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少女恐怖症  作者: 84g
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ホルコフ・ハインツ

「今回は、チェーンメールのデータがサーバーやポイントを経由することで累積していた幾魔源をまとめて発生した呪い」

「吹き溜まりだね。掃き溜めだね。ギャザリングだね」

「データ化してるからそこまで脅威じゃないけどね。もっと指向性の高い幾魔源……カメラ一瞬だけ映ったそれが、呪いを実行させた……!」

「……な、……なる、ほ……どぉ……」


 言いながらホーさんは昨日、データから起こした映像をプリントアウトしたA4用紙を広げた。

 富士樹海定点カメラ。

 このカメラは、どこぞの大学だか大学院だか動画配信者だかが、自殺者の映像を捉えようと設置したものだそうだ。

 時折、本当に自殺者が映るらしく、その映像の広告収入で少なくない収益を上げているらしい。

 そんな業が深すぎるカメラを、何気なくアクセスしたらしい。

 ――当時、クラスメイトから嫌がらせを受けていた由真さんが、他に意図があったのかを調べたり邪推するのは俺たちの仕事じゃない。

 アクセスしたのは真夜中で、限られたバッテリーで動いている以上、ライトなんてあるわけもなく、夜は延々と闇が映し出されるだけだ。

 だが、その一瞬、暗闇を何かが通り過ぎた。三日月と見紛うほどに歪みながら、何者かの眼であることは明白だった。

 なぜならば、その暗闇の中で紅く……血の色を放つそれは、明確なまでの殺意を湛えていた。この映像の向こうへ呪いあれと、由真さんのことを知るわけもない魔眼は、確かに視線だけでそう物語っていた。


「それっ……ってぇ……よくある話なのかぁ……?」

「あったらもっと意識不明で眠り続ける人間が多発してるでしょ。バカ自慢はもういいから」

「……ところで、なんだ、けど、さぁ……俺……そろそろ……死に……そう、なんだけどぉ……」


 俺たちふたりと猫一匹は、調査のために富士樹海に来ていた。それは良い。

 それは良いんだが、虫やらなんやらの恐怖症で、ホーさんは歩きたくないと言い出した。

 結果、俺にとっては衝撃の展開、ホーさんナァさんにとっては自然な帰結として、俺は登山の救助隊か何かのように背負子(しょいこ)を担ぎ背中に鉄仮面美少女と猫を担ぎ、自殺の名所を歩き続けるという苦行が発生していた。

 更に。


修繕霊具・飛燕(スワロウ・ストレイジ)


 キーホルダーが大きくなり、光が鳥の形になる。尾羽が長く、ツバメだとすぐにわかった。

 そのツバメがバサバサと俺の身体に止まり、羽を休める。

 そのまま眠るように俺の身体の中へと消えていき、光が入った分だけ、疲労が中和されていく。

 魔法のよう、というより、魔法そのもので俺の体力は全快していた。

 そう、俺はこれを何度か繰り返している。

 ……小さい頃、テレビゲームのロープレをしていて、主人公が様々なモンスターと戦いながら様々なダンジョンを歩き回るのをみて、漠然とスゴい体力なんだろうと斜に構えた感想を持っていたが、こういうことなんだろうか。

