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Cafe Shelly

Cafe Shelly 一攫千金を狙え!

作者: 日向ひなた

第74話 一攫千金を狙え!

「でさ、この前難波さんに100万円を預けたんだよ。これでまた、資産が増えそうなんだ」

 すごくニコニコ顔で私に報告している相手。大学時代の同級生で私の彼氏でもある道之。仕事は保険のセールスマン。

 保険の仕事で知り合った、自称投資家の難波さんと付き合い始めてから道之は変わった。出てくる話がすべて投資や資産運用といったものになった。

「俺もFPの端くれだから、資産運用のアドバイスはするけれど。あの人は違うね。任せておけば安心だわ。里美も預けてみなよ。いくらか貯金はあるんだろ?」

「うぅん、私はいいわ。なんかそういうの怖そうだし」

 怖そう、そういいながらも道之の話にまったく興味が無いわけではない。いや、逆だ。むしろ羨ましいと思いながら聞いている。

 じゃぁ、どうして道之と同じようにできないのか。それは、私の臆病なところに原因がある。

「里美はいつも慎重だからなぁ。たまには大胆に、思い切った勝負をしてみるのもいいと思うけど。難波さんに一度会ってみない?」

「うぅん、どうしようかなぁ…」

 決断が遅いのが私の悪い癖。人生の成功者になりたいのなら、決断は早く。そう言われているけれど、性格上なかなかそれができない。

 結局、道之に強引に誘われて、今度の土曜日に難波さんに会うことになった。まぁ、これを機会に投資の世界を覗いてみるのもいいかな。

 社会人になって三年目。そんなに派手な生活はしていないので、幸いに貯金は80万円ほど持っている。そのうち半分くらいは投資に入れてもいいかな。

 道之の話だと、あいつは三ヶ月で資産を1.5倍にしたそうだ。次は100万円預けるとか言っている。私にしたら、すでに桁の違う雲の上の話。

 まぁ、道之との付き合いも五年になるし。そろそろ結婚も考えようかなってときだから。その資金を貯めることも考えなきゃ。

 そうして土曜日、難波さんと面会。

「あなたが里美さんですね。いつも道之くんから聞いていますよ」

 そう言って握手を求めてくる。短髪でめがねをかけて、おしゃれなひげを生やしている。ダンディな中年男性、といった感じ。第一印象は悪くはないな。

 難波さん、いきなり投資の話をするのかと思いきや、世間話から入った。世間話といっても、自分がどんな経緯でこんなことをやっているのか、そして今の生活はどうなのか、といったこと。

 私から見たらセレブの生活だ。道之は目をキラキラさせながらそれを聞いている。

「でね、この投資案件。これは実績があるから、一口のってみないか?」

 いつの間にか話は投資のことになっていた。難波さんが話してくれたのは、表の世界には出ない、世界のトップレベルの人だけが知っていることらしい。

 だからなのか、その案件は一口最低100万円。財界人は最低でも10口から入っているらしい。

「そのつもりで現金は準備しています。里美はどうする?」

 どうするって言われても、私には貯金は80万円しかない。

「これ、月利が5%なんだぜ。年利じゃないんだぞ。100万円預ければ、毎月5万円、年に60万円も増えるなんて信じられるか?」

 道之はそう熱く語る。さらにこんなことも。

「20万円、どこからか借りれないのかよ。カードローンでも年利18%くらいだろ。そのくらい、すぐに取り戻せるって」

 そう言われると、20万円借りても金利は年に4万円もいかない。一月分の金利で十分まかなえる。5ヶ月で借金は取り戻せるのか。でも不安はある。

「これ、お金を下ろせるのは一年後からですよね?」

「あぁ、一年間待ってくれればあとは継続してもいいし、全額降ろしてもいい。借金をしても損はしない案件だよ」

「わかりました。じゃぁ私も」

 難波さんが言うんだから間違いない、道之のその言葉も後押しして、私はなけなしの80万円にカードローンで20万円を借りた100万円でこの話に乗ることにした。翌日、早速その手続をして、現金を難波さんに預けることに。

 初めての投資、ちょっとワクワクしてくる。頭のなかでは一年後の額が皮算用で湧いてくる。

 100万円が160万円になるのかぁ。カードローンの25万円を差し引いても、80万円の貯金が135万円になるんだから。55万円も得しちゃうのか。

 それだけあれば、道之と結婚式もあげられるかな。新婚旅行はハワイにも行けるかな。なんて浮かれたことしか頭に浮かばない。

 けれど、現実はそう甘くはなかった。

「えっ、これ、どういうこと?」

 預けたお金が、今いくらになっているのかはインターネットで見られるようになっている。預けた最初の頃は、徐々に右肩上がりだったのが、ある日を境にズドンと落ち込んだ。しかも、元金の100万円を割っている。

「道之、これどういうことなのよ!」

 私は真っ先に道之に問い合わせをした。

「お、俺もわからないよ。難波さんに聞いてみる」

 道之も焦っている。頼りの難波さんの返事を待つしかない。

 ようやく難波さんと連絡がとれ、夜会えることになった。けれど安心したわけではない。むしろ不安がふくらむばかり。

「いやぁ、まさかこんなことになるとはね」

 難波さん、会うなりさらっとこんなセリフを吐く。

「ちょ、ちょっと、どういうことですか? 月利で5%いくからっておっしゃったから、私はそれを信じてお金を預けたのに」

「あれ、あのときちゃんと説明したよね。こういった投資の世界に絶対はないって。今までの運用実績の平均が月利5%であって、社会情勢や経済の動きによってはそれが変化するのが当たり前なんだよ」

