第一話「はじまりの事件簿」
西暦2218年、4月1日 時刻は10時01分――――東京
天気は雲1つない快晴。世間では、新入社員の歓迎会などイベントが目白押しの1日である。この日新たな社会人の第一歩として期待に夢を膨らませるもの、この先うまくやっていけるか不安なもの、様々な思惑が入り混じってこの日を迎えた若者がたくさん居るだろう。
私も当時はそんな気持ちで新社会人を迎えたものだ。警察学校での入校式。ある男は来賓席でふと昔の思い出にふけっていた。
――彼の名前は『岡島 進』 役職は魔法部 魔法特務課 課長。
今年で30になる。警察学校を首席で卒業後、警察庁で約2年間実務を経験し、その後
警視庁 魔法部 魔法特務課に異動。そこで歴代トップの若さで警視正となる。いわばキャリア組だ。
「暑ちぃ・・」
岡島は額に流れる汗を拭った。
4月の頭というのに今日の気温は24℃。東京ドーム3個分もあるといわれる中央グランドは何一つ日陰になる建物はない。太陽の直射日光を浴びて汗を拭う研修生の姿が見て取れる。警察学校の入校式は例年決まってこの中央グランドで行われる。
「宣誓!!」
「私は日本国憲法、法令、条例その他の諸法規を忠実に擁護し、命令を遵守し警察職務に優先して、それに従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものも憎まず、良心のみに従って公正に警察職務の遂行にあたることを厳粛に誓います!」
宣誓書を声高らかに読み上げる研修生を見て岡島は深いため息をついた。
「どうしたよ?岡島くん」
黄色いファイルを片手に団扇のようにパタパタさせながら、岡島の隣に座る髪の毛ぼさぼさのヤサ男。
彼の名前は『藤堂 雄介』 役職は刑事部 捜査第二課 課長補佐。
岡島の同期だ。見た目からしてとても刑事には見えない。それに加え無類の女好きである。
「んー?いや、なんて言うかね、この中で生き残れるのはどれくらい居るだろうと思ってね・・・」
「うわ・・そんなこと考えちゃう?」
にやけつつ、藤堂は続けて言った。
「僕ちんは、かわいい新人の女の子をずっと品定め♪今年は上玉が多いねぇ♪」
「お前去年も同じこと言ってたな。毎回玉砕するくせに。てか上玉って・・」
岡島はあきれつつ答えた。
「おーおー。出世頭が言ってくれるじゃないの。」
「まぁでも岡島の言う通り、警察学校の研修生活はマジできつかったけどね・・」
藤堂は真剣な顔だ。
警察学校は警察官が研修を受けているのではない。警察官になりうる適正がある者を研修生活で更に選抜する。警察学校を卒業して晴れて警察官と呼ばれることになる。
「魔法科が一番大変だったねー・・俺は赤点ギリギリだった」
藤堂はそう答えると、持っていた黄色いファイルを机に置いた。
「魔法が無い前世紀だったらどんなに楽だったか・・」
――――『魔法』
この世界を大きく変えた万物。西暦2055年、地球に衝突した隕石によって、人類は
魔法が使えるようになった。地・水・火・風・雷と様々な現象がこの世にあるが、これを
すべて『人』を媒体として具現化できる。いわば人が核となり熱量を作り出すことができるようになったのだ。この魔法は人類の進化において必要不可欠なものである。
水道水や原子力発電所、電車を走らせるための電力、料理に使うガスコンロやお風呂等、人々の生活に欠かせないものは全て魔法が発するエネルギー元から作られるようになった。これにより資