そして彼女は幸せを掴んだ
「それともタイチさまは、わたくしが滞在することがお嫌ですか?」
「それこそとんでもない!公女さまさえ良ければ、お好きなだけ滞在して下さって構いませんとも!」
すると公女さまはみるみる不機嫌に。
え、なんで?今の何が気に入らなかった?
「もう、『公女さま』ではありませんわ!わたくしのことはアントニアとお呼びくださいませ、と何度もお願いしておりますわよね?」
「いやいやそんな、公女さまのお名前をお呼びするなんて、そんなふけ」
「不敬ではありませんわ!わたくしが呼んで頂きたいと申しているのですから!」
「いや、でも」
「婚約者の名を呼ぶことがそんなにお嫌なのですか!?」
「ていうか、一番の問題はそこでしょう!?なんで公女さまともあろうお方が、商人上がりの男爵家の倅の婚約者になろうとしてるんです!?」
そう、公女さま…………つまりアントニアさまがいつまでもお帰りにならないのはこれが理由。
あろうことか、この俺の婚約者になりたいと言い張っておられるのだ。
いやまあお互いに婚約者がいなくなった身ですけど?だからって余り者同士で………ってのは安直すぎません?
ていうか、身分の差があり過ぎて恐怖しかないんですけど!?身分だけじゃなくて教養も容姿も影響力もまるで比べ物にならないし、どう考えても不幸しか生まないと思うんですがね!?こっちは公爵家に恩を売って、今後の商売に役立てばそれでいい、ぐらいにしか思ってなかったのにね!?
「問題ありませんわ。各国を股にかけるヨロズヤ商会と縁を繋ぐことができると公爵も喜んでおりますし」
「公爵閣下公認!?」
「母なんてヨロズヤ商会でわたくしの婚礼衣装一式注文すると張り切っておりましたし」
「あ、それはお買上げありがとうござ…………って婚礼!?」
「正直申し上げて、わたくしもあのバカ王た………コホン。殿下の言動には腹に据えかねるところがございましたの。それに比べれば、身分こそ低いとはいえ飾らず自然体で穏やかなタイチさまの方がよほど好ましいですわ!」
「い、いえ………ですが………」
俺なんて教養も何もないし、ちょっと目端が利くだけで黒髪黒目の地味な容姿だし、公女さまに釣り合うとはとても………。
だいたいヨロズヤ商会からして東方世界から流れてきた移民の商家だし!由緒正しい公爵家とはホントに釣り合いませんってば!
「それとも、タイチさまはわたくしではお気に召しませんの?」
そっ!?そんな男爵家の娘がしてたみたいな可愛らしい仕草したって!……………………………………いやクッソ可愛いなおい!
「ですが、その、」
「もうすでにお義父さまに付いて商いのやり方も学び始めておりますのよ!タイチさまのお役に立てるようにと!」
「うっ、うちにお嫁に来るおつもりで!?」
「だってわたくしにとって、タイチさまは命を救って下さったヒーローですもの!」
「そんな事言ったって!俺先輩より歳下ですよ!?」
「歳上の妻は、タイチさまはお嫌ですの?」
ヤバい、これは逃げ切れないかも知れねえ!
そんなふたりが正式に婚約したのは半年後、そこから婚姻するまでおよそ1年半である。
婚姻式は筆頭公爵家と国内最大の商家の総力を上げて盛大に執り行われ、約一名を除いて笑顔の絶えない式になったという。なおその一名は胃が痛むのか、常に腹を押さえていたそうな。
余計な手出しをしたばっかりに逃げられなくなった男の話。
でも奥さん幸せそうだしまあいっか、とか思ってそう。