「当たり前って…じゃぁ、私のお金はどうなるんですか? すでに元金を割っているんですよ」

「まぁまぁ落ち着いて。ボクだってこの案件では大きな損失を抱えているんだから。ボクはこれに3千万円投資しているからね。ちょっと大きな痛手なんだよ」

「里美、落ち着け。投資の世界だからこういうこともあるんだよ」

「道之は今まで儲けているから、マイナスが出てもそんなに痛くないかもしれないけど。私は最初の投資がこれなんだから。なけなしの貯金はたいて、借金までして。もう、どうしてくれるのよ!」

 ここで思わず泣き出してしまった。

 道之はそう熱く語る。さらにこんなことも。

「20万円、どこからか借りれないのかよ。カードローンでも年利18%くらいだろ。そのくらい、すぐに取り戻せるって」

 そう言われると、20万円借りても金利は年に4万円もいかない。一月分の金利で十分まかなえる。5ヶ月で借金は取り戻せるのか。でも不安はある。

「これ、お金を下ろせるのは一年後からですよね?」

「あぁ、一年間待ってくれればあとは継続してもいいし、全額降ろしてもいい。借金をしても損はしない案件だよ」

「わかりました。じゃぁ私も」

 難波さんが言うんだから間違いない、道之のその言葉も後押しして、私はなけなしの80万円にカードローンで20万円を借りた100万円でこの話に乗ることにした。翌日、早速その手続をして、現金を難波さんに預けることに。

 初めての投資、ちょっとワクワクしてくる。頭のなかでは一年後の額が皮算用で湧いてくる。

 100万円が160万円になるのかぁ。カードローンの25万円を差し引いても、80万円の貯金が135万円になるんだから。55万円も得しちゃうのか。

 それだけあれば、道之と結婚式もあげられるかな。新婚旅行はハワイにも行けるかな。なんて浮かれたことしか頭に浮かばない。

 けれど、現実はそう甘くはなかった。

「えっ、これ、どういうこと?」

 預けたお金が、今いくらになっているのかはインターネットで見られるようになっている。預けた最初の頃は、徐々に右肩上がりだったのが、ある日を境にズドンと落ち込んだ。しかも、元金の100万円を割っている。

「道之、これどういうことなのよ!」

 私は真っ先に道之に問い合わせをした。

「お、俺もわからないよ。難波さんに聞いてみる」

 道之も焦っている。頼りの難波さんの返事を待つしかない。

 ようやく難波さんと連絡がとれ、夜会えることになった。けれど安心したわけではない。むしろ不安がふくらむばかり。

「いやぁ、まさかこんなことになるとはね」

 難波さん、会うなりさらっとこんなセリフを吐く。

「ちょ、ちょっと、どういうことですか? 月利で5%いくからっておっしゃったから、私はそれを信じてお金を預けたのに」

「あれ、あのときちゃんと説明したよね。こういった投資の世界に絶対はないって。今までの運用実績の平均が月利5%であって、社会情勢や経済の動きによってはそれが変化するのが当たり前なんだよ」

「当たり前って…じゃぁ、私のお金はどうなるんですか? すでに元金を割っているんですよ」

「まぁまぁ落ち着いて。ボクだってこの案件では大きな損失を抱えているんだから。ボクはこれに3千万円投資しているからね。ちょっと大きな痛手なんだよ」

「里美、落ち着け。投資の世界だからこういうこともあるんだよ」

「道之は今まで儲けているから、マイナスが出てもそんなに痛くないかもしれないけど。私は最初の投資がこれなんだから。なけなしの貯金はたいて、借金までして。もう、どうしてくれるのよ!」

 ここで思わず泣き出してしまった。

 結局、泣き寝入りするしかない。契約の関係で、一年間は解約することもできないし。ホント、泣くしかできない。

「里美ちゃん、なんか元気ないけど。何かあったの?」

 お昼休み、会社で先輩の真理恵さんが私に声をかけてくれた。真理恵さんって例えて言うなら菩薩様みたいな人。ちょっとぽっちゃりしてて、やさしい笑顔が特徴的。

 私はこの会社で営業の仕事をしているけれど、真理恵さんは私たち営業マンをいつもオフィスで支えてくれている。だからなのか、私たちの変化にすぐに気づいてくれる。

「あの…こんな話、真理恵さんにしても仕方ないと思うんですけど…」

 私は今の気持ちを誰かに話さないと、自分の中で破裂してしまいそうだった。真理恵さんなら大丈夫、そんな気持ちがあって、株のことについて話をした。

「そうだったんだ。じゃぁ、私のダンナが役に立つかも」

「えっ、真理恵さんの旦那さんが?」

「うん。私のダンナ、株のアドバイスをする会社にいるの。といっても、アドバイスをするのは城次さんっていう人で、私のダンナはそこの会社の事務や営業をやっているんだけど」

