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令嬢は無罪が確定しています。

「マリア! お前はヒロイーネを突き落としたな!」


 パーティーに突然、王子の鋭い声が響いた。

 一気に周りがしんと静まり返る。

 しかし、当の呼び掛けられたマリアと言えば実に落ち着いたものだった。

 パーティーの一角の飲食エリアの席に座り、色々なマカロンを食べている所だ。


「あら? レイン様。ごきげんよう。どうなさいました?」


 侯爵令嬢マリアが、第二王子レインに振り返る。

 その動作はゆっくりおっとりしていて、レイン王子は勢いを削がれた。


「うっ、いつもお前はそれだ。ここにいるヒロイーネを突き落としたな?と言っているんだ」


 レイン王子はもう一回落ち着いてマリアに詰め寄る。

 傍らには可愛い少女ヒロイーネが寄り添っていた。

 ヒロイーネは怯えるように、レイン王子にぴったりとくっついている。


「そう、それは。そう、よろしくね。この者が説明しますわ」


 マリアは首を傾げて、少し考えた後に傍らに控えていた従者に話をふる。


「お前は何言って……!」


 レイン王子がその答えにくってかかろうとしたが、

 侯爵家の制服を着た少女が前に出て一礼した。

 手には記録水晶を持っている。


「その件につきましてはこちらをご覧ください」


 その記録水晶から光が溢れ、空中に裁判所のような映像が映し出された。


「10月31日の午後14:01、男爵令嬢ヒロイーネ・ミリアリアは魔術学院の階段から落ちた。しかし、校内の記録水晶を確認した所によると、ヒロイーネ・ミリアリアはその時間は周りに人がおらず、単独で階段を落下していた。……


(記録水晶から裁判官による判決理由が長々と続く)


 ……当裁判所は侯爵令嬢マリア・フォン・マジェスタ・アリステアを無罪とする」


 裁判官がそう言った所で、従者が素早く記録水晶を止めて仕舞い込み、代わりに証書のようなものを何枚も出す。


「こちらが階段の件の無罪の証書、こちらがその他今から必要になるであろう証書の数々でございます。裁判の公平性のため、侯爵領とは関係のない領で裁判が行われております」


 レイン王子は、従者から証書をひったくるように奪い、端から素早く目を通していく。


「ヒロイーネがいじめられていた、というのも妄言……茶会での締め出しも場を混乱させない正当なもの……」


 証書を読む度にレイン王子の顔色が悪くなっていく。


「嘘よ嘘! 本当に階段は落とされたの! あいつが私をいじめて! 大体、そんな裁判知らない!」


 やり取りを見ていたヒロイーネが、甲高く叫びながらレイン王子にまとわりつく。


「こちらがミリアリア男爵家様への裁判案内の郵便受け取りサインが入った配達記録でございます。いずれの裁判も日付に余裕を持って開廷されており、そちら様に負担にならないよう馬車や日程調整等への準備金の小切手も同封されておりました」


 侯爵家の従者が無表情で、延々と説明を重ねていくも、ヒロイーネは「知らない」を繰り返す。

 レイン王子はその様子を青ざめた顔で見ていた。


「小切手は銀行渡りです。ミリアリア男爵家様が即日銀行に持ち込まれたようで、アリステア侯爵家の口座から、郵便が届いた当日に額面が引き落とされました。その引き落としの早さから言ってミリアリア男爵家様の使用人がやったのではないと推測できます。そのご様子ですと、銀行の手続きのサインの鑑定は必要ないようですね」

「だってお詫びにくれたお金だと思って。郵便なんていつも私はよく読まないわ。だって私は悪くないし」


 しんと静まり返る中に、ヒロイーネの呟きが響く。

 その言葉に周りの貴族から笑い声が上がった。


「聞きまして? これは何のショーかしら」

「招待状にはこの出し物ございました?」

「第二王子は……前々から評判がちょっと……、ああこれは私の意見ではございませんわ」

「アリステア侯爵家も男爵家に付き合ってあげるなんて人がよろしいのね」


 貴族の笑いのさざめきの中で、レイン王子は辺りを見回し自分たちの味方がどこにもいない事を自覚する。

 マリアはその騒ぎの中にあっても、穏やかに微笑んでこちらを見ていた。


「失礼する」


 レイン王子は、ヒロイーネを引きずるようにひっぱり、走り去っていった。

 マリアはそれを見送ると、ちょっと困ったように首を傾げた。


「ありきたりで面白くないわ。マカロンは色々な味があっていいわね。この異世界人から伝わったグリーンスムージー味とか変わってて美味しいわ」


 そう呟いて何事もなかったかのように、色々なマカロンを食べ始めたのだった。


「僭越ながら申し上げます。現実は面白くある必要はございません」

「ふふ……」


 従者の忠告に、マリアは声を出して笑った。


 +++


 その夜、マリアの従者は自分の部屋で記録水晶を確認していた。

 主人から預かっている貴重な記録水晶だ。

 不備があってはいけない。

 今回の簡単な茶番にもこの記録水晶は役に立った。


 ミリアリア男爵家が杜撰すぎるほど杜撰な末端貴族で良かった。

 裁判にもきちんと出て来るような家だったらまた違ったのだけれど。


 確認作業の際、パーティーで止めた先がごく小さい音量で流れる。


「無罪との事ありがとうございます。私、男爵令嬢ヒロイーネさんの事、魔術で面白半分に突き落としました。でも、無罪ですわね」


 マリア様もヒロイーネ様も嘘は言っていなかったのだ、と従者は思った。

 マリア様には困ったものだ。

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