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溺愛シェーカー   作者: よつば猫
トロイの木馬
15/51

 そうして、サンプルドリンクを提供し終えると。

白濱さんは例のごとく、いくつかのパターンで写真に収めて……


「全部飲めるかな」

ポツリと呟く。


「あっ、じゃあアタシこっち飲みたいっ」

酒好きでアサイー好きの姐さんが、カクテル3種を指差した。


「あ、でも一口味見してもいいですか?」


「全然OKでーす」


 ふむ、あたし達が飲めば白濱さんに払わせなくて済むかも。


「じゃああたしはノンアルの方いただきまーす」


 とそこで、お客様が来店してマイマイがいったん席を離れた。


「あの、無理して飲まなくていいですよ?」

すると白濱さんに、察したかのように気遣われる。


 いやこっちのセリフだから!


「いえいえ、ピザ食べたら喉乾くし。

これで恩も返却させてくださ~い」


「へぇ、この程度で返却出来る恩だったんですね」


 なんと!気遣わせないために言ったのに、この黒濱め~。


「じゃあ僕は……

今日は雨でジメジメしてたんで、ビールもらってもいいですか?」


「もちろですっ。生でいいですか?」


「他にあるんですか?」


「はいっ、あそこのドリンクショーケースにいろんな瓶ビールがありますよっ?」


「あぁなるほど。

じゃあオススメのもので」


 またオススメか~、なんにしよう?

そうだっ、黒濱にぴったりな黒スタウトを出してあげよう!

そおしてふふふ、とその先を企む。


「ギネスなんてどーですか?」


「ギネス?ってあの世界記録の?」


「そーです!それを生み出したギネス社の黒ビールですっ」


「へぇ、面白そうですね。

それでお願いします」


 かっしこまりぃ~。

深いコクとクリーミーな泡が際立つ、どこか甘くて香ばしい香りのギネスビールを、専用のビアグラスと一緒に差し出すと。

何口か飲んだその人は、難しい顔を覗かせた。


「けっこう、飲みにくいですね……」


 そう、まるでカプチーノのみたいなそれは……

コーヒー好きには美味しく飲めたりもするけど、その苦味や濃厚さが苦手な人も多い。


「じゃあコーラで割りましょうか?

トロイの木馬ってゆうギネスビール公式のカクテルになるんですけど、飲みやすいですよっ?」


「そーなんですか?

じゃあそれで」


「はーい、これでまた恩を返却しときますね~」


 実はそれを企んでたり……

おぬしも黒よのぉ、と自分に突っ込む。

さっそくカウンター下の冷蔵庫から瓶コーラを取り出すと。


「松本、ライムもよろしく」

店長からコロナビールを渡される。


 まさかこれはヤツのではっ……

冷蔵庫から取り出したライムをカットして、ビール瓶の口に挿し込むと。


「ありがと粋」

ななめ前の京太くんが手を伸ばした。


 さっきからそれ飲んでるし、やっぱりかー!

コロナはギネスとは逆に……

明るくて薄い色の、爽やかでめちゃくちゃ飲みやすい世界中で愛されてるビールだ。


 シュッと伸びたボトルはスタイリッシュで。

まさしく、明るくて人気者で長身イケメンの京太くんにぴったりだ。

にっこり営業スマイル貼り付けて、それを渡すと。


「あのさっ、俺ほんとは浮気なんかしてないからっ」


 えーと、ちょっと待てぇ?

この男はなにを……

いやしてたかどーかじゃなくてさあ!


「ちょっ、みんなの前でゆーかなあっ!?」

怒りで恥ずかしさも若干吹き飛ぶ。


「あ、ごめん。

でも全然話せないし。

女の子ってだいたい周りに筒抜けだろ?

あのお姉さんもこの前と態度違うし……

だから俺、周りの誤解も解いときたくて」


 そーだった。

告白の時といい、ヤツは周りから攻めるタイプだった。

それでもあの時は好きだったから嬉しかったけど……

ヤツは知らない。

それがフられ続けた理由の1つだとゆう事を。

あたしには逆効果だとゆう事を!