「ぜ、ぜひ力を貸してください。お願いします」

 私は必死になって頼み込んだ。

「わかった。ダンナに話してみるから。まずは落ち着いて仕事しようね」

「はい」

 真理恵さんに話を聞いてもらって、心が少し落ち着いた。けれど、頭の片隅には、どうしても株の損失がちらつく。見たくないけれど、今お金がどうなっているのかが気になって、ついスマホで現状を確認してしまう。

 未だに元本を下回っている状況。本当にくやしい。

 昼休みの終わりに、真理恵さんから吉報が入った。

「里美ちゃん、城次さんが話を聞いてくれるって。今日の夕方は時間ある?」

「はい、お願いします」

「じゃぁ、私の友達がやっている喫茶店で会いましょう。仕事終わったら一緒に行きましょう」

「はい!」

 これでなんとかなる。私の心は別の方向へと向き始めた。そう、希望という名の明るい方向へ。

 そうなれば残業はご法度。自分に課せられた営業ノルマをこなすために、午後は必死になって仕事に向かった。幸い今日は外回りの予定がなかったので、五時半には仕事を終えることができた。

「じゃぁ行きましょう。あのお店、里美ちゃんもきっと気に入ると思うよ。私もマイに会うのは久しぶりだなぁ」

 真理恵さん、ニコニコ顔でなんだか楽しそう。私もそれを見てワクワクしてきた。

 真理恵さんに連れられて行ったのは、街なかにある細い路地。車一台が通るほどの道幅。両側には煉瓦でできた花壇がある。通りはパステル色のタイルで敷き詰められ、夕方なのになんだか明るい感じがする。

「ここよ」

「カフェ・シェリー?」

「そう、このビルの二階にあるの。ちょっとおもしろいお店だから」

 真理恵さんはそう言って階段を軽快に駆け上がっていく。よほどこのお店に来るのが楽しみだったんだな。

カラン・コロン・カラン

 ドアを開くと心地よいカウベルの音。それとともにお店の方から

「いらっしゃいませ」

と女性の声が聞こえてくる。

「マイ、来たよ」

「真理恵、久しぶり。城次さん、来てるよ」

 真理恵さんのお友達のマイさん、長い髪でとても綺麗な人。こんな女性に憧れちゃうな。

「真理恵さん、いらっしゃい」

「マスター、お久しぶりです。あ、こちら会社の後輩の里美ちゃん」

「里美です。はじめまして」

「こちらがマイの旦那さんでこのお店のマスター。そしてこちらが私のダンナの会社の社長で、株取引のプロ、城次さん」

「城次です。はじめまして」

 城次さん、そういいながら私に握手を求めてくる。私も自然と握手してしまった。とても素敵な男性だな。

「城次さん、またナンパ癖が出てきてるんじゃないの? 美雪にいいつけちゃいますよ」

「あはは、さすがにもうしないよ。昔の俺じゃないんだから。今は妻の美雪だけだよ」

 あらら、城次さんって結婚しているんだ。でも、私もいちおう道之という彼氏はいるけど。でも、このお店のマスターや城次さんのような落ち着いた、頼りがいのある雰囲気は持っていないからなぁ。

「まぁ、座って」

 お店の真ん中にある丸テーブル席。ここに私と真理恵さん、そして城次さんの三人で腰掛けた。

 あらためてお店を見回す。白と茶色を基調にした、落ち着いた雰囲気。流れている音楽もジャズで、大人って感じ。そして店内にただようコーヒーの香り。それに加えてクッキーの甘い香りがとてもマッチしている。

「すごく落ち着くお店ですね」

「ありがとう。お冷をどうぞ。コーヒー、どうする?」

「うん、もうちょっと後がいいかな」

 真理恵さんがそう答える。

「はい、わかりました。じゃぁ準備だけしておくね」

「どうして後なんですか?」

 私はふと疑問に思った。どうせならコーヒーを飲みながら相談したほうがいいと思うんだけど。

「うふふ、その理由はコーヒーを飲んでみればわかるよ」

 真理恵さんの不思議なほほ笑み。まぁコーヒーについては後の楽しみにとっておこう。

「で、今株で損をしているって聞いたけど」

「はい、実は…」

 私は今の状況を城次さんに話した。城次さんは腕を組んで、黙って私の話を聴いてくれた。

「なるほど、それは大変だね。実はそれ、一番やってはいけない投資のパターンなんだよ」

「えっ、ど、どういうことですか?」

「金融商法取引法というのがあって、そういった行為はきちんと国から認められた金融機関でなければやってはいけないことなんだ。その相手の名刺って持ってる?」

 そういえば、難波さんの名刺ってもらっていないことに気づいた。

「やっぱりそうか。本来は名刺にきちんと金融取引業者である証拠の番号を記載していないと、こういった行為はやっちゃいけないんだよ」

「じゃぁ、難波さんのやっていることって詐欺…」

「かもしれない。里美さんの彼に少額の実績をつくって信頼させ、徐々に金額を引き上げて、一気に高額の取引を持ちかける。ありふれた手ではあるけれど」

「じゃぁ、私のお金って戻ってこないんですか?」

「うぅん、正直なところこのままでは難しいかも」

 私は自分の顔から血の気が引いたのがわかった。

「えっ、じゃ、じゃあ、私のお金って戻ってこないの…」

「うぅん、相手が詐欺であればそうなるけれど、詐欺とは言い切れないかな。さっき見せてもらったファンドについてはこちらでも調べておくけど。ある程度のお金を戻してもらうことはできるかも」

