっ。
こんなあたしと、いい相棒でいてくれてありがとうっ……」
涙が溢れて、泣き笑いになってしまう。
当然悠世くんは、驚いた顔で困惑してて……
「ごめんねっ」
困らせてごめん。
「ほんとにごめんっ」
ダメだ涙が止まらない。
そこで悠世くんが「そんなに思いな」と言いかけて。
そんなに重いならっ?
「ごめん!」
その先を聞くのが怖くて、遮るようにまた謝った。
そして重いのが苦手な悠世くんに、これ以上迷惑をかけないように。
「じゃあ元っ、」
元気でね、って締めくくろうとした矢先。
その言葉が悠世くんの唇に奪われた。
一瞬何が起きたのかわからなくて。
だけど唇に伝う温もりと、力強く後頭部を包む手に……
心臓が一気に握り潰される!
途端、悠世くんはハッとしたように離れて。
「ごめん!俺こそごめんっ。
襲わないって言ったのに、ほんとにごめん……
でもこれで、お互い様にして欲しい。
や、俺の方がめちゃくちゃタチ悪いけど。
これで昔の事は、ほんとにもう気にしなくていいし。
償えって言ったのも忘れて欲しい」
それでキスを!?
そう思った次の瞬間。
「俺も、もう関わらないから……
だからもう無理しなくていいし」
ズキリと心臓が貫かれる!
「今まで無理させてごめん。
酷い事して、本当にごめんっ」
最後にそう言い捨てて、立ち去ってく悠世くん。
すぐにその背中は、角を曲がって見えなくなって……
感情が爆発しそうになったあたしは、慌てて部屋に飛び込むと。
わああ!と堰を切って泣きじゃくった。
うそもうほんとに会えないの!?
嫌だよ悠世くん……
もうすでに会いたいよ!
さっきまであんなに近くにいたのに。
唇にはまだその感触が残ってるのに。
会えないかもが、ほんとになるのっ?
嫌だ会いたいよ、ずっとずっと一緒にいたいよっ。
酷くなんかないし、無理なんかしてないしっ。
いやしてても、悠世くんのためなら頑張るよ!
だけど結局泣いてしまったし……
それじゃ重いんだよね?
ごめん、でも好きだよ……
好きで好きでもうどうしようもないくらい、悠世くんが大好きだよっ!
そんな張り裂けそうな思いで、しばらくわんわん泣きながら……
いっそ悠世くんを困らせるこの想いも、流れて軽くなればいいのにって思った。
なのに朝起きたら瞼が腫れてて、逆に重みがプラスされてたとゆう。
そして、そんな日でも仕事は普通に始まるし。
12月のイルミネーションはキラキラ輝いてるし。
目の前のカップル様はいちゃついてる。
「お前酔っ払ってるだろっ。
一旦ソフトドリンクにしといたら?」
「えぇ〜、バーに来てまでソフトドリンクっ?」
「あ、じゃあノンアルコールカクテルなんてどうですか?」
「それいいかも!
どんなのがありますかっ?」
そうして、彼女さんが選んだノンアルカクテルのシンデレラを作り始めて……
昨日の今頃はシンデレラ気分で浮かれてたのにな、と連想して胸を痛める。
そう、まさしく。
12時になって白馬の王子様とサヨナラしたシンデレラみたいに。
12月になって白濱の王子様とサヨナラしちゃうなんて……
そんな例えで切なさを誤魔化しながら、パイン風味のシンデレラを出し終えると。
「なぁ粋、俺たちそろそろ結婚しないか?」
「はいっ?」
あまりに突拍子もない京太くんの発言に、翔くんはグラスを落として、賀来さんはカクテルを吹き出した。
「いやいやいや、なんでいきなりそーなるのっ?」
「あぁごめん、妄想の中じゃそろそろその段階だから」
「いや危ないからそれっ」
お願いその世界から抜け出してー。
「京ちゃん気をしっかり!
いや粋ちゃん責任取らないとっ」
「いや京くんならもっといい女がいっぱいいるって!」
あの、賀来さんも赤尾さんも何気に酷くないすか?
「じゃあ粋、婚約は解消しとくよ」
「いやそもそもしてないからねっ?」
そうやっていじられてると……
さっきのお客様から次のオーダーが入る。
「シンデレラめちゃくちゃ美味しかったです!
でもやっぱアルコールが入ってなきゃ物足りないんで、つぎはマリブパインで」
うっ、また切ないカクテルを……
まぁそもそも、カクテルとは混酒の事だから。
肝心のアルコールが入ってなければ、物足りないのも当然だ。
そうして……
やたらと長く感じた仕事を終えて、ビル下に降りると。
「おつかれ、粋」
さっきまで飲んでた京太くんが、寒そうに立っていた。
「どしたの京太くんっ。
もうこんな時間だよっ?
明日も仕事でしょ?」
「うん、そーなんだけど……
粋と話したくて」
「だったら時間作ったのに……
風邪ひくよっ?」
「ははっ、粋は相変わらず優しいな。
でもわざわざ時間作ってもらう話じゃないし、今日話したかったから」
「じゃあさっきそう言ってくれればよかったのに」
「そしたら断ってただろ?
今日はそれどころじゃないって」
うっ、なぜそれを……
とりあえずあたしたちは、近くのコンビニのイートインに移動すると。
「粋はさ……
白濱さんの事が好きだろ?」
いきなり爆弾発言を食らう。
「えっ、なんでっ……」
そう濁しながらも、身体がぶわっと熱くなる。
「……わかるよ。
俺、一応元彼氏だからさ。
そのくせ肝心なとこだけ見失って、わかってあげられなかったけど……
粋の事見てきたから、その心が誰に向いてるのかはわかるよ。
図星だろ?」
と言われても……
そういった気持ちを誰かに知られるのは、すごく恥ずかしいし抵抗がある。




