女騎士シャルロッテは「絶対に勝ったりなんかしない!」と叫んでいる
ぜんぶ社畜生活のせいだ
「くそう、また勝ってしまった!」
1人の女騎士が叫びながら、剣を地面に突き刺す。
血塗れのその姿は、けれど女騎士の血は一滴たりとてない。
その全てが返り血である。
開拓村から少し離れた森の中に出来た、ゴブリンの大集落。
ゴブリンキングすら生まれたその集落の話を聞いた時は、心が躍った。
ついに負けることが出来るのかと、そう感じたのだ。
けれど気付けばどうだろう、周囲に散らばるのは有象無象のゴブリンの死骸と、殴られボコボコになって死んでいるゴブリンキング。
「まさか……まさかゴブリンキングのくせに私に素手で負けるとは……くっ、もう1度殺してやりたい!」
こんな暴虐に満ちた「くっころ」を王都の青年達が聞いたら泣くだろう。
彼女のせいで女騎士に夢見る青年は減ってはいるものの、「想像上の女騎士」に憧れて、本屋でちょっとエッチな目に合う女騎士が主役の本を買い求める青年はまだまだ多い。
さながら乙女を求めるユニコーンのようにピュアな……あんまりピュアじゃないが、幻想を抱いていたい年頃なのだ。
そして実は、そんな本を彼女も持っていたりする。
自分じゃ買いに行けないので買いに行かされた男騎士は、他の女騎士に汚物扱いされて泣いていた。
真実を吐露して殴り殺されるよりは、汚物扱いされた方がまだマシだ。
ひょっとすると、新しい分野に目覚められるかもしれないから未来がある。
……まあ、それはさておこう。悲しい男騎士に幸あれ。
そんな彼女……シャルロッテ・バーディガンはリーヴ王国の女騎士だ。
齢20にして、早くもリーヴ王国最強の騎士として名高い。
そして同時に「怖い人ランキング」「猛獣ランキング」「最強ランキング」など、猛々しいランキングの不動の一位でもある。
しかしながら、彼女としてはこれは不本意極まりない結果でもある。
……何故なら、彼女は……シャルロッテは、負けたいのだ。
だが単純に負けたいわけではない。
全力で挑んで、もう何も出し切るものがないくらいに徹底的に負けたいのだ。
そういう強い男が、どうしようもなく好きで好きで、たまらない。
女の子が王子様を夢見るように、シャルロッテは「最強の男」に出会う事を夢見ている。
始まりは、およそ5歳の頃。
ちょっと気になるガキ大将……もとい男の子と向き合って、出会い頭に顎に一撃。
グラリと脳を揺らされたガキ大将のボディにズドンと音の鳴るような見事なハイキックを食らわせて施療院送りにした。
後日「ごめんね、顎への攻撃は卑怯だと分かったよ。次はもっと正々堂々とやろうね」と言われたガキ大将は、盛大に漏らして数日家から出てこなくなった。
勉強も凄く良くできたので王都の学校に入学して、絡んできた悪ぶりたい年頃の貴族の坊ちゃんのボディに一撃。
紳士淑女の目の前で高貴な内容物を強制的に披露させた後、雇われたチンピラ冒険者をドロップキックで通りの向こうまで吹き飛ばし、往復ビンタで誘拐する予定だった場所を吐かせると嬉々として乗り込んでいった。
そこに居た護衛達を全員拳の一撃で沈めると、貴族の坊ちゃんは脅えて学校に来なくなった。
その後、貴族の坊ちゃんの親の雇ったアサシンの腕をへし折り「まだいける、いけるよ!」とボコボコにしたあげく、財布を差し出される段階になってようやく戦意を喪失。
それがどういう評価をされたのか、騎士科に転科することになってしまう。
そこでどうなったかはもはや語るまでもなく、騎士団に入団してからも、初日に訓練場の地面に沈めてから、騎士団長も脅えたように目を合わせてくれない。
ここまで来ればシャルロッテも自分が並外れて強い事くらいは理解できる。
けれど、それでも憧れは捨てられない。
一度冒険者ギルドに「私を倒せる奴募集」と依頼を出したこともあるのだが、今のところ依頼を受けた冒険者が出たと聞いてはいない。
もしかすると、人間じゃダメなんじゃないか。
そんな事を考えたシャルロッテは人外に目を向けてみた。
だが、結局はこうだ。
Aランク冒険者のチームが複数でも手こずるというから期待していたのに、肝心のゴブリンキングに素手で勝ってしまった。
絶望の象徴と言われるゴブリンの大集落も一日かからず皆殺しである。
「強ければいいかと思ったが……やはりゴブリンはな。もっと顔にもこだわりたい」
おまけにこの言い様である。どちらが邪悪か分かったものではない。
とはいえ、シャルロッテは極めて真剣だ。
この上なく恋人づくりに真剣なのである。
すごくタチが悪い事この上ない。
「はあ、勝ちたくない……負けたいな……」
「その願い、叶えてやろうか?」
そんな声が突然聞こえて。
シャルロッテは夢見る乙女の顔で振り返る。
「本当か!?」
「うお!?」
てっきり、なんかこう警戒したような表情を返してくるだろうと思った「そいつ」は、逆に気圧されたような表情になる。
ちなみにこの状態を「オークの巣に飛び込む若い騎士」と例える格言があったりする。
最近ではシャルロッテのせいで代替語が模索されている。
シャルロッテの乙女心で文学がヤバい。
ともかく、そいつは……その男は、明らかに人ではなかった。
筋骨隆々の身体には黒い鱗がびっしりと並び、頭には立派な角がある。
ギラリと輝く赤い目は、シャルロッテを脅えなど全くない表情で見据えていた。
「凄まじく強い人間が居ると聞いていた……お前だな?」
「不本意ではあるが、私だろう。他に居るなら教えてくれ」
是非聞きたい、そして戦いたいとシャルロッテは強く願っている。
しかし男にはそれはシャルロッテの自信に見えたし聞こえただろう、不敵な表情を浮かべてみせる。
「くくっ、なるほど。随分な自信だ」
「そう聞こえたか?」
「ああ。自己紹介しよう。俺は魔王軍四天王が1人、黒竜バガン。未だかつて、俺の防御を物理攻撃で抜いた奴など居ない……ここが、お前の快進撃の終わりだ」
それを聞いて、シャルロッテは自分の周りに無数の花が咲き乱れたような気がした。
負けたい自分に対して、お前は勝てないとこの男は……バガンは言うのだ。
一体どれ程強いのだろう、どれだけ殴っても効かないのだろうか、自分より力も強いのだろうか。
初めて負けることが出来るのだろうか?