 樹海を歩き、疲れ切ったところで魔法で回復、また歩く。回復。また歩く。回復。

 ……。

 ……。

 ……。


「……なんかこう、遊園地とかにある百円入れて動く乗り物の気分なんだが」

「お前みたいな可愛くない乗り物にカネ入れるわけないだろ」

「……傷付いた俺の心に回復魔法掛けて貰って良いですか……?」

「私の修繕霊具・飛燕(スワロウ・ストレイジ)は体力と外傷しか治せないから無理」

「真面目に解答しちゃう辺り、芳香ちゃんも天然よね。オトボケさん、ベリー・キュート」


 体力が尽きない中で休憩をする理由が無いし、道順は光の玉が最短距離で教えてくれる。

 たまに不穏な道に迷ったか自殺志願者の“落とし物”こそあるが、ピクニックのようになっている。

 いやまあ、猫と女の子を背負って富士の樹海。

 遠足やキャンプくらいはしたことがあるし、心霊現象の真っ只中に向かっているのもわかっているが、気付けば、口の端が上がっていた。楽しい。

 妹と、神夜とこういうところに来たかったのだが、なんだ? まあ、俺はきっと、疲れてハイになっているだけだろ。


 歩き続けて太陽がちょうど真上を過ぎた頃。

 太い木には若葉が生い茂り、一番太い枝に途中で切れたロープが付いてるのは気になるが、概ね良いシチュエーションだ。

 昼食にしようと言い出したホーさんが広げたのは、小柄なホーさんにはちょうど良いような小さなランチボックスと、ナァさん用の猫缶。


「俺の弁当は……?」

「お前の荷物を減らそうと思ってな。ないぞ」

「いや、待って? 俺、ホーさんの術で体力は戻ってるけど、ノドは渇くし、腹は空くんだけど」

「て言ってるけど、夏華ちゃん、水を恵んであげても良いかな」

「いいんじゃないかしら」

「……ありがたいことだなまったく」


 ホーさんがナァさんのために持ってきていたペットボトルを一本譲り受けて、俺もやっと一息。


「ところで、その目的地、まだ遠いの?」

「そんなわけないじゃん」

「ここだから。目的地」


 言いながらサンドイッチを持ってない方で指差した先、定点カメラが設置されていた。

 草むしているが、大仰なソーラーパネルだけは妙にツヤツヤとしている。なるほど。配信用のバッテリーとして定期的にソーラーパネルは定期的に掃除にきているらしい。


「映ると怪奇現象とかいわれて騒がれてウザいから、そっちには行くなよ」

「ああ、それは、良いんだが、え、ちょっと待って。てことは……」

「近くにいるね。今回のターゲット……緊張だね、切迫だね、スリリングだね」


 ナァさんの言葉と同時に、ホーさんは持っていたランチボックスを俺に押し付けた。残りは食えと。食う時間が無さそうだと。

 俺は考える間もなくホーさんの食べ残しのタマゴサンドとフルーツサンドを流し込んだ。戦いが始まるのに疲れている場合じゃない。


【廻れ。満ちよ。明光を裂け――我が声に応えよ――留まれ。欠けるべからず。夜を照らせ――我が命に従え――】


 どこからともなく耳というより、皮膚全面で響きが脳に染みわたるような感触がある声。

 呪文。呪いの文言だということがすぐに分かった。

 空もそれを感じているのか、姿が変わっていく。コーヒーと牛乳が混ざる直前のような、黒と白が、夜と昼が混ざるように空に闇が渦巻く。

 ピクニック日和の青い空は黒が巻きつくように締め付け、細くなっていく青はいつの間にか赤に変わっていた。夕焼けの赤というべきか、血の赤というべきか。鮮やかな赤。


「“あいつら”は、光の中では動けないから必ずこの呪文を使う。日中は不意打ちはないってことね」

「……呪いや魔術に疎い俺が、朝は動けないっていうと、思いつくのは多くないんだけど……?」

「一番、メジャーなので良いと思うよ。幸希くん。夜の支配者、ナイトウォーカー」

「吸血鬼ってやつか……!」


螺旋空(ラセンクウ)


 呟きのようなその一言が、この術の名前だった。

 呪文の完成から一拍遅れ、茂みを分けてひとりの男が出てきた。

 伸ばしっぱなしでボサボサの頭髪を輪ゴムで束ね、たるみ切ったジャージ、くたびれたジーパン、便所サンダルの三点セット。

 俺が考えていた吸血鬼像とは掛け離れていたが、そのどんよりとした瞳は、狂暴に赤く光っている。無機質な無表情には、軽薄で適当な笑顔がにじり寄るように現れた。


「素人臭いボーヤに、鉄のお面の女の子、それで猫ちゃんねぇ……迷子ってわけじゃないよねェ……」

「幾魔科医だよ。お前だろ。カメラ越しに女の子を呪ったヤツ」

「オイオイ。ダメじゃァん。女の子がそんな言葉づかいしたらさァ……でもまあ……そうなんじゃァないのォ……? 暇潰しに呪い飛ばしたりはしてたよね。手癖で」

「暇潰しだぁ!?」

「俺はさァ……偏食でさぁ……自殺したいヤツの血が……好きなのよ……樹海にたまに来る奴らから血を吸い尽くしてさぁ……悠々自適な生活って感じなんだ。けどさあ……まあ、暇なんだよね」

