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そうして、サンプルドリンクを提供し終えると。
白濱さんは例のごとく、いくつかのパターンで写真に収めて……
「全部飲めるかな」
ポツリと呟く。
「あっ、じゃあアタシこっち飲みたいっ」
酒好きでアサイー好きの姐さんが、カクテル3種を指差した。
「あ、でも一口味見してもいいですか?」
「全然OKでーす」
ふむ、あたし達が飲めば白濱さんに払わせなくて済むかも。
「じゃああたしはノンアルの方いただきまーす」
とそこで、お客様が来店してマイマイがいったん席を離れた。
「あの、無理して飲まなくていいですよ?」
すると白濱さんに、察したかのように気遣われる。
いやこっちのセリフだから!
「いえいえ、ピザ食べたら喉乾くし。
これで恩も返却させてくださ~い」
「へぇ、この程度で返却出来る恩だったんですね」
なんと!気遣わせないために言ったのに、この黒濱め~。
「じゃあ僕は……
今日は雨でジメジメしてたんで、ビールもらってもいいですか?」
「もちろですっ。生でいいですか?」
「他にあるんですか?」
「はいっ、あそこのドリンクショーケースにいろんな瓶ビールがありますよっ?」
「あぁなるほど。
じゃあオススメのもので」
またオススメか~、なんにしよう?
そうだっ、黒濱にぴったりな黒スタウトを出してあげよう!
そおしてふふふ、とその先を企む。
「ギネスなんてどーですか?」
「ギネス?ってあの世界記録の?」
「そーです!それを生み出したギネス社の黒ビールですっ」
「へぇ、面白そうですね。
それでお願いします」
かっしこまりぃ~。
深いコクとクリーミーな泡が際立つ、どこか甘くて香ばしい香りのギネスビールを、専用のビアグラスと一緒に差し出すと。
何口か飲んだその人は、難しい顔を覗かせた。
「けっこう、飲みにくいですね……」
そう、まるでカプチーノのみたいなそれは……
コーヒー好きには美味しく飲めたりもするけど、その苦味や濃厚さが苦手な人も多い。
「じゃあコーラで割りましょうか?
トロイの木馬ってゆうギネスビール公式のカクテルになるんですけど、飲みやすいですよっ?」
「そーなんですか?
じゃあそれで」
「はーい、これでまた恩を返却しときますね~」
実はそれを企んでたり……
おぬしも黒よのぉ、と自分に突っ込む。
さっそくカウンター下の冷蔵庫から瓶コーラを取り出すと。
「松本、ライムもよろしく」
店長からコロナビールを渡される。
まさかこれはヤツのではっ……
冷蔵庫から取り出したライムをカットして、ビール瓶の口に挿し込むと。
「ありがと粋」
ななめ前の京太くんが手を伸ばした。
さっきからそれ飲んでるし、やっぱりかー!
コロナはギネスとは逆に……
明るくて薄い色の、爽やかでめちゃくちゃ飲みやすい世界中で愛されてるビールだ。
シュッと伸びたボトルはスタイリッシュで。
まさしく、明るくて人気者で長身イケメンの京太くんにぴったりだ。
にっこり営業スマイル貼り付けて、それを渡すと。
「あのさっ、俺ほんとは浮気なんかしてないからっ」
えーと、ちょっと待てぇ?
この男はなにを……
いやしてたかどーかじゃなくてさあ!
「ちょっ、みんなの前でゆーかなあっ!?」
怒りで恥ずかしさも若干吹き飛ぶ。
「あ、ごめん。
でも全然話せないし。
女の子ってだいたい周りに筒抜けだろ?
あのお姉さんもこの前と態度違うし……
だから俺、周りの誤解も解いときたくて」
そーだった。
告白の時といい、ヤツは周りから攻めるタイプだった。
それでもあの時は好きだったから嬉しかったけど……
ヤツは知らない。
それがフられ続けた理由の1つだとゆう事を。
あたしには逆効果だとゆう事を!