「それでも、元金は無理なんですよね…」

「残念ながら、投資の世界では元金保証はできないからね。でも、その難波さんからお金を取り戻すことはできなくても、難波さんを圧倒させることはできるよ」

「えっ、どういうことですか?」

「この方法を教える前に、里美さんがどうしてお金を増やそうと思ったのか。その理由を詳しく教えてくれないかな」

 私がお金を増やしたい理由が、どうして難波さんを圧倒させることにつながるのか、このときはわからなかった。

 けれど、今は城次さんの言葉を信じるしかない。私はその思いを語り始めた。

「私は大学時代から付き合っている道之と結婚しようと思っていました。まだプロポーズされたわけじゃないけれど、なんとなくそうなるのかなって。だから、その結婚式とか、これから二人で暮らすための資金を増やしたくて」

「なるほど、それで手持ちのお金を増やしたかったんだけ」

「はい」

「じゃぁ、その目標をもっと広げてみよう。マスター、お願いします」

 カウンターから渋い声で「はい」と返事が聞こえた。目標を広げるって、どういうことだろう?

「じゃぁ、コーヒーができるまで、難波さんを圧倒させる方の話をしよう。まず投資の大前提として、自分の資産は自分で管理すること、これが大事なことなんだ」

「自分の資産は自分で管理、ですか?」

「そう。他人に預けるのではなく、自分でコントロールすること。でないと、今回のように不測の事態が起きてしまうと、自分ではどうしようもなくなっちゃうでしょ」

「はい、それはよくわかりました。でも、どうやってコントロールすればいいんですか?」

「そこなんだよ。一般の人はこのコントロールの方法をなかなか知ることができない。だから俺は株の学校を開いて、自分でコントロールする方法を伝えているんだ。俺の学校は、株で儲けましょうというものじゃない。結果的に儲けはするけれど、一番大事なのはコントロールする方法、お金の使い方を教えているんだよ」

 城次さんの言葉は、とても納得するものだった。儲け方ではなく使い方か。そんなこと、考えたことなかったな。お金を増やすことしか頭になかった。

「お待たせしました。シェリー・ブレンドです。飲んだらぜひ、どんな味だったか教えて下さいね」

 マイさんがコーヒーを運んできた。飲んだらどんな味だったかって、どういう意味だろう。コーヒーなんだから、コーヒーの味に決まっているのに

「ま、コーヒーでも飲んでリラックスしていこう」

 城次さんに促されるままに、私はコーヒーに口をつけた。

 私はコーヒーの味なんてよくわからないけれど、このコーヒーは間違いなくいい香りがする。ちょっと心が休まるな。

 そして口に含んだ時に、予想外の味を感じた。甘い、甘く感じる。砂糖は入れていないのに、どうして?

 いや、これは砂糖の甘さじゃない。コーヒーの奥から湧き出る甘さだ。コーヒー独特の苦味はほとんど感じない。

 ここで別のことが頭にひらめいた。甘い生活、私は道之との結婚でそれを望んでいた。人も羨むような新婚生活。結婚したら、今の仕事は辞めようと思っている。そして専業主婦になる。

 そのうち子どもができて、しばらくは子育てに専念。ある程度大きくなったら、私の時間を持って活動をする。友達もできて、毎日楽しい生活。私が思い描いているのは、こんな甘い結婚生活。自分勝手だけどね。

「お味はいかがでしたか?」

 マイさんの声でハッと我に返った。いつの間にか妄想の世界に入っていたみたい。

「え、えぇ、おいしかったです」

「どんな味がしたの?」

 今度は真理恵さんが私に聞いてくる。さっきは動揺して答えてしまったけれど、今度はちょっと冷静になれた。

「えっとですね、なんだか甘い感じがしました。砂糖の甘さじゃなくて、なんて言うんだろうなぁ…」

 どう表現したらいいのかわからずに迷っていたら、城次さんがこんな一言を添えてくれた。

「新婚時代の甘さ、かな」

「えっ、えっと…まぁ、そんな感じもします」

 ちょっと照れながら答える。けれど、城次さんの表現がピッタリだから否定はできない。

「なるほど、里美ちゃんって甘い新婚生活を望んでいたんだ」

 真理恵さん、にやりと笑って私の方を見る。

「えっ、ど、どうしてそれが…」

 その答えは、マイさんが話してくれた。

「実はね、このコーヒー、シェリー・ブレンドには魔法がかかっているの」

「魔法?」

「うん、シェリー・ブレンドは飲んだ人が望んだ味がするの。まれに望んだ映像が思い浮かぶ人もいるけれど」

 望んだ味、だから甘かったのか。不思議だけれど、なんだか納得できる。

「じゃぁ、その願望を株で叶えてみないか?」

「株で?」

 そういえば城次さん、目標を広げてみようって言ってたな。

「里美さん、仮に毎月二十万円くらいのお金が、仕事とは別に入ってくるようになったら。どんな結婚生活を送れそうかな?」

「二十万円も入ってくれば、かなり楽になりますよね。贅沢はしなくても、安心して暮らせそうです。たとえば、食べ物だって無農薬の野菜を買ったりもできそうだし、着るものだってちょっとこだわったものになれそう。あ、住むところも良くなるかな」

