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それも束の間。
「なので、一杯いただいて帰ります」
「えっ、あ~、そーなんですね」
「露骨に嫌そうですね」
だって白濱さんやりにくいだもんっ。
「ま、まさか〜。何にします?」
「じゃあさっぱり甘口でオススメのものを。
あと、フードメニューのオススメもお願いします」
「え~と、じゃあ……」
「ニィちゃん酒強いなら、これぴったりだよっ?」
そこで、3席隣の賀来さんがチェリーブロッサムを勧める。
「ほんとですかっ?
じゃあそれをいただきます」
コミュニケーションが苦手なのかと思いきや、意外にもにこやかに応答する白濱さん。
仕事モード終了ってヤツっすか……
「大丈夫ですか?
けっこー強いお酒なんで、その甘さに騙されたら痛い目見ちゃいますよ?」
すると白濱さんは意味深にあたしを見つめて……
「そうですね。でもその辺は気を付けてるんで大丈夫です」
不敵に笑って視線を流した。
うう、なんか……
いちいちやりにくいリアクションする人だな。
その目に弱いあたしは、不可抗力に心拍数を乱される。
「おっ、白濱くん。
メシも食ってくれてるんだなぁ!」
少しして、厨房から出て来た店長が嬉しそうに声かける。
「はいっ、このデミクリームパスタめちゃくちゃ旨いです」
「旨いだろ?
うちの副店長が編み出した秘密のレシピで作ってるからな~。
見た目はぽっちゃりしたただのおっさんなんだけど、これがなかなかの凄腕シェフなんだよ」
そうそう、だから賄いが最高なのだ。
「だからまぁ、取材に関係なくいつでも食いにおいで~。
友達とかも誘ったりして」
店長それ、遠回しに客として来いって言ってますよね……
「はいっ、ぜひ利用させてもらいます」
営業も大変だな……
まっ、この人もさっき客として来るって言ってたけどね。
「それで、今日はもう終わったのか?」
「はい。今日は基本的な事を伺っただけなんで、それを基にいくつかプランを打ち出してまた来ます。
松本さん」
「っ、はいっ」
話を小耳に挟みながらも、グラスを拭いてたあたしは急に振られて若干慌てる。
「次回の打ち合わせ日時を決めたいんで、お休みの日を教えてもらっていいですか?」
「はい、えーと……」
「それはもう連絡先を交換して、臨機応変にやりとりした方が早いんじゃないか?」
店長の思わぬ一言に。
「あぁ、そーですね……」
断る理由もなく。
「松本さんが良ければ、こちらはそれで構いませんが」
と、このやりにくい白濱さんとケー番を交換する事に。
この人仕事モード入るとクールだから、電話じゃいっそうやりにくそうだな……
まいっか。
この店のためだし、店長の期待に応えたいから頑張るぞ!
「じゃあ聞きたい事があったら、遠慮なくガンガン聞いてくださいねっ」
「……熱いですね。
松本さんの案が楽しみです」
あんたがクールなだけですからー!
てゆーかあたしの案?
ー「松本さんも何か案があればまとめといて下さい」ー
あ、そーいえば……
うわぁハードル上げてしまった。
でもこの男に負けてなるものかっ。
やり手だかなんだか知らないけど、この店を愛してるのはあたしなんだから!
♢
「で、何かいい案思い付いたの?」
「昨日の今日で思い付くわけないじゃないですか〜。
てゆーか賀来さん、今週皆勤賞でも狙ってるんですか?」
「おっ、いーね皆勤賞。
達成出来たら一杯サービスしてね~」
「それは店長に言ってください」
とそこでハッとする。
「それだっ!」
「え、なになに何の話?」
昨日休みだったマイマイが、横から食いつく。
「うん、来店数とか売り上げを増やすために、スタンプカードとかどうかなっ?」
「あ〜、例のPlusさんとの企画?
いんじゃない?
けど相手はやり手なんでしょ?
内容はけっこう捻らなきゃかもね」
「うーん、確かに……」
「でもそれが採用されたら俺のおかげじゃねっ?」
「賀来ちん、ちっさいよ」
マイマイに器が小さいと一蹴されて、しょぼりな賀来さん。
「ははは、お通しくらいなら山盛りでサービスしますね〜」
「粋ちゃんは優しいね~」
「なにそれ、アタシは意地悪って言いたいワケ」
「いやチャームなだけにっ?粋ちゃんのチャームポイントだね〜って。
ほらマイちゃんと翔くんはそのビジュアルがチャームポイントだしっ」
こらこらこらこら、それ間接的にあたしのビジュアル貶してるからっ。
まぁ確かにマイマイは綺麗だけどね~。
翔くんに釣り合うにはそれくらい綺麗じゃないと。
「そーいえばっ、その雑誌の人もイケメンだったよなぁ!粋ちゃん」
「え……まぁそーですね」
認めたくないけど。
「へぇ、やり手でイケメンなんだ。
粋、狙ったら?」
「なんであたしがっ」
「いやあんたも少しは色気付いた方がいいって」
「そうそう、俺も言ってんだよ。
若い時は一瞬なんだからもっと弾けなきゃ」
「ほんとそれ。一瞬すぎたわ」
いや姐さん、25はよゆーで若いっす。
「でもあのイケメンくん、素直でいい子じゃん。
俺が飲んでた、チェリーブロッサムだっけ?
勧めたら快く飲んでくれたし」
そんな事で絆されないでー。
「ふーん、チェリーブロッサムかぁ……
確かカクテル言葉は印象的な出会い、だったかな」
「へ~そんなのあるんだ?マイちゃん詳しいね。
てことは粋ちゃん、これが運命的な出会いかもよっ?」
「ないないないない絶っ対ないですから!」
あたしの心は翔くんでいっぱいだし、白濱さんはむしろ悪印象だからっ。
「すごい否定」
そこで翔くんにクスリと笑われる。
うう、その笑顔犯罪……
「なに翔くん、身の程知れよ的なっ?」
一応わきまえてるのに〜。
「いや、粋は可愛いよ?」
うわあ!なんて事ゆうんだこのイケメンわっ。
殺す気?
翔くんにそんな事言われたら女の子死んじゃうよっ?
「はは、ありがと〜」
ふぅ、なんとか持ち直した。
でも、たとえ社交辞令でも嬉しいな……
スタンプカードの内容を捻るのは難しそうだけど、頑張ろ!
ちなみに賀来さんは、金曜日にチェリーブロッサムを飲ませたい女の子を連れて来たけど。
その子があまりにもお酒が強くて、なんの効果も得られなかったとゆう。
そしてその日、白濱さんから連絡が来て……
週末は忙しいから、日曜に打ち合わせする事になった。