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京太くんとは、短大に入って始めた居酒屋のバイトで出会った。
2コ上で面倒見がよくて、明るくて長身イケメンの彼は、スタッフからもお客さんからも人気の的だった。
そしてあたしも、明るい京太くんと一緒にいるのは楽しかったし。
その吸い込まれそうな目にドキドキして、密かに恋心を抱いてた。
だけどそんな感情、恥ずかしくて表に出せるわけないし。
そのせいで初恋の時みたく、好きな人を傷付けてしまうあたしには、誰かと恋愛する資格はないと思ってたから……
就活を始める京太くんが、バイトを辞める日だけが迫ってた。
そんなある日、なぜか突然告ってきた京太くん。
あたしはテンパりながらも、なにかの罰ゲームに違いないと。
「またまた~」と笑って流した。
はい、最低です。
なのに京太くんは、それから毎日告ってくれた。
その目は真剣で、すっごく嬉しかったけど。
ただでさえ恥ずかしいのに、みんなに冷やかされて……
「はいはい」とあしらう事しか出来なかった。
はいもう地獄に落ちろって感じです。
そしてとうとう、京太くんはバイトを辞めて……
ものすごーく後悔したところで、最後に電話で告白される。
さすがにラストチャンスだし。
電話だから周りの冷やかしもなければ、京太くんがバイトを辞めたから今後の冷やかしもないわけで……
ようやくOKに至ったとゆう。
いやほんと、お前レベルで何様だよって感じだけど……
恋愛に超恥ずかしがり屋なあたしにとっては、すごく勇気がいる事だった。
それからの半年間は、ほんとに楽しくて。
勇気を出してよかったって思ったけど……
そんなあたしだから、気付けば京太くんとの間に大きな溝が出来てた。
ある日、バイト先の友達と京太くんが浮気してると耳にする。
確かにその頃の京太くんは、携帯でコソコソしてたし。
その友達も前は京太くんを狙ってた。
だけどこんな性格だから直接聞けずに、悶々とした日々を過ごしてて……
ついにデート現場に遭遇する。
*
*
*
「やっぱり浮気してたんだっ?」
「……だったら?」
否定も謝罪もしないんだ……
「……別れよう?」
「っ、あっそ。
つかお前、俺の事なんか別に好きじゃなかっただろ」
だから俺は悪くないと言わんばかりに、そう吐き捨てて。
京太くんはその友達と去って行った。
*
*
*
好きだったよ。
こんなあたしに、懲りずに好きって伝え続けてくれて……
ほんとにほんとに嬉しかった。
なのにあたしは……
ー「好きだよ、粋」
「うん、あたしも……」ー
1度もその言葉を返してあげれなかったし、行動でも示してあげれなかった。
キスまでは頑張ったけど、その先は恥ずかしくて拒み続けて……
きっと傷付けてたよね?
そんなあたしは、やっぱり誰とも恋愛しちゃいけなかったんだ。
だから、浮気されても仕方ないとは思ってる。
だけど、あたしもめちゃくちゃ傷付いた。
悲しくて、苦しくて……
その友達と一緒に働くのが辛くて、そこのバイトも辞めた。
それを癒してくれたのが、ここClutchで……
せっかく立ち直ったのに、もう会いたくなかったよ。
「ちょ、マジ?
ごめん、そんな切ない顔しないでよ。
その彼もさ、何やらかしたか知んないけど謝ってきたんでしょっ?
もしかしたら向こうも粋の事忘れられないのかもしれないし、また来るかもしれないじゃんっ。
あ、そしたらアメリカンレモネード出してあげなよっ。
アタシが上手く取り持ってあげるから!」
なんだか勘違いしてるようだけど……
必死に慰めてくれてるマイマイに、心がわしゃわしゃほぐされる。
「ははっ、なんでアメレモ?」
「ん?そのカクテル言葉が"忘れられない"だから」
出た、姐さんのカクテル言葉。
おかげで一気に楽しくなる。
「ありがと、マイマイ」
もう大好きっ。
「ん、来るといーねっ」
ってソコはちがーう!
来なくていーし、さっきから不吉な事言わないでー。
ほんとに来たらどーす……
「あ、いらっしゃいませ〜」
うそマジでっ?
びくうっと肩を揺らして顔を向けると。
なんだお客様か……
いや、なんだじゃない!
「いらっしゃいませ~」
お待ちしてましたお客様っ。
今日もお仕事頑張るぞー!
そして木曜日。
今日は甘やかさない副店が休みだから、姐さんに「こんな時くらい甘えときな」と諭されて。
打ち合わせに集中出来ると、再びやる気満々でそれに臨むも……
「白濱さんっ、さっそく雑誌の反応がチラホラ出てます!嬉しいですっ」
「そうですか。
また週末の様子がわかったら教えて下さい」
相変わらずクールに流される。
仲良くなれたと思ったのに……
「では8月号の企画ですが、松本さんの方で何かありますか?」
「えっ、次こそ夜カフェセットじゃないんですか?」
「それは食欲の秋を狙って、9月号の企画に考えてます。
来月は夏バテで食欲が落ちて興味を引きにくいと思うんで」
「なるほどっ」
でもそれなら早く言ってほしい……
思い込んでたあたしも悪いけど、もう店長に夜カフェセットのOKもらっちゃったじゃん!
うーん、相棒ならもっと意思疎通を図んないと。
「あの白濱さんっ。
いい記事を作るために、もっと絆を深めませんっ?
もっとこう親密度を上げて仲良くしましょーよっ」
「仲良くって……
遊びじゃないんで。
それに絆って、深めようとして簡単に深まるもんじゃないと思います」
堅っ!
その頭とガードの堅さなんなわけっ?
仕事は柔軟に考えれるのに……
「でもコミニュケーションは大事ですって!
一応口は堅いんで、仕事の愚痴でもプライベートの相談でも、なんでも聞きますよっ?」
「特にないです」
バッサリかーい!
「そ、そっすか~。
あっ!じゃあノロケ話とかでもいいですよっ?
すずちゃんさんとめっちゃお似合いですもん」
よしっ、これなら白濱さんを狙ってる疑惑も晴らせる。
「……そうですね。
そんなんで絆が深まるなら、僕からもいいですか?」
おおっ、食いついた!
「もちろんです!なんですかっ?」
「松本さんって、平岡さんの事が好きですよね」
ガシャーン!と、拭いてたグラスを思わず落とす。
「しっ、失礼しました~」
何を言い出すんだこの男わ!
周りのお客様に謝りながらも動揺する。
「粋、大丈夫?
危ないから俺片付けるよ」
「いーいいっ、ほうきと塵取りだから全っ然危なくないしっ」
ひぃ~!翔くんまさか聞いてないよね?聞こえてないよねえっ?