 話していくうちに、私の頭のなかの甘い生活の妄想がどんどん広がっていく。うん、いいな、こういう生活。

「それに、子どもが産まれたら習い事だってさせられるし。どうせだったら、子どもは三人くらい欲しいかな」

「里美ちゃん、なんかとても楽しそう。目尻が下がりきっちゃってるよ」

「えっ、そ、そうですか?」

 真理恵さんにそう言われても悪い気はしない。いや、むしろ楽しさがにじみ出てくるのが自分でもわかる。

「里美さん、それを現実にする方法があるんだよ。その方法の一つとして、俺は株による資産運用を提案できる。その方法を学んでみないか?」

「学ぶって、城次さんから?」

「城次さんの資産運用講座、これは知っておいて損はしないわよ。実は私も受講して、無理のない程度に株式運用を始めたの。おかげで、お金の心配はなくなったかな」

 真理恵さんも経験者なんだ。だったら安心できそう。けれど、一つ不安が。

「でも…それってお金かかるんでしょ? 私、今貯金が底をついてしまっているから…」

「それなら安心して。初期費用0円でやっているから。謝礼金は、毎月株式運用した利益の中から支払う仕組みにしているんだよ」

「それはありがたい。あ、でも株を買うにも、お金がかかるでしょ。そのお金すらないんです」

「それについても安心していいよ。まず無理な投資はしないようにするから。実際に取引を始めてもらうまでに三ヶ月間はシミュレーションで学んでもらう。その間に10万円だけがんばって貯めることはできないかな?」

「まぁ、ちょっと切り詰めればそれくらいは。毎月20万円くらいになるには、どのくらいかかるんですか?」

「まぁ、最低でも一年はかかるだろうけれど。そのくらいは待てるかな?」

「はい。あの話は月利5%なので、毎月5万円増えるって話でした。それを考えたら、一年待てば毎月20万円なんて、夢みたいな話です」

「でも、一つだけ肝に銘じておいてほしいことがある。あくまでも毎月20万円を得る可能性があるってことだけで、それは約束されたものではない。経済の状況、そしてなにより自分自身の心の持ち方。これによって左右される。これはいいかな?」

「はい、わかりました」

 そうなんだ。道之が持ってきた話は「確実に儲けられる」という言葉に踊らされた。だから期待感だけが強くなったがために、心が動揺してしまった。

「けれどこれだけは約束できる。里美さんがしっかりと勉強し、学んだことを実行してくれれば、株で負けることはさせない。逆に、欲を出して自分勝手に判断をしてしまうと、おそらく大損をしてしまうけどね」

 欲を出して自分勝手に判断をすると大損をする。これは肝に銘じておかねば。

「じゃぁ、ここまでの話を聞いてどんな願望が芽生えたのか。これをシェリー・ブレンドに聞いてみてごらん」

 私は城次さんの言うとおりに、再びシェリー・ブレンドに口をつけた。

「えっ、味が違う」

 私は最初にこのことに驚いた。さっき感じた甘さはない。逆に、すっきりとした感じ。コーヒーなのに清涼飲料水でも飲んだかのような感じがする。これってどういうこと?

