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2. 僕は諦めない

 教室の窓からは哀愁漂う夕日が差し込み、崩れ落ちている志倉を照らしていた。

 さっき中庭で当たって砕けたばかりの志倉は、自分の机に突っ伏して溶けたように項垂れている。

 まだ立ち直るには時間が必要そうだ。

 

「う〜ん、なんで美少年()じゃダメなんだ……」

 

 薄ら涙が浮かべた志倉は、うめくように文句を言った。

 向かいに座る平野は頬杖をつきながら、憐れみの目で志倉を眺めている。

 

「残念だったね……。元気だしなよ。愚痴くらい聞くからさ」

 

 特定の女子とは必要以上に親しくしない志倉も、幼馴染の平野にだけは何でも打ち明けた。

 もう何度目かも分からないうめき声にも、平野は相槌をうって聞いてやる。

 

「あんなに麗しい太もも……もとい馬路先輩と付き合えないなんて」


 平野は憐れみを吹っ飛ばして、真顔でツッコミを入れた。


「中身がおっさんだからだろ」

 

 辛辣なツッコミにもめげずに志倉はガタッと立ち上がり、胸の前に拳を突き上げた。

 

「だが……僕は諦めない!」

 

 立ち直りが早いのはいい。

 だがすでにフラれた後である。

 一体どう諦めないのかと、平野は首を傾げて尋ねた。

 

「でももうアッサリ振られたんでしょ? どーすんの?」

 

「ふふん。まだチャンスはある! 僕が今まで調べ上げた心理学が役に立つ時だ! ちょうどいいのがある」

 

 こう見えて志倉は意外と頭が良かった。

 授業の成績も良ければ、心理学に興味を持ち、自ら論文などを読みあさるほどだった。

 心理学には人を好きになる心理をうたったものも多い。

 好きな人に好意を持ってもらうには、うってつけの知識だ。

 志倉は勿体ぶって心理学の通説を高々と叫んだ。

 

「ザイオンス効果だッ!」

 

「難しい言葉使うなよ。ザイオンス効果ってなに?」

 

 聞き慣れない言葉に平野は再びツッコミを入れつつ、その意味を尋ねた。

 

「アメリカの心理学者が提唱した心理効果で、単純接触回数が多い方が好感度が上がると言うものだ」

 

 志倉は人差し指を立てて、ドヤ顔で自らの知識を披露した。

 

「えーっと、つまり? 馬路先輩に何度もボディタッチすると、好きになってもらえるかもってこと?」

 

 単純接触回数を肌が触れることと認識した平野は、つい下衆な考えに至る。

 

「ハ、ハレンチなこと言うなっ! ボディタッチしなくても、目に映ったり、話したりするだけでいいんだよっ」 


 志倉は真っ赤な顔で、平野に力説した。

 

(中身はおっさんなのに、こういうところはウブなんだよな)

 

 可愛らしい反応をする志倉を見て、平野は苦笑した。


*****

 

 翌日の昼休みに入ると、志倉の周りにはいつものように女子たちが集まっていた。

 

「志倉くん、お昼どうする?」

「一緒に食べよ〜」

「わたし数学で教えてほしいところがあるんだけど、いいかな」

 

 いつもなら彼女たちに丁寧に返事をして、人数を絞った上で一緒にお昼を取ったりするのだが……。

 

「ごめんね。今日は用事があって。また今度ね」

 

(馬路先輩、お昼は中庭でよく食べているらしい。このチャンスを逃す手はないッ!)