 今入ったお客様からのフードオーダーで、副店は厨房に戻ったし。

丸聞こえだろーけど、店長はスルーしてくれてるからマシだけど……


「まぁまぁ粋ちゃん、許してあげたら?

誤解みたいだし」


 賀来さんの援護射撃が痛いっす!


「だったらなんでその時誤解を解かないの?

今さら嘘くさくない?」

すかさずマイマイがあたしの援護射撃。


 いや嬉しいしありがたいけど、もうこの話自体やめてくださいお願いしますっ。

なのに戦路は続くよ、反撃ターンへ。


「その時はっ……

粋の気持ちを確かめたくて、つい。

でも俺、浮気したなんて一言も認めてないしっ。

粋は真実を確かめもしないで、別れようってゆーし」


 うっ、確かに。

あの時京太くんは、「浮気してたんだっ?」に対して「だったら?」って投げかけてきただけだった。


 そして京太くんのゆう通り、あたしは確かめもせずに……

どうしよう、これ全面的にあたしが悪いじゃん!

恥ずかしすぎて、京太くんに申し訳なさすぎて……

ヤバい、なんか泣きそうっ。


「あの、コーラまだですか?

あと打ち合わせの続きも」

そこで涙を引っ込める白濱さんのもっともな一言。


「ああっ、すみません!」

慌てて冷たいコーラと取り替えて、トロイの木馬に取り掛かる。


 助かった……

もしフォローなんかされてたら余計泣けただろうし。

打ち合わせは終わったのに、そこを持ち出してきたのはきっと、この話を終わらせるためで。

感激!

したのも束の間。


「てゆーか、浮気したヤツがしたってゆーわけないじゃん。

してない証拠があるならともかく、なんとでも言えるよね」


 わ~!マイマイっ。

あたしの立場を守ろうとしてくれてるのはありがたいけど、もうほじくり返さないでー。


 すると今度は店長の助け船。


「よーしその辺にしとこーか。

まずお前はお客さんに対して失礼な。

そんで元彼君(キミ)も、松本は仕事中だからそんくらいで勘弁してくれるか~?」


 うう、助かります……

店長神と白濱神をこの先崇拝させていただきますっ。

まぁ白濱さんにはまた恩を売られるんだろーけど……


 それから京太くんは、気まずそうにお会計をして帰って行った。

最後に謝りたかったけど……

出された助け船を無駄にしたくなかったし。


 再会した日に……

ー「全っ然気にしないでっ?

あたしも悪かったと思うしっ」ー

許して謝ったから、これ以上関わる必要はないのかもと思った。



「じゃあ僕も帰ります。

また原稿が出来たら、アサイー屋台のメニュー表と一緒に持ってきます」


 てゆうか……

原稿チェックは店長がするから、白濱さんとまたしばらく会えないんだ?

しかも今月は早く終わったから、3週間くらい会えないんじゃっ?


「あのっ、もうちょっと飲みませんっ?」


「……急に貪欲になりましたね」


 ちっがーう!


「そうじゃなくてっ……」

助け船のお礼に、っていったら断るだろーし……

台風だから?暇だから?

もうここは素直に!


「寂しいじゃないですか~」


 瞬間、白濱さんは目を大きくして。

俯きがちに顔を背けて、大きくため息を吐き零した。


 うわ、このセリフじゃなかったな……


「……松本さんてほんと、無責任に掻き混ぜますよね」


「え、なにをですかっ?」


「いえ、トラブルメーカーだなって」


 トラブルメーカ~!?

いや現にさっきそうなってましたよね……

なにげにショック。


「じゃあ溜まった仕事があるんで帰ります。

ごちそうさまでした」

そう言って白濱さんは、周りに挨拶をしてさっさと帰ってしまった。


 相変わらずクールだなぁ……

もっと仲良くなりたいのに。

でもまた助けてくれたり、そのあとマイマイの憤りまでなだめてくれたり……


 よーしあたしはこの恩を返せるように、フェスの販促頑張るゾ!



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