「どんな味がしたの?」

 真理恵さんが興味深そうに私に聞いてきた。

「それが、なんか清涼飲料水みたいにスッキリした味わいで。苦味とか甘みとか、そんなんじゃないんです」

「ってことは、真理恵ちゃんは気持ちをすっきりさせたかったんだ」

「そうかもしれない。なんかモヤモヤしたものが一気に晴れたって感じがしています。将来の見通しが立ってきた、そんな感じです」

「じゃぁ、その言葉通りになるように、俺も里美さんのために頑張っちゃうからね」

 城次さんの言葉はとても頼りがいがあってありがたく感じた。

「あ、城次さん、そうやって女性の気を惹こうとしちゃダメですからね」

「真理恵さん、カンベンしてよぉ」

 カフェ・シェリーは笑いに包まれた。

 それから私は、城次さんの株の学校に通い始めた。実際にスクールに通うだけでなく、インターネットで動画を活用した勉強も同時に行う。

 基礎的なところは動画で学び、それに対して質問をしたり、具体的な事例を使った説明をスクールで行うという二段階形式。

 このスクール、最初は投資の話よりも、心構え、メンタルについて教えてくれる。株取引はメンタルが大きく左右するということ。これは大いに納得できた。

 この株の学校のおかげで、私は今までよりも強くなった気がする。

「あれ、里美ちゃん、なんか最近明るくなったね」

 何人もそうやって声をかけられた。実は、私常に笑顔で福を呼ぶことを心がけている。これも株の学校で教わったこと。

 そんなある日、久しぶりに道之から会えないかという連絡が入った。あの一件以来、道之のほうが気後れしていたようで私に何も言ってこなくなっていた。

 そういえば、あの預けた100万円がどうなっているのか、すっかり忘れていた。久々にチャートを覗いてみると…

「あれ? ログインできない。どうして?」

 今までならここで慌てふためいてしまう。けれど、なぜか今は妙に落ち着いている。自分でも不思議だ。

「道之、この件で連絡してきたんだな」

 どうせ会うなら、カフェ・シェリーがいい。私からお店と時間を指定して、今度の土曜日の午後に道之に会うことになった。

 そして迎えた土曜日。私は約束の時間よりも少し早めにお店に到着。先に、一人でシェリー・ブレンドを味わいたいから。

「どんな味だったか、ぜひ教えてね」

「はい」

 マイさんのにこやかな笑顔には、心を癒されるな。私は早速、シェリー・ブレンドを味わうことに。

「あ、なんかニッコリしたくなる。そんな味だな」

 そうなんだ。なぜか今はニッコリとしたくなる。どんなことに対しても。

カラン・コロン・カラン

 ドアのカウベルが鳴り響く。そこには少し方を落とした道之の姿が。

「あ、こっちこっち」

 私は半円型のテーブル席へと道之を誘導する。

「里美、本当にゴメン!」

 道之はいきなり私に謝ってくる。

「そんなのいいから、ほら、こっち座って」

 ゆっくりとした動作で、恐る恐る私の隣りに座る道之。

「里美、怒ってないのか?」

「怒るって、どうして?」

「だってほら、里美も投資したあの口座、いきなりサイトが見れなくなっただろう。オレ、急いで難波さんに連絡をしたんだ。そしたら難波さんもその件であわてていて。事情が分かり次第連絡をくれるってことになってるんだけど」

「あの件ね。うん、見たよ。だから?」

「だからって、お前、投資した100万円がパーになるかもしれないんだぞ」

「そうね」

「そうねって、里美、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」

 どうして落ち着いていられるか。私にも理由はわからない。以前の自分だったら、顔を真赤にして道之のことを責めていただろう。けれど、そんな気すら起きない。

「道之、あの100万円が仮にパーになったとしても、私はかまわないの。確かに経済的には痛いけれど。でも、そのおかげで私は人生の楽しい歩み方を学ぶことができたから。これがなければ出会うことがなかった縁もできたし」

 自分の口から、こんな言葉が出てきたのは自分でも驚いた。けれど、この言葉は見栄でも建前でもなく、本音なんだ。

「でもよ、100万円だぜ。それに里美は借金しているだろ。それ、どうするんだよ?」

「まぁ、それはなんとか返済していくけど。それよりも道之、そんな深刻な顔やめようよ。眉間にしわを寄せていたって、事態は変わらないんだから」

「そ、そりゃそうだけどよ…」

「せっかくカフェ・シェリーに来たんだから、ここの魔法のコーヒー飲んでみない?」

「魔法のコーヒー?」

「ま、飲んでみたらわかるわよ。マイさん、シェリー・ブレンドを一つお願いします」

「はい、かしこまりました」

 シェリー・ブレンドがくるまでに、私はここで出会った城次さんのことを道之に話した。そして今やっていることも。

「へぇ、株の勉強やってたんだ。でも、株だけじゃなく気持ちの持ち方まで教えてくれるんだ。それで里美はこんなに前向きになったんだ」

「はい、シェリー・ブレンド。お待たせしました。どんな味がしたのか、ぜひ教えて下さいね」

「あ、ありがとうございます。里美、どんな味がしたのか教えてって、どういう意味だ?」

「ふふふ、それは飲んでみればわかるよ。さ、飲んで」

 私は道之がどんな言葉を出すのかた楽しみ。これで道之が望んでいるものがわかるんだから。

「どれどれ、うん、いい香り。では…えっ、んっ、な、なに?」

 道之、なんか驚いてる。もうしばらく様子を見てみよう。ふぅん、なんか目があさっての方向を向いている。人って、頭のなかで映像が浮かんだ時はこんな感じになるんだ。

 隣ではマイさんもその様子をうかがっている。とそのときである。

「お味はいかがでしたか?」

 マイさんが道之に声をかける。なんかこのタイミングが絶妙なんだよなぁ。

「あ、えっと、おいしかったです」

 うふふ、道之慌ててる。まさか、予想もしない味と映像を体験するとは思わなかったからだな。

「道之、正直に言って。どんな味だったの?」

「あ、えっと、味というより不思議な感覚に襲われた。崖から這い上がる。見上げると光が降り注ぐ。そんな感じ」

「つまり、今のどん底から這い上がりたい。そうじゃない?」

 私は道之の言葉を聞いて、ひらめいたことを口にしてみた。

「う、うん。とにかくいま投資したお金を取り戻して、そしてやりたいことにお金を使いたい。だから何としてでも、今の奈落から這い上がらなきゃ」

 道之の気持ちはわかる。私も同じようなものだったから。

「ところで、このコーヒーって一体なんなんですか? 望んでいるものがわかるって言っていたけど」

 これについてはマイさんから説明してもらった。道之は信じられないという表情を浮かべていたが、私が体験したことを話したら納得してくれた。

「へぇ、だから今俺が見たのが、俺の願望だってことなんだ。じゃぁ、これからどうすればいいんだ…」

「道之はどうしたいの?」

「どうしたいって、そりゃお金を取り戻したい。そして…」

 ここで道之の言葉が詰まった。道之、ここでうつむいている。なんだか今までとは違う感じ。

「どうしたいのか、これもシェリー・ブレンドに聞いてみるといいですよ」

「えっ!?」

「道之、シェリー・ブレンドを飲んでみなよ」

「えっ、えっと…」

 とまどう道之。私たちの目があるからなのか、しぶしぶシェリー・ブレンドに口をつける。どうしたんだろう?