そう考えた時……シャルロッテは顔を赤らめ微笑む。
「……好きだ」
「もう泣いても喚いても……はぁ?」
「まさか私にそんな事を言う男が再び現れるなんて! ああ、好きだ好きだ好きだ愛してる!」
叫ぶと、シャルロッテはフッとその場から掻き消える。
いや、違う。バガンが見失ったのだ。
次の瞬間、バガンを無数の拳が襲う。
アイアンゴーレムに全力でぶん殴られてもこうはならないだろうという重たい拳の連撃。
「う、うおおおおお! ほんとに人間かテメエ!」
「ああ、シャルロッテ・バーディガン20歳! 私より強い恋人募集中の乙女だ!」
「こんな拳の重てぇ乙女がいるか畜生!」
重たいだけじゃない、速い。速過ぎる。
それでもなんとか見極めながらバガンはシャルロッテの拳を防御して、それにシャルロッテは更に顔を赤らめる。
「ああ、凄い。凄いぞバガン! お前は凄い!」
「……そりゃどうも」
「これなら言える。言えるぞ……私は、私は今日こそ! 絶対に勝ったりなんかしない!」
ズガン、と。爆撃魔法のような音をたててシャルロッテが大地を蹴る。
「なんっだ、そりゃ!」
バガンも同様に大地を蹴る。
よく分からないが、ヤバい。そう感じたのだ。
だからこそこの女は此処で倒さねばならないと、バガンは全力で拳を振りかぶって。
「ぶげらおっ!?」
顔面に拳を受けて、回転しながら吹っ飛んだ。
対するシャルロッテは、無傷。
人類など軽く消し飛ばすドラゴンの一撃を、それも最凶のブラックドラゴンの一撃を受けて、無傷である。
いや、違う。ほんのちょっと殴られた頬が痛かった。
それを、シャルロッテは恍惚とした表情で愛おしく撫でる。
視線の先では、バガンが立ち上がっている。
それも素敵だ。ちょっとよろけているが、立つなんて初めてだ。
「凄い、凄いぞバガン。お前なら……お前なら、私の恋人になれるかもしれん!」
「ぐお……ふ、ふざけんなよお前。どんな育ち方すりゃお前みたいなのが出来るんだ!」
「素敵な恋を探したいという乙女心だ!」
「嘘つけええええええ!!」
「む、そうだな。ちょっと嘘ついた」
「は!? あ、いや。そうだろ? 実はなんかお前、特別な」
「ほんとは、燃えるような恋がしたいんだ。あと、ちょっと危険な恋とかもしたい。私より強い男にリードして貰いたいんだ」
この女、マジでヤベえ。
バガンは心の底からゾッとする。
関わりたくない、一定以上を超えて強い奴は壊れている事が多いが、こいつはぶっちぎりだ。
同じ四天王の連中でもここまでヤバくはない。
「ふ、ふふふ……きょ、今日はこのくらいにしておいてやる!」
「何ィ!?」
「また会お……いや、会いたくない! 永遠にさらばだ!」
「待て、私の全力はまだまだこんなもんじゃないんだ! せめて一撃!」
「うおおお、ふざけんな!」
鱗を掠める一撃に命の危険を感じてバガンは空間転移する。
そうして消えてしまったバガンの居た場所を名残惜しそうに見つめて、シャルロッテはほう、と息を吐く。
「バガン、か。魔王軍とか言ってたな」
四天王とも言っていた。
つまり、バガンのような男があと3人いる可能性がある。
いや、そのバガンより魔王は強いだろう。
しかも一定以上の魔族は魔人と呼ばれる形態をとると聞く。
ならば四天王も魔人も人間と然程変わらない姿……ということになる。
「そうか、魔族……魔族か。魔族なら、きっと」
自分より強い男達を夢見て、シャルロッテは微笑む。
この日、シャルロッテは魔族領への旅を決意する。
絶対に勝ったりなんかしない。
そんな願いが叶うかどうかは……きっと、創造神にだって分からない。
願わくば、そうした神々に会いに行こうとシャルロッテが望まない事を。