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少女恐怖症  作者: 84g
6/6

鎧と蝶

「どういうことなんだ……? 今、吸血鬼、ビビってなかったか?」

「……それは……まあ……」

「ホーさん、言い難いなら別に良いよ。お前が言いたくないことまで訊く気はないからさ」

「お前、お前って言うなよ」


 興味がないわけじゃないが、この子が話したくないと思ってるならそれで良い。俺は俺のできることをやるだけだし、多分、知ろうが知るまいが、結果に関係ないだろうから。

 そのとき、俺の身体は“できること”を反射的に行い、衝撃が身体を貫いた、貫きかけた。背中が吹き飛んで、前は残ったから未遂? けどこ、意識が飛ん―――

 ……。

 ……。

 ――俺の意識が戻ったのは数秒後、だったと思う。


「芳香ちゃん! 修繕霊具! 飛燕(スワロウ・ストレイジ)!」

「使ってる! 使ってるけど……背中が、肺と心臓がないの! 術式の治癒範囲を超えてるんだ! 幸希! 幸希!」


 ナァさんが地面に転がる生首を踏みつぶしたのが見えた。

 ああ、そうか。さっきの吸血鬼がまだ生きてたんだ。ホーさんを何か攻撃をしてきて……身体が動いてたんだ。

 もしかしたらホーさんはくらっても大丈夫だったかもしれないけど、考えるより先に動いちまってたから、仕方ない。

 ……やべぇな。痛みがない。多分、痛みを感じられないくらい傷が酷いんだ。

 どこがどうなっているのか分からない。痛いのか熱いのか寒いのか、脳が処理する余裕がないくらい血液が足りてないらしい。


 ――そうか、死ぬのか。俺。

 妹が、神夜がいなくなってから、いつ死んでもいいと思っていたけれど、まさかやることが見付かってから、すぐに死ぬとは。劇的過ぎて

 神夜を探さないといけないが、それよりも目の前のホーさんを守らなきゃいけないと、俺の中の何かが思ったのだろう。

 不思議と満足していた。きっとホーさんがなんとかしてくれるだろう。


「死ぬな! 幸希! 許さん! 起きろ!」


 モノローグに遠退いた意識が、ホーさんの声で向こう側に少し戻った。死ぬ準備がかなり進んでいるらしい。

 血にぼやけた視界には、可愛らしい女の子がいた。はじめて見る顔だが、俺にはその顔が誰か理解できた。理解できないはずがなかった。


「かぐ……や……?」


 なんでここにいるんだ?  幻覚? ホーさんはどこに行ったんだ? わからないことしかない。

 だが、良かった。元気そうだ。

 この樹海から帰れるか……?

 ホーさんと一緒に、神夜も担ぐくらい……あ、おぶる背中がねえわ。俺。

 どこか心地よい心配。仲良くやってくれよな……。



 ()は夢を見て、まどろみの中にいた。

 ()は目を覚まそうと、まどろみの中にいた。

 俺の名は、蝶谷幸希。

 私の名は、鎧野(がいや)幸希。

 これは夢だ。俺、蝶谷幸希が死にかけている中で見ている夢だ。

 私、牙上幸希@は、まどろみから目を覚ました。これから仕事だ。

 俺の見ている夢は、私の現実だった。


「どうしたの? 幸希?」

「どうもしないさ、芳香」


 私の妻、鎧野芳香……旧姓・美月芳香は、心配そうに俺を覗き込んだ。

 ――ホーさんじゃない、同じ名前だが、違う。全然違う人だ。

 子供っぽいホーさんより頭ひとつふたつ背が高く、余裕の無い喋り方をしていたホーさんに比べると、穏やかな声。

 顔も大人っぽい美女で、って、ホーさんの顔とか知らんわ俺。

 私は無意識に……俺は意識的に……見慣れた妻の顔を誰かと見比べつつ、私は朝だからと洗面所に向かう。


「……同じ顔だけど、違う顔だな」


 パーツはそれぞれ俺と私は同じものだが、完成した顔は全く別物。歩いてきた人生が違う。

 表情に、体つきに、そしていくつかの古傷が、俺が生きる理由も知らなかった頃、私が戦い続けてきた証として刻まれている。

 俺は蝶谷幸希、この前までフリーターをしていた男。

 私は鎧野幸希、吸血鬼ハンターとして戦い続けて“教団”や“一家”と戦い続けている男。

 鏡に映る見飽きた姿に違和感を感じる自分に違和感を抱きつつ、俺の背後に映るこの部屋に、想起する私の記憶に、揺れた俺は廊下を駆けた。

 そこに居たのは……有ったのは……仏壇。

 古臭いものを好まないあいつのためにと、妻と選んだ派手過ぎない仏壇。入っているのはただひとり、鎧谷神夜。私の妹だ。吸血鬼との戦いで守り切れなかった、守らなければならなかった妹。