「ね、どんな味がしたの?」

「う、うん…まぁ、甘い味、かな」

 甘い味。私が最初にシェリー・ブレンドを飲んだ時の、あの味を思い出した。まさか、道之ったら…。ちょっとカマかけてみるかな。

「ねぇ、その味の中に私っていた?」

「えっ、あ、う、うん」

 道之、慌ててる。うふふ、やっぱりそうかな。

「じゃぁ、私の他にも誰かいたでしょ。とても小さな存在が」

「ど、どうしてそれがわかるんだよっ」

 道之、顔を赤くして照れてる。ホント、こいつはウソがつけない性格なんだから。

「道之、正直に言いなよ。私と、どんな生活してる姿が見えたの?」

 道之、下を向いて恥ずかしそうにしている。

「そ、それはだなぁ、さ、里美とだなぁ、け、結婚をして…」

 だんだん言葉が小さくなる。照れているのがホントよくわかるわ。仕方ないなぁ。その先は私が代弁するか。

「そして、私と甘い生活をしている。子どももできて、一家だんらん。それが道之がお金を貯めてやりたいことなんでしょ」

「そ、そうだよ。悪いかよっ」

 私はニコリと笑って、道之にこう返した。

「悪くないよ。だって、私がここで最初にシェリー・ブレンドを飲んだ時も同じ光景を見たから。私も、そんな生活をしたくてお金を貯めたかったの」

「そんな生活って、じゃ、じゃぁ…」

「バカっ、それを私の口から言わせないでよ」

 さすがに私も照れてしまった。それに、今はそんな話をしている場合じゃない。話を戻さなきゃ。

「道之はこれからどうしようと思っているの?」

「これからって、里美とのけっこ…」

「じゃなくて、投資の方。100万円はどうするの?」

「どうすると言われても、戻ってこないかもしれないし…」

「だったら、私と一緒に勉強しない? さっき話した」

「株の勉強かぁ。確かに、投資については何も勉強せずに、ただ難波さんに言われるがままにお金を出していただけだったからなぁ」

「二人でちゃんと勉強すれば、お互いに高められるし。それに、どちらかが間違った方向に進むのを阻止できるだろうから」

「よし、わかった。オレも株の勉強をやるよ。そしてしっかりとした資産運用ができるようにする」

 道之の顔に笑顔が戻ってきた。なんだか明るい未来が開けてきた。そんな感じがする。

 善は急げ、早速私は城次さんに道之のことを話した。もちろん城次さんも大歓迎。こうやって二人で株の勉強がスタートした。

 私と道之は、あの100万円のことは忘れることにした。大きな勉強代ではあったけれど。

 二人で勉強を始めたのはよかった。私の方が先行はしているが、道之の方が基本的な知識を持っていたから。さすがはFPをやっているだけある。インターネットにある株の売買シミュレーションで、二人で話し合いながら株のトレードをやると、とても効果があることがわかった。

 二人で話し合って物事を決める。こういった習慣がついてきた気がする。

 そしていよいよ、本当のトレードをスタートさせる。最初は小さく、そして儲けを上積みしていきながら、徐々に大きくしていく。

 最初のころの儲けは、千円とかそんなもの。けれど、気がついたら一日で一万年単位の儲けを出せるようになってきた。

 道之とは共通の口座を持って、一緒にトレードをするようにしている。二人の口座だから、欲を出さずに確実に増やしていくことを心がけている。

 時々、二人の将来を確認するために何度もカフェ・シェリーに通って将来を語り合う。これも効果があったみたい。

 そうやって気がついたら半年。

「二人とも、すごいね。俺の見通しじゃここまでくるのに一年はかかると思っていたけれど」

 城次さんも驚いている。気がついたら、二人の共通の口座には、すでに100万円を超える額が。

「ありがとうございます。これも城次さんのご指導のお陰です」

 道之はやたらと謙虚になっている。これも株の勉強のおかげ。どのような気持ちで、どのような態度で人と接するのか。一見株とは関係のないことではあるが、気持ちの持ち方も一緒に学んだため、こういう考え方がクセづけできたんじゃないかな。私も同じ気持だし。

