4. 心当たり
一部シクラメン先生著作「極点の炎魔術師〜ファイヤボールしか使えないけど、モテたい一心で最強になりました~」より、著者様の許可を頂戴したうえで引用しております。
翌朝、志倉は以前馬路先輩に会った階段まで来ていた。
その時会ったのは階段横の空きスペース。
そしておっぱいで押し込まれたのは、この階段下のデッドスペース。
でも志倉はそこで止まらず、心当たりに向かって階段を登り始める。
薄暗い階段を一番上まで登れば、重たい扉がある。
それを開くと、遮るものがない水色の空が視界いっぱいに広がった。
眩しさで細めた目を凝らして見ると、馬路先輩が屋上の隅にぺたりとお尻をつけて座っていた。
「おはようございます。馬路先輩、隣いいですか?」
「あれ、こないだの美少年くんじゃん。いいよー」
馬路先輩は隣に座った志倉を特に気にすることなく、手元の小説に視線を戻す。
そして志倉を無視したまま、小説を読み続けている。
志倉はそれにすら幸せを感じて、自然と目尻が下がった。
心当たりが当たった志倉は、以前もここで馬路先輩と会ったことがある。
それは階段下で馬路先輩に会った後のこと――
*****
志倉を庇った後、女の子はスタスタと歩き出した。
「ぁ……」
追いかけて廊下に出ると、すぐそこの階段を短いスカートで登る彼女がいた。
階段を一段登るたびに短いスカートがひらひらと揺れる。
(……見え、見え…………!)
そのまま彼女は階段上の重たい扉に吸い込まれていった。
志倉も追いかけて階段を登り、扉を開く。
すると屋上の端まで歩いた彼女は、座って小説を読み始めた。
(なんでこんなに気になるんだろう……)
いつも女子に囲まれている志倉は、自分から女の子を追いかけるなんて初めてだった。
特に用があるわけではない。
それなのに思わず後を追いかけるなんて、自分の行動としては考えられなかった。
追いかけてきた志倉に気付いたのか、顔を上げた彼女が不思議そうに聞いてきた。
「なんか用?」
「あ……えっと、さっきはありがとう。ねぇ、君名前は?」
「三年の馬路だけど」
「馬路先輩……」
その日の屋上は風が冷たくて、コンクリートの床に腰を下ろした馬路先輩は少し寒そうに見えた。
「隣……いいですか?」
「いいよ」
それだけ言うと、馬路先輩は小説の続きを読み始めた。
隣に腰を下ろすと、馬路先輩の太ももが短いスカートから見えた。
手を伸ばせば触れる距離に、ドキッと心臓が鳴った。
志倉はそこから意識を逸らすように空を見上げた。
(なんでこんなに居心地がいいんだろう……)
特に馬路先輩に話しかけるでもなく、ただぼんやりと空を見上げた。
そして今朝のことを思い出す。
これまでも集まってくる女子はたくさんいた。
好意を向けてくれる相手を無下にすることもできず、一人ずつ丁寧に相手をしていた。
それに増長したのか、今朝の女子たちは人が少ないのをいいことに、やたらと志倉に触れてきた。
思えば通学路を待ち伏せされていたのかもしれない。
最近は教室に行っても、休み時間になっても、集まる女子たちは増えていった。
お陰で志倉はなかなか気が休まる時間がない。
そこに受けて通学時までも女子に囲まれるなんて、気が滅入るのも当然だ。
(だからか……。僕、どっちかというと静かな方が好きだもんな)
何もせずただ隣に居させてくれる馬路先輩のそばが、居心地がいい理由がスッと胸に入ってきた。
聞こえるのはひゅうっと吹く風の音。
そして隣で静かにページをめくる音。
学校でこんなに静かなのは、いつぶりだろう。
志倉はゆっくりと心休まる時間に身を委ねた。
*****
なんだか気恥ずかしくて、平野には屋上でのことまで言えなかった。
ただ隣にいるだけで好きになったなんて、言っても信じてもらえそうにない。
チラッと隣の女子に目を向けると、今日も静かにページをめくっている。
その様子に幸せを感じて、志倉の頬が緩む。
けれどどうやら残りのページは少なそうだ。
本の表紙を覗くと見覚えのあることに気がついて、志倉は初めて声をかけた。
「それ、底辺領主の勘違い英雄譚 ~平民に優しくしてたら、いつの間にか国と戦争になっていた件~ ですよね? 僕も読みました」
本の表紙のほとんどは馬路先輩の手で覆われているか、角度的に見えない。
それでも志倉は記憶を頼りに、長いタイトル全てを言ってのけた。
「うわ。タイトル長いのによく全部覚えてるね」
馬路先輩は小説をひっくり返して、今志倉が言ったタイトルがあっているか確認した。
「すごい。あってる。うん。面白いよね、これ」
「はい。回復スキルを駆使して領民をどんどん仲間にしていくんですよねっ!」
「うん。それそれ〜! いつの間にか領地まで発展させちゃってるしね! ところで君、結構小説読む方?」
「読みますよ。最近のお勧めは、極点の炎魔術師〜ファイヤボールしか使えないけど、モテたい一心で最強になりました~ ですね」
そう言って志倉は、ポケットから一冊の本を取り出した。
その表紙には、赤い髪の少年が金髪の魔法少女をお姫様抱っこしたイラストが描かれている。
「何そのタイトル。同じくらい長いじゃん」
そうツッコミながらも、馬路先輩は可笑しそうに笑っている。
ケラケラと笑った後、興味深そうに本を手に取った。
「でも面白そうだね。初級魔法のファイアボールだけで最強になるんだ。いいね。浪漫じゃん」
そう言ってペラペラ本をめくる。
その様子をしばらく眺めていると、興味が湧いたのか最初に戻り1ページずつじっくり読みはじめた。
「よかったら、この本貸しましょうか?」
「え!? いいの?」
「はい。それで今度は先輩の好きな本のこと、教えてください」
志倉は口角を上げて、人受けする笑みを作った。
すると予鈴の音が校舎中に鳴り響く。
まもなくホームルームが始まる合図である。
「あ、もう行かなきゃ! この本ありがたく借りるよ。ボク朝以外は温室にいることが多いから、用があったらそこに来て」
そう言ってニ冊の小説を持った馬路先輩は、軽く手を振って校舎の中に入って行った。
それを見送り扉が閉まるのを確認した志倉は、ガッツポーズをしたッ!
「ぃやったーッ!」
志倉は最高潮に達した嬉しさを、ぷるぷる震えながら噛みしめた。
「僕のことなんて興味なさそうだったのに、温室にいるって……っ!」
飛び上がった志倉は、天に両手を上げて喜んだ!
ガッツポーズ程度では、この嬉しさを表しきれない。
「うっれしーッ!」
それと同時に再び鐘の音が響く。
「やばッ! 僕も早く行かなきゃ!!」
教室に向かって走り出す志倉は、まだ馬路先輩が志倉自身には興味をいだいてないことに気づいていない。