 叫んでいた。

 心と肉体と魂が、軋み、重なり、嗚咽が灰の中の空気を燃やしながら絶叫となった。

 妻がなにか言いながら肩を抱いているのは感じるが、感情が形を喪失していた。夢なのか現実なのか、わからなくなった。

 死んだのは私の妹だ。俺の妹じゃない。


「君が泣く必要はない。これは私の世界で……妹を守り切れなかったのは私だ」

「俺がこの世界にいても、きっと……同じだった。お前が神夜を想う気持ちは……俺と同じだ。これは夢なのか、現実なのか」

「それは猫派か犬派かみたいな質問だな。両極のようで両立しうる。犬も猫も好きなヤツもいる」

「夢であり現実……お前は虚構なのか?」

「……幻に、“私は実在しています”と言われても納得しないだろう? 実在しているものに“私は幻です”と言われれば納得するのか?」


 いつの間にか、鎧野の家ではなくなっていた。映画の場面転換のように。夢そのものだ。理屈に合わないご都合主義の瞬間移動。

 これは俺の夢で、俺は鎧野と別れて対峙していた。俺の中にはあいつの記憶が、あいつの魂が感じた妹を喪った絶望が、まだ残渣として残っている。

 ――俺にとっては一時の夢でも、あんたにとっては、一生の現実。わかるよ。一生死ぬまで守らなきゃいけなかったんだよな。

 それが兄の仕事で、妹の仕事はそんな兄より一日でも長く生きることだった。


「この夢はなんだ?」

「それは私が聞きたい。君の能力だろう? 私は生まれながらの幾魔学的特異性……特殊能力を持てなかった。君の世界の神夜は……君の世界の妹は鏡を通れた。君は夢を通じる能力を持つらしいな」

「何か意味のある能力なのか。」

「“妹を守るために”ということだな。愚問だろう。活かすべきだ」

「神夜を探すことの方が先だけどな」

「……私も君の記憶は見せてもらったが、本当に気付いていないんだな。妹さんの居場所……違うな。無意識には気付いているが、無意識が“神夜が望むなら気付かない”ことを選択しているだけだな」

「何の話か、一個もわからん」

「だろうな。羨ましい限りだ。私にはもうない感情だ。妹を守り続ける意思だ」


 違うだろ。無くなってなんかいないだろ。

 お前は、いつまでもお前の神夜の心を背負いながら、生き続けて戦い続けるんだろ。


「私は、私の世界の神夜を守れなかったが、お前に渡せるものは渡す」

「良いのか?」

「“これ”は後天的なもので、私の世界ではもう一度手に入れられる。むしろそっちの世界で使う余地があるかがわからんが、使えたら使え」

「きっと使えるさ……助かる」

「君のためではないからな」

「わかってる。あんたは、“鎧野神夜によく似た女の子である蝶谷神夜”を守りたいだけなんだろ」

「そういうことだな。例には及ばん、ということだ」


 ただの夢だ。

 悲しく、辛く、強い、ただの夢だ。

 俺は吸血鬼に背中を粉砕され、生死をさまよっている。

 鎧野と分かれ、俺は戻る。

 神夜を探さないといけない。俺は俺の妹を守る。死ぬわけにはいかない。

 どこでもない場所を歩く俺の前に、誰かがいた。

 見覚えがあるのかないのか、俺は頭が覚醒していないことに気付く程度には覚醒してきていた。寝惚けている。さっきからずっと。

 寝惚けている俺には、そいつのことなんて知らない。妹の所に帰る以外は大して重要じゃない。

 なびく金の長髪、金属製のジャケットを羽織った男か女かもわからない、華奢なヤツだった。


「やあ。幸希。久しぶりだね」

「誰だお前。邪魔をするな。俺は俺の世界に帰る。帰って妹を探す」

「幸希はいつもそうだね。嬉しいけど、辛いね」


 別にこいつに興味はない。

 やることも変わらない。俺は前に進む。進んでいると信じる。こっちが俺の世界だ。

 俺は帰る。ホーさんのいる世界に、帰るんだ。


「そっちの世界で待っていて。今度こそ僕から会いに行くから」


 うるせぇ。

 誰だお前。俺は神夜に会いに行くんだよ。

 息苦しさを覚えると、自分が呼吸していることを思い出す。

 目が、覚めた。

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