今入ったお客様からのフードオーダーで、副店は厨房に戻ったし。
丸聞こえだろーけど、店長はスルーしてくれてるからマシだけど……
「まぁまぁ粋ちゃん、許してあげたら?
誤解みたいだし」
賀来さんの援護射撃が痛いっす!
「だったらなんでその時誤解を解かないの?
今さら嘘くさくない?」
すかさずマイマイがあたしの援護射撃。
いや嬉しいしありがたいけど、もうこの話自体やめてくださいお願いしますっ。
なのに戦路は続くよ、反撃ターンへ。
「その時はっ……
粋の気持ちを確かめたくて、つい。
でも俺、浮気したなんて一言も認めてないしっ。
粋は真実を確かめもしないで、別れようってゆーし」
うっ、確かに。
あの時京太くんは、「浮気してたんだっ?」に対して「だったら?」って投げかけてきただけだった。
そして京太くんのゆう通り、あたしは確かめもせずに……
どうしよう、これ全面的にあたしが悪いじゃん!
恥ずかしすぎて、京太くんに申し訳なさすぎて……
ヤバい、なんか泣きそうっ。
「あの、コーラまだですか?
あと打ち合わせの続きも」
そこで涙を引っ込める白濱さんのもっともな一言。
「ああっ、すみません!」
慌てて冷たいコーラと取り替えて、トロイの木馬に取り掛かる。
助かった……
もしフォローなんかされてたら余計泣けただろうし。
打ち合わせは終わったのに、そこを持ち出してきたのはきっと、この話を終わらせるためで。
感激!
したのも束の間。
「てゆーか、浮気したヤツがしたってゆーわけないじゃん。
してない証拠があるならともかく、なんとでも言えるよね」
わ~!マイマイっ。
あたしの立場を守ろうとしてくれてるのはありがたいけど、もうほじくり返さないでー。
すると今度は店長の助け船。
「よーしその辺にしとこーか。
まずお前はお客さんに対して失礼な。
そんで元彼君も、松本は仕事中だからそんくらいで勘弁してくれるか~?」
うう、助かります……
店長神と白濱神をこの先崇拝させていただきますっ。
まぁ白濱さんにはまた恩を売られるんだろーけど……
それから京太くんは、気まずそうにお会計をして帰って行った。
最後に謝りたかったけど……
出された助け船を無駄にしたくなかったし。
再会した日に……
ー「全っ然気にしないでっ?
あたしも悪かったと思うしっ」ー
許して謝ったから、これ以上関わる必要はないのかもと思った。
「じゃあ僕も帰ります。
また原稿が出来たら、アサイー屋台のメニュー表と一緒に持ってきます」
てゆうか……
原稿チェックは店長がするから、白濱さんとまたしばらく会えないんだ?
しかも今月は早く終わったから、3週間くらい会えないんじゃっ?
「あのっ、もうちょっと飲みませんっ?」
「……急に貪欲になりましたね」
ちっがーう!
「そうじゃなくてっ……」
助け船のお礼に、っていったら断るだろーし……
台風だから?暇だから?
もうここは素直に!
「寂しいじゃないですか~」
瞬間、白濱さんは目を大きくして。
俯きがちに顔を背けて、大きくため息を吐き零した。
うわ、このセリフじゃなかったな……
「……松本さんてほんと、無責任に掻き混ぜますよね」
「え、なにをですかっ?」
「いえ、トラブルメーカーだなって」
トラブルメーカ~!?
いや現にさっきそうなってましたよね……
なにげにショック。
「じゃあ溜まった仕事があるんで帰ります。
ごちそうさまでした」
そう言って白濱さんは、周りに挨拶をしてさっさと帰ってしまった。
相変わらずクールだなぁ……
もっと仲良くなりたいのに。
でもまた助けてくれたり、そのあとマイマイの憤りまでなだめてくれたり……
よーしあたしはこの恩を返せるように、フェスの販促頑張るゾ!




