無事保護できたっす
公女さまが連れ出されるゴタゴタのスキをついて、自分もコッソリ会場を出たっす。廊下の向こうで公女さまを連行しながら、騎士たちが平謝りしてるのが見えるっす。公女さまは少し落ち着かれたのか、「貴方達は命に従っただけですから気にしてはなりません」とか言ってて、すっかりいつもの凛々しい先輩に戻ってるっすね。
あっだけど、公女さまが一旦控室に戻って侍女たちに話を通したいってお願いしたのは拒否されたっす。いやいやそりゃマズいっすよ、公爵家に連絡も繋がせないとか、そんなの完全に暗殺する宣言じゃないっすか!
うわあヤバいっす。これ王家と公爵家で戦争になるっすよ!
えっまさかこのまま外まで連れ出すんすか!?ていうか裏門にすでに馬車待たせてるとかマジっすか!?それ完全に最初からそのつもりで準備してたんじゃないっすか!殿下なんでそういうとこだけ準備いいんすか!そんなに公女さまが憎かったんすか!?
ていうか、うわマジで公女さま馬車に乗せられちゃったっす。あれよあれよという間に馬車は走り出して、こんなん人集める暇なんてあるわけないじゃないっすか!
しょうがなく、一旦その場を離れて厩舎に駆けて行って、厩舎脇の控室で待機してる男爵家の御者さんに公爵家にご注進に行ってもらうことにしたっす。人集める暇もないし、居場所が分かっててすぐ動いてもらえるのなんてこの御者さんしかいないっす。「あなたはどうなさるので」って言われたから「公女さまを走って追いかける」って答えたら呆れられたけど、そんなの構ってる余裕ねえっす。
城門から徒歩で出られるわけもないっすから、出るまでは御者さんに乗せてもらったっすけど、その後は別れたっす。馬車の中で手早く着替えて、念のために積み込んであった予備の片手剣と革鎧を装備して、馬車を下ろしてもらってから城門まで走るっす。
普通は夜間に王都の城門なんて開けてもらえねえっすけど、冒険者だけは例外っす。自分の身は守れるし、万が一外に出して死なれても冒険者なら自己責任だから門衛にお咎めはないっす。
そうして街道沿いで護送馬車を探すっす。公女さまの護送馬車は裏門からだから、多分王族専用門を使って、このタイミングだと連絡道からそろそろ街道筋に………いたっす!
走り去る馬車を見ながら自分で自分に[強化]の魔術をかけて、しばらく追っていたら騎士たちが周囲を警戒し始めたっす。いや今頃警戒したって遅すぎなんすけど、バレるわけにもいかないから[遮界]も発動させて………と。よし、バレてないっすね!
公女さまを乗せた馬車は案の定、北の森へと向かってるっすね。あそこが一番近いし、馬車でも夜明けまでに戻れるっすもんね。
いやぁでも、使われたのが馬車で良かったっすわ。脚竜車なんて使われてたらまず追いつけねえっすもん。
しばらく走って、馬車は北の森へ着いて………いや中まで連れてくんすか!?そりゃ確かに森の外へ下ろしてもドレス姿のままだから目立つっすけど、それガチで処刑と変わんねっすよ!?
あーもう、しょうがねえっすな。森の中まで追いかけたらさすがにバレかねないっすから、手近な茂みに隠れて様子見るっす。[感知]の魔術で公女さまや騎士たちの霊力を探って………と、そんな奥まで行ってないっすね。もう止まってるっす。
あ、動き出したっすね。騎士たちがこっちに戻ってくるっす。後にはポツンと反応がひとつ。ホントに公女さま置いてきちゃったんすね。
でも反応があるってことは直接殺されたりしてないってことで、その点ホッとしたっす。死んじゃったら霊力反応も消えるっすから、どこにいるか分かんなくなっちまうっすからね。
空の馬車と騎士たちが森から出て走り去るのを見届けてから、森の中へ入るっす。公女さまは少しだけ移動して、でもすぐに歩けなくなったのか、1ヶ所に留まってるっすね。
姿を隠すための[遮界]を解いて、[強化]に延長かけて、森の中のもう使われなくなった旧街道を少し行けば、公女さまが街道脇の広場に蹲ってるのが見えたっす。静かな夜の森で、わざと足音立てたもんだから公女さまビクッとなってすぐに立ち上がったっすね。
「公女さま、ご無事で?」
敵意がないことを示すためにわざと声をかけたっす。
「何者ですか!?」
当然の誰何の声。
「わたくし、先ほどの会場におりました者です。公女さまに万が一があってはならぬと、我が義兄に命じられてここまで後をつけて来たのです」
公女さまの御前まで進み出て、跪いて頭を垂れたら明らかに安堵したご様子で。
「どなたか存じませんが、わざわざ来てくれたのですか。見苦しいところを見せた、無様なわたくしのために」
「差し出がましいとは存じますが、このような危険な森に貴女様をおひとりで放り出すわけには参りませんから」
「その気遣いが、今のわたくしにとってどれほど心強いか。御礼を申し上げねばなりませんわね」
「まだでございますよ、公女さま」
「えっ?」
「魔獣が目ざとくも気付いたようです。森の外まで逃げましょう」
まだ発動中の[感知]が生命の接近を捉えたっす。数は…6から8、これは魔獣じゃなくて黒狼、ただの獣っすね。こんな小さな群れなら雑魚っすけど、公女さまを守りながらじゃあちっと厳しいっすね。
あ、自分、商会の仕事の傍ら冒険者もやってるんすよね。未成年の頃から歳サバ読んで、学園が暑季の休暇に入る時期だけの限定って感じで。
元はオヤジが冒険者だったんすよね。それが護衛の仕事が元で気に入られて旦那さまに雇われて商会に入って、それで自分も年頃になってからオヤジに色々手ほどき受けたっす。最初はご主人の護衛の役にも立つかなと思って始めたんすけど、意外と性に合ってたみたいで、今じゃ暇を見てはギルドに顔出してソロで依頼受けたりもしてるっす。
公女さまのお手を引いて旧街道に出て、足早に森の外を目指したっす。けど使われなくなった旧道はだいぶ荒れてて、公女さまはすぐに歩けなくなったっす。まあ仕方ないっすよね、まだ夜会用のヒールのあるドレスシューズのまんまっすから。
ということで、ちょっと失礼して公女さまを横抱きに抱え上げたっす。
「きゃ!」
驚いてしがみついてきて、いやすげぇ可愛いっすね公女さま。てかちゃんと食べてます?思ったよりめっちゃ軽いんすけど?
「ぶ、無礼者!下ろしなさい!」
「でも公女さま、そのお靴ではもう歩けないでしょう?」
「そ、そうですが、それでも!殿方に気安く触れさせるなど━━━」
「あ、大丈夫っすよ」
「えっ?」
「自分、こう見えても女なんで」
そりゃあねえ、髪も短く切り揃えて鎧着て剣まで腰に下げてりゃ、夜闇の中では男にしか見えんっすよね。
ちなみにパーティーの会場で付けてたウィッグは馬車の中っす。着てたドレスやシューズなんかと一緒に置いてきたっすから、後で回収するっす。
「そ、そう言えば、声が………」
「はい。なので今少しご辛抱下さいませ」
そう言い置いて、森の外まで一気に駆け出したっす。
黒狼の群れは、追いかけて来なかったっすね。