「てめえ……! お前が呪ったせいで、あの人たちがどれだけ……!」

「幸希、うるさい」


 一瞬だけ遅れた。俺をいつものように制したホーさんの声が、俺以上の怒りを滲ませていたのに気付くのが。

 ホーさんは前置きもなく、既に取り出していたキーホルダーのひとつが光った。


排撃霊具・孤竜(デリーター)


 先日、パソコン画面の中で呪いを喰い尽した白い竜の頭が吸血鬼へと襲い掛かり、樹海の大木ごと噛みちぎった……ように見えた。

 倒れる大木の影から吸血鬼はスルリと現れ、先ほどと変わらない薄汚れた笑みを浮かべていた。


「すごい技だねえ。当たれば俺なんかじゃ食いつぶされちゃうよ……当たれば、だけど」

「避け切れるとでも?」

「威力だけじゃんそれ。早くそっちの猫さんも変身したら? “一族”でしょ? 二対一ならちょっと危ないかもなァ、とは思ってるよ」


 当たり前かもしれないが、ナァさんがただの猫でないことを見切っている。

 当のナァさんは猫の姿のまま、その真ん丸の大きな瞳を吸血鬼に向けた。


「お前相手なら……ボクは必要はないかな、って思ってるよ」

「そっちの鉄仮面のお嬢ちゃんじゃ無理だよ。分かるよ。魔力はかなり高いけど戦士じゃないでしょ。

 動かない呪いを除去するなら良いし、動く的くらいなら良いだろうけど、俺みたいな魔族には当てられないよ」

「なら、こういえばわかるか? ボクは湯垣(ゆがき)夏華(なはな)。そしてさっきからお前がお嬢ちゃんと呼んでいるのは、美月(みづき)芳香(ほうか)だ」

「へえ、湯垣ってことは宗家の……」


 急に飄々としていた吸血鬼の表情が凍り付き、血の気が引いていく。

 明らかに動揺していた。

 それは、パキリと小さな音に振り向いた吸血鬼は、それが思わず後ずさった自分が踏み折った小枝の音だと気付くほどだった。


「……まさか、そんなことがあるはずがない……キサマが……キサマが、あの、あの美月芳香だとでもいうのか!?」

「そう言ったでしょ。記憶力って言葉くらいは知ってるよね」

「確かにその容姿、その魔力……なぜこんなところにいる!?」

「治療に決まってるでしょ。私、医者だから」

「キサマのような……キサマのような医者がいるか! 我ら魔人の天敵が……!」


 明確なまでに、余裕がなくなっていた。

 なんだというのだ? ホーさんには隠された戦闘力があり、吸血鬼はそれを知っている……?

 いや、ホーさんが戦士ではないというのは俺もそうだと思う。そもそも、そんな必殺技が有って使えるなら、さっきそれを使って倒していたはずだ。

 孤竜はホーさんが怒りのままに打ち出した最高の攻撃技、それは間違いない。

 だが、では、何を恐れているというのだ? この吸血鬼は……いや、ホーさんには、何かあるというのか?

 それを見て、おもむろにナァさんが猫から、例の美女の姿へと変身した。何事もなく、もちろん吸血鬼の男もそれは知っていたんだろうが、興奮と恐怖から必要以上にナァさんに意識を向けたと、戦闘の素人である俺にも分かった。


排撃霊具・孤竜(デリーター)


 二発目の孤竜は、驚くほどにあっさりと当たった。

 恐怖で興奮した吸血鬼の男は、何発でも避けられると言い切った技を避けられないほどに狼狽し、一撃のもとに消え去った。

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