 難波さんと絡んでいたころの道之は、正直好きではなかった。なんか横暴になっているって感じで。

「オレの言うことを聞いていれば、稼げること間違い無し」

という態度が見え見えだったからなぁ。

 そんなある日、道之に難波さんから久々に連絡が入った。会いたいということなので、私もそこに同席することにした。

「いやぁ、この前はすまなかったね。あれだけ大丈夫な条件がそろっていながら、途中で潰れてしまって。本当に申し訳ない。お詫びに、今度は確実な情報を持ってきたんだよ」

 難波さんからは謝罪の言葉は聞こえてきたが、心が伝わってこなかった。それどころか、次の投資にお金を入れさせようという気持ちのほうが強く感じてきた。

「難波さん、申し訳ありませんがその話はお断りします」

 道之は難波さんの言葉をスパっと切った。

「えっ、ど、どうしてだい? こんなにいい話なのに」

「確かに、難波さんにとってはいい話でしょう。けれど、オレたち二人は自分の力で、自分たちの考えで投資をすることにしました。だから、この話はお断りします」

「おいおい、自分の力って、そんなのはプロに任せておけばいいんだよ」

 そう言う難波さんに、私はスマホの画面を見せた。

「これが私たちの選んだ道の結果です」

 そこには、わずか20万円からスタートした資金が、今では100万円を超えている証拠がある。

「前に投資した100万円。あれは忘れることにしました。仮にそれが詐欺だったとしても、私たちが訴えることはしません。ただし、これ以上私たちへ投資の話を持ちかけることはやめてください」

 難波さん、あきらめたのかそれともあきれたのかはわからないが、やれやれと行った表情を浮かべている。

「わかったよ、これ以上君たちには関与しない。あ、それから先ほど詐欺だという言葉が出たが。あれは撤回してくれ。もう一つ、君たちにこの報告があったんだった」

 そう言って難波さんは、カバンから二つの封筒を取り出した。

「これは君たちが預けた元金だ。あの件についてはこれで全て終わりにしたい」

 難波さんのこの行動に、私たちは目を丸くした。まさか、あのお金が返ってくるなんて。

「これは君たちへの迷惑をかけてしまったお詫びだ。あれから投資先にかけあったけれど、なかなか返事が来なくて。訴訟寸前までいったんだ。それで時間がかかってしまった。本当に申し訳ない」

 難波さんから連絡がなかったのは、そういう理由だったのか。

 私たちは封筒を受け取り、あらためてお礼は伝えた。だからといって、難波さんがもちかけてきた新しい投資話に乗ろうという気持ちはない。

「難波さんを疑ったことはお詫びいたします。けれど決めたんです。オレは里美と一緒に、資産運用をやっていく。そしてある程度貯まったら里美と一緒になるって」

「えっ!?」

 この言葉、初めて聞いた気がする。もちろん、私にもそのつもりはあった。けれど、道之から直接結婚しようって言葉は今まで聞いたことがない。

 だからこそ、驚いてしまった。

「そうか、それはおめでとう」

 難波さんは笑顔で道之の言葉に応えてくれた。

「今回、難波さんはこのきっかけを作ってくれました。それは感謝しています」

 なんか丸く収まった感じ。けれど、私の心のなかには一つだけ不安が残っている。

「道之、一つだけ聞いていい?」

「ん、なに?」

「今のって、私にプロポーズしたってこと?」

「えっ、ぷ、プロポーズって」

 道之、慌ててる。やっぱちゃんと考えてなかったんだ。

「そう言われたら、さっきの里美さんと一緒になるって言葉、あれはプロポーズになるよなぁ」

 難波さんも笑いながら、私の意図に気づいてくれたみたい。

「あのねー、私に直接言うのならともかく、なんで難波さんに言うセリフの中でしれっと『里美と一緒になる』なんて言うのよっ! ったく、ムードのかけらもないんだからっ!」

「里美、怒るなよ…」

 道之のことだから、ヘタするとこのままちゃんとしたプロポーズの言葉を聞けずに、気がついたら結婚してた、なんてことになりかねない。やはりここはちゃんとけじめをつけてもらわなきゃ。

「じゃ、じゃぁ、あらためて言う」

「ちょ、ちょっと待ってよ。私に言われたからプロポーズするなんて、それないでしょ。もうちょっとムードのあるところで言われたいわ」

「そ、そうかぁ…」

 道之の申し出を断るつもりはない。けれど、もうちょっと女心も考えてほしいな。

「道之くん、こりゃ結婚しても女房の尻に敷かれることになりそうだな。あっはっは」

 カフェ・シェリーは笑いのムードに包まれた。マスターもマイさんも笑っている。もちろん私も。

 うん、こういう雰囲気が欲しかったの。私にとって、お金よりも何よりも、笑顔に包まれた毎日、これが望みだったの。

「里美さん、お金よりもいいものを得ることができたね」

 マイさんが私にそう伝えてくれた。この時気づいた。

 一攫千金。これはお金だけのことじゃない。そもそも、お金だけをたくさん持っていても幸せとは言えない。

 私にとっての一攫千金とは、こうやって笑顔に包まれた毎日を送ること。それを一気に得られた。まさに今の状態のことじゃない。

 お金はそのための要素の一つにすぎない。ここに執着するんじゃなくて、もっと大切なものを得ること。これを意識していくことが大事なんだって。

「道之、ありがとう」

「えっ、なにが?」

 突然言われて、道之もなんのことか戸惑っている。けれど、私にとってはこういった時間をくれた道之に感謝。

「さ、株でもっとたくさんの幸せをゲットするぞ!」

 これはお金儲けを言っているのではない。今のこの気持を、もっとたくさんの人と分かち合える。そうなりたいんだ。

 目指せ一攫千金。幸せな時間をもっと楽しもう。


<一攫千金を狙え! 完>

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