殿下がやらかしたっす
誰にも求められてないのに書いちゃったんで投稿します(笑)。
タイチくんの使用人からの別視点です。全4話。
「アントニア!貴様との婚約なぞ破棄してくれる!」
突然響きわたったその声に、自分、ビックリして振り向いてしまったっす。
目線を向けたその先には一学年上の先輩である王太子殿下がいらっしゃって、その目の前に立つご令嬢に指を突き付けているところっした。
いやあの殿下?人を指差しちゃダメっての、庶民の自分でも知ってるっすよ?………あ、いや、今はもう男爵家の猶子になってるっすから、自分、厳密には一応は貴族の身分なんすけど。まあ形式上、学園に通わせるための方便なんで、自分じゃ貴族だなんて欠片も思えないんすけどね?
あっでも、一応外面は貴族らしく振る舞ってるっすよこれでも。時々地が出るっすけど。
ていうか殿下が指差してるその人、殿下の婚約者の公女さまじゃないっすか。今年ご一緒に卒業されて、その後はもろもろ準備とか周知とかやって来年の今頃には婚姻っすよね?
………あれ?殿下今なんて言ったっすか?
「もう一度言うぞ!貴様との婚約なぞ破棄してくれる!」
あ、もう一回言って下さった。
やっぱ聞き間違いとかじゃなかったんすね。
「殿下、このような場で何を……」
公女さまが戸惑ってらっしゃるっす。そりゃそうっすよね。学園の卒業記念パーティーなんかで堂々宣言なさるような事じゃないっすもん。
でもあれ?殿下が公女さまとの婚約を破棄するってことは………婚姻式もナシってことっすかね?もう公式発表されてて市井もそのつもりになってるんすけど、大丈夫なんすかね?
「私が知らぬとでも思っているのか!?貴様、嫉妬にかられてこのマリアに散々嫌がらせをしていただろう!」
「わたくしには身に覚えがありませんわ」
「嘘を申すな!証人も証拠も揃っているのだぞ!」
「なんと申されましても、わたくしは嫌がらせなどやっておりません」
見てる間に殿下と公女さまの言い争いが始まったっす。互いの主張は平行線かと思いきや、宰相サマのご子息とか騎士団長のご子息とかが出て来られて、証拠とか証言とかを提示し始めたっす。
いや〜それ、「嫌がらせの証拠」にはなっても「公女さまの仕業」の証拠にはなんねっすよ?破られた教科書とか切り裂かれたドレスとか、そんなの出されてもねえ。証言だって、裏取りちゃんとして確実に証拠になるよう作っとかないと。じゃないと足元掬われるっすよ?
っていうか、嫌がらせされたってのマリアさまなんすか。いやぁそりゃ自業自得っしょ。高位貴族のご子息に片っ端から、それも婚約者がいようがお構いなしに媚びてりゃ、そりゃ誰からも恨まれるっしょ。
ていうかアンタも懲りねえっすよねマリアさま。こないだもうちのご主人に怒られたばっかだっつうのに、とうとう殿下にまで手ぇ出したんすか。
………あ、いや、ご主人っつうか、書類上は「お義兄さま」になってるんすけど。でも自分、本来は商会の使用人でしかなくて、お義兄さまとは同い年だし同学年だし、つうか今隣に立ってるし、そもそも顔全然似てないしで、周りのお友達みんな義理の関係だって知ってるっすけど、お義兄さまって呼ばないと怒られるんすよね。なんか納得いかないっすけど。
えっ殿下、その証拠だけで公爵家の組織的犯行に仕立てるんすか!?………は?殿下が直接その場を見た?
じゃあなんで殿下はその場で姿見せて止めなかったんすか?殿下ぐらいのお立場なら見つけたその場で止めれたっすよね?
だけど殿下の、王族の証言はなかなかに重いっすわ。確実に嘘ついてるって証明できなきゃ反論できねえっすもん。下手に反論したらそれだけで不敬罪っす。
あーあほら、公女さまも悔しそうに謝罪始めちゃったっすわ。殿下の証言を今否定できるだけの物証なんてお持ちでないだろうし、そりゃそうなるっすよね。ご自身だけでなく公爵家にまで累が及ぶってなりゃ、事実はどうあれそうするしかないっすもん。
えっ殿下、まだ責めるんすか!?
は?膝ついて詫びろ!?筆頭公爵家のご令嬢、それも長年婚約してた相手っしょ!?そんな人になんて屈辱的な要求するんすか!アンタほんとに人の心持ってるんすか!?
うわあ。「王太子殿下は頭が軽い」って噂だけはよく聞いてたっすけど、まさかの事実だったんすか。あーあーあー、そんな悪人づらして嘲笑っちゃってまあ。それこの場の全員が見てるって自覚してます?まあしてないっすよね。
え、ていうか「罰を申し渡す」とか言い出しちゃったっすよ。いやいや殿下?そういうのはきちんと裁判して罪を確定させてからですね………って国外追放!?そんな刑罰ここ20年で一度も執行されてないし、なんなら10年くらい前に廃止になってるんすけど、まさか知らないんすか!?
うわーしかも会場警護の騎士たちに公女さまの拘束を命令しちゃったっすよ。公女さま、さすがに身の危険を感じて抵抗してらっしゃるっすけど、王太子殿下の命令と屈強な騎士たちの力に勝てるはずないっす。
「………おい」
あ、お義兄さま……じゃなかったご主人がお呼びっすね。
「はい、何です坊っちゃん」
「人集めて、公女さまの後追いかけろ。多分王都から一番近い国境まで護送されてポイされるから、護送が帰ったところで保護して来い」
「護送じゃなくて、バッサリだったらどうしますか?」
殿下のあの調子だと、それも充分考えられそうっす。
「さすがにそれは公爵家の離反を招くからやらんと思うが、もしそうなったら証拠集めとけ」
「了解」
「くれぐれもバレんなよ。あと公爵家にもご注進入れろ」
「分かりました」
頭ん中で喋る時はこんなっすけど、口に出す言葉はしゃんとしてるんすよ、これでも。
………え?んなこと聞いてない?
ちなみに「坊っちゃん」って呼びかけたのは、お義兄さまの言葉が義兄としてではなくご主人としての言葉だと分かったからっす。そういう細かいニュアンスや雰囲気もちゃんと拾えてこそ、立派な使用人と言えるっす!
とか何とかやってるうちに、公女さまは抵抗むなしく会場を連れ出されて行っちゃったっすね。その後ろ姿に罵声を浴びせかけた勇者が何人かいて、自分も顔は覚えたっすけど公女さまが睨みつけてたから、ありゃ確実に覚えられたっすね。
あーあ、ご愁傷さまっす。公爵家に睨まれて破滅っすねえ、あの人たち。