 

 志倉は群がる女の子たちを優しく断って、なんとか一人で中庭までたどり着いた。

 本命がいても女子たちを邪険にできないのが志倉である。

 

 中庭へ続く渡り廊下へ着くと、ベンチで足を組み小説を読むふける馬路先輩を発見した。

 片手には菓子パンを持ち、本を読みながらパクリと一口かじった。

 

 渡り廊下から一歩足を踏み出した志倉は、ポケットからひとつのピンバッジを取り出した。

 三年生の色である赤色の背景に、校章が描かれたピンバッヂ。

 これは告白した時に、馬路先輩が落としていった物だ。

 

 志倉は振られたばかり。

 さすがにすぐに話に行くのは気まずいので、このピンバッヂを返すことで話のキッカケにでもなればと手に取った。

 だがせっかく好きな人と話すのだから、それだけで終わらせるつもりはない。

 そのためには馬路先輩との会話を邪魔されるわけにはいかなかった。

 

 志倉はもう一度女子たちがいないか、周りを見渡した。

 すると女子集団が廊下を通りかかり、志倉を見つけ、手を振った。

 

「あ、志倉くん。おーい!」


 中庭を囲む校舎の廊下は、もれなく大きい窓があり、歩くだけで中庭が目に入る。

 廊下の窓からは中庭も見えるが、渡り廊下だって丸見えである。

 必然的に女子たちにも、まだ渡り廊下にいた志倉も丸見えだった。


「あれ? 志倉くん、今日ひとり〜?」

 

「あ、え……」

 

 すぐに渡り廊下に出てきた女子の集団に囲まれて、志倉はほっぺたをぷにぷにされる。

 更にさっき呼ばれた大きな声を聞きつけて、ニ階の窓から他の女子まで顔を出した。

 

「え? 志倉くん、いるの?」

「私も見たい」

 

 声を聞きつけて駆けつけた女子まで集まり、渡り廊下への入り口は人でごった返した。

 もうベンチに座る馬路先輩の姿は見えない。

 群がる女子たちはチャンスとばかりに、志倉を囲い込む。

 

「なになに、志倉くん、中庭でお昼食べるの? それなら一緒に食べようよ」

 

(うっ、もうここまで来て断る理由が見つからない。まさか馬路先輩と話すからだなんて、断れないし。でもなんとかピンバッヂだけでも返さないとっ!)

 

 群がる女の子たちをなんとか掻き分けて、ベンチの方に向かう。

 

「ちょっとごめん。通して」

 

 しかしやっとベンチが見えるようになると、そこには馬路先輩の姿はなかった。

 

(いない!?!?)

 

 すると斜め後ろから声が聞こえた。

 

「君、こないだの美少年……?」

 

 勢いよく振り向くと、そこには小説とビニール袋を片手に持った馬路先輩が立っていた。

 

 馬路先輩は小説を顎に当てて、困ったのポーズをしている。

 困った顔の馬路先輩も可愛いと、志倉は場違いな感想を浮かべる。

 

「教室に戻ろうと思ったんだけど、すごい人混みで通れないんだよね。何かあったの?」

 

「あ、いや……何もないです」

 

 志倉は自分のせいで馬路先輩が通れなくなってしまったことに、罪悪感を覚えて言葉を濁す。

 

「そう? ふーん」

 

 志倉が中庭の広い所に出ると、女の子たちも中庭に移動して、校舎への入り口が通れるようになった。

 

 それを見て馬路先輩は一歩踏み出した。

 

「あ、待ってください。これ!」

 

 志倉は手に持っていたピンバッヂを、馬路先輩に差し出した。

 

「あ、ありがと。落としてたんだ」

 

 ピンバッヂを受け取った馬路先輩は、付けずにポケットにしまった。そして志倉の周りを見回した。

 

「君、モテモテだね〜」


 そう言って横目でウインクを投げて、去っていった。


 一応馬路先輩に自身の姿は見せたし、話すことだってできた。

 しかし想像とは違う結果に、志倉ははあぁぁと長いため息が漏れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] フトモモに執着する志倉少年……。 美ショタでも、やっぱり男の子なのねw おや、平野さんも、どこかで聞き覚えのある名前のような……? ザイオンス効果、単純接触効果とも言われるアレですね。…
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