表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

3. 僕は負けない

「それで結局あれだけの女子に囲まれながら、中庭でお昼ご飯を食べてたと」

 

 肩を窄める志倉の向かいで、足を組んだ平野は呆れ顔で言った。

 すでに何回目か分からない恋愛相談は、放課後の教室でやることが定番になっている。


 平野の問いに、情けない気持ちで志倉は頷く。

 あれだけドヤ顔で高説垂れた結果がこれである。


「バカなの?」

 

「ぴえん」

 

「それじゃあ志倉のハーレムを馬路先輩に見せただけじゃん」

 

 平野の容赦ない指摘に、もっともだと志倉は肩を落とす。

 しかし机に手をついて再び顔を上げた。

 

「だ……だが僕は負けない」

 

「相変わらず負けず嫌いだね。そういうとこ嫌いじゃないよ。で、次はどんな方法を使うの?」

 

 平野はなんだか楽しくなってきて、前のめりに続きを待った。

 

「次は類似性の法則だ」

 

「類似性? 似せるってこと? 分かった! 馬路先輩と同じ格好! つまり女装するんだ!」

 

 女子に好かれる為に女装するなんて心理学の法則があるわけない。

 しかし楽しくなってきた平野の思考は、ついあらぬ方向へ転がってしまう。

 平野の妄想は膨らみ、志倉のセーラー服やブレザー姿を想像する。

 それだけでは飽き足らず、遂にはスカートの私服姿まで想像し、ニヤけはじめた。

 

「するか、ボケ!!」

 

「えー、絶対似合うと思ったのにー」

 

 学園中の女子を虜にする志倉が女装したら、今度は男子をメロメロにしそうだなと、平野はほくそ笑んだ。

 

「で? 類似性の法則って?」

 

「共通の話題とか、同じ物を好きだったりすると、好感を持つっていう法則だよ」

 

 またまた志倉はドヤ顔で、知識を披露した。

 

「馬路先輩って何が好きなの?」

 

「…………さあ?」

 

 勢いよく知識を披露しておきながら、肝心なところで首を傾げる志倉。

 平野は思わず片眉だけ上げた変な顔になり、声を荒らげた。

 

「好きな人のことなのに知らないの!?」

 

「だってまだ2回しか会ったことないし……」


(つまり会って2回目で告白したのか、コイツ……)

 

 平野は今度こそ本気で呆れて、天井を仰いだ。

 会って2回で告白する人なんて見たことない。

 簡単そうに告白され続けてきた志倉だからこその境地だろうなと、半ば感心してしまうくらいだ。

 

「それじゃあ、なんで好きになったの?」

 

「それは――」


*****

 

 数日前の朝、登校したばかりの志倉は、すでにぐったりしていた。

 朝から女子たちに囲まれて登校したからだ。

 志倉は自分に好意を寄せてくれる女子たちは嫌いじゃない。

 けれどあまりの数に一人一人相手をするのは、流石に骨が折れた。

 休み時間や昼休みはほとんどその対応で終わり、部活が始まる放課後までは休まる時間はない。

 それが朝一から始まれば流石にげんなりもするというものだ。

 

 今朝は朝早く家を出たから、まだホームルームまで少し時間があった。

 なんとか女子たちから抜けて、一人になれる場所を探す。

 せめてホームルームまで誰にも見つかりたくはない。

 

「志倉くん、あっちにいた? もうちょっと話したかったのに〜」

 

(げ……)

 

 曲がり角の向こうから無邪気な声が聞こえた。

 だんだんと近づいてくる声に、志倉は焦りを覚えた。

 

 このままじゃまた女子に囲まれてしまう、とあたりを見回した。

 キョロキョロと隠れるところを探していると、階段横の空きスペースを見つけた。

 パイプ椅子なんかが立て掛けてあり、ちょうどいいごちゃごちゃ具合である。

 隠れるにはうってつけ。

 しかし先客がいたようで、ため息をついて別の場所を探そうと踵を返そうとした時――

 

 後ろから肩を掴まれ、階段下のデッドスペースに押し込まれた。

 むぎゅっと柔らかい感触が顔に押し付けられ、一瞬息ができなくなる。

 

 やっと隙間から呼吸をすると、柑橘系の爽やかな香りに包まれた。だがまだ身動きはできない。

 どうやら女子に胸と腕で押さえつけられているようだ。

 あまりの近さに顔から上は見えない。

 

 少しすると女子たちの声が近づいてくるのが聞こえた。

 志倉は体を硬直させて、やり過ごすことにした。


「ねえ、いた?」

「ううん。確かにこっちに行ったと思ったんだけどなー」

 

 そしてパタパタと足音が通り過ぎていく。

 

「もう行ったみたいだよ」

 

 爽やかな香りが遠のき、やっと顔が開放される。

 志倉は一気に肺に空気を取り込んだ。

 

「ップハ! ハァー……何するんだよ」


 志倉は突然むりやり拘束されたことに抗議した。

 もう顔は熱があるんじゃないかというくらい熱く、手にもぐっしょりと汗をかいている。


「あ、苦しかった? ごめんごめん」

 

 目の前には未だに大きい肉まんくらいのおっぱいが、ぽにんとふたつ見えている。

 弾力があるその感触が脳裏に蘇ってきて、ぶんぶん顔を振った。

 

「大丈夫?」

 

 目の前の女子は、大きな瞳を見開いて志倉を覗き込んだ。

 屈んだせいで見えた肉付きのいい胸元の肌は、少し日焼けしていて健康そうに見える。

 もう見るまいと志倉は、顔ごと逸らした。

 そして女子に押さえつけられたことに不貞腐れたように見せるため、唇を尖らせた。


「大丈夫じゃない」

 

「でも見つからずに済んだでしょ」

 

 志倉が平気そうに見えたのか、その女子はニコッと可愛く笑うと、「それじゃ」と短く言った。

 そして短いスカートを翻してスタスタと行ってしまった。

 本当にただ追いかけられていた志倉を、助けてくれただけのようだ。

 

 

*****

 


「つまりおっぱいに惚れた、と」

 

 ズバリと指摘する平野の言葉に、志倉は赤面した。

 だが反論はできずに、気まずそうに顔を逸らす。

 

「……いや、ええと、うん」

 

 正直な告白に呆れた平野は、すかさずツッコミを入れる。

 

「おっさんかよ」

 

「十二歳だよ!!」

 

 いつものようなやりとりをしてから、平野は最初は太ももって言ってなかったっけ?と思い起こした。

 しかし大した違いはないので気にしないことにする。

 

「ところで話を戻すけど、その類似性なんたらをするためにはどーするの?」

 

「うん、それならちょっと心当たりがあるんだよね」

 

 顎に手をあてて、当てがありそうなセリフを吐く志倉に、平野はそれ以上追求しないことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >「馬路先輩と同じ格好! つまり女装するんだ!」 美少年の女装……ゴクリ。 >「えー、絶対似合うと思ったのにー」 とびらのさ……平野さん、私もそう思います!(力説) 少年は、おっぷぁい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