24.告白の想い人
さて、と私は深呼吸する。
大丈夫、シミュレーションNo.22141の通りに行けば、問題なくつつがなくいけるはず。
「あのね、七ツ役くん」
本当は木曜日に告白する予定だったけど、このタイミングをみすみす逃してしまうようなチキンな別役柚香とはもうお別れなのだ!
「さっき言った好きな人っていうのは、七ツ役くんなんだよ。――――ずっと前から好きでした。よければ付き合ってくれませんか」
噛まずに言えたぁぁぁぁっ!
心の中ではガッツポーズ、だけど小さく頭を下げた状態のままで、そっと反応を窺う。
頼む。
頼みますよ、神様仏様七ツ役様!
「……ごめん」
とても単純明快なお断りの言葉に、肺が呼吸を拒否した。
「俺、別役さんのことをそういうふうに見たことないし、誰か女子と付き合うっていうのも考えたことがないから。……それに、丹田の手前、付き合うのは無理だ」
「うん、そっか」
丹田くんは後で呪っておこう。
「なんか、ごめんね。断るのだって、結構、その精神力削られるよね。あー……でも、もし、七ツ役くんが良ければ、なんだけど、これからも今まで通りに話とかしてもらってもいいかな。えと、難しい、かな」
「それは、友達として?」
「うん。星のことを話す友達。もしくは同じ気象予報士志望のライバル?」
「それなら、大丈夫」
良かった。最悪の「気まずくて余計に距離を取られるパターン」は回避できたと思う。
そう安心したせいもあるんだろう。途端に涙腺が余計な仕事を始めてきた。
「あの、ごめん。今日は帰るね。また、明日学校で」
「あぁ、うん。また明日」
よし、七ツ役くんの口から「また」の言葉が聞けた!
それだけを収穫に、私は涙を見せないように本屋から駆け足で飛び出した。向かうのは駅じゃない。こんな顔で電車になんて乗れない。
歩きながら鞄からスマホを取り出し、大好きな親友に頑張ったよって報告したくて、震える手で操作する。ほら、もう12月だし、寒くて手が震えるのも仕方がない。寒いから鼻水だってすすっちゃう。目の奥が熱くなって、水がぽたぽた落ちるのは、きっと老化現象だよ。年とると涙腺が緩くなるって言うし!
通行人の邪魔にならないように裏路地に入り、通話履歴から梓ちゃんの名前を拾い出して、指先が「通話」をタップしようとしたとき、突然、肩をぽんぽん、と叩かれた。
「っ!」
振り向いた先にいるのは、30代ぐらいの男の人。顔は普通。でも、顔はにたにた笑っている。
やばい。
涙はあっという間に引っ込んだ。
やばいやばいやばい!
私の視界の端は、その人の足元をちゃんと捉えていた。視界の端で物を見るのは、この2年ですっかり得意になったからね! だから、ロングコートから覗く足に紺色の靴下がばっちり見えてるよ! 逆に見えるはずのズボンの裾が一切ないのもね!
「キミはかわいいから、特別にいいもの見せてあげるよ」
「……っ」
口の中がカラカラなのが分かる。というか、どうしてこういうときに限って声が出ないの。去年の春休みに梓ちゃんと遊園地に行ったときには、ジェットコースターでばっちり絶叫できたじゃん! あれを思い出すんだよ私の喉!
「ほーら」
「いやぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
そこからは、思い出したくもない。
・:*:・・:*:・♪・:*:・・:*:・
「柚香!」
「お母さん……」
焦った様子のお母さんが、迎えに来るなり私のほっぺを鷲掴みにした。痛い。痛いよ。
「ケガはない? 大丈夫なのあんた!」
「だだだだいじょじょじょじょ」
「お母さん落ち着いてください」
付き添ってくれた人が、お母さんを押し留めてくれた。助かった。ありがとうお姉さん。
「お母さん、こちらで簡単に事件について説明させていただきますので、どうぞ」
事件。
そうだね。事件だったね。
たぶん今後も続く人生の中でも、1位2位を争うほどの大事件なんじゃないかな。
落ち着いた今なら冷静にさっきの出来事を振り返ることができる。
薄暗い夕方だというのに人の少ない路地に入った私。
そこに目を付けた相手が、私に声を掛ける。
私が怯えていると見て、コートの前を開いた相手……まぁ、つまり露出狂の変態さんなんだけれど、ちょうどそのとき、私の恐怖が頂点を超えて、絶叫しちゃったんだな。ついでに身体が勝手に動いてしまった。――――オブラートに包んで言えば、相手が見せつけてきた男性の象徴を蹴り上げてしまったわけで。
蹴り上げについては弁明させていただきたい。ちょっと心配性の兄が、私に「何かあったらこれが一番!」と金的を蹴り上げることを推奨していたことと、父もそれに乗っかって、具体的に蹴り上げ方の指導をしたという背景があるんだ。ちなみに父はアマチュアとはいえ若い頃に総合格闘技を嗜んでいた時期があって、それなりに本格的だ。もちろん、今は普通のリーマンだけど。
まぁ、色々とあったけど、悲鳴を聞いて駆けつけてくれた善意の人が見たのは、うずくまっている全裸コートの男と震えながら立っている女子高生だったので、そこから先は特筆すべきこともない。誰かが呼んでくれたお巡りさんによって変態は確保。ついでに私も保護されて、自宅の方に連絡がいった、と。
「柚香」
「うん」
警察のお姉さんから事情を聴いて、何やかんやの書類にサインしたお母さんは、ようやく帰れるという段になって、私の名前を呼んだ。
「とりあえず、新しい靴を買いに行きましょう」
さすが母親、分かってるぅ!
そうなんだ。もちろん変態に遭遇したショックはあったけれども、とにかく何より先に、変態さんのアレに接触した靴をどうにかしたくて仕方がなかったんだ。
うぅ、丁度こなれてきて履きやすくなった靴なのに。勿体無いが、かと言って、拭いたり擦ったりワックス塗った程度じゃ、この靴に対する忌避感はぬぐえない。
閉店前に駆け込んだデパートで、私はめでたく新しい革靴をゲットしたのである、まる。
「とりあえず、できるだけ早く忘れることね」
「うん……」
混乱していたから、そこまで記憶が鮮明なわけじゃないけど、フラッシュバックする可能性も否定できない。とりあえず、熱いお風呂に入って、夕飯食べて、前に梓ちゃんからよく眠れるってオススメされてた耳かき動画でも見ながら寝よう。今日、学校を出てからの記憶なんて、チョキンと切り離してゴミ箱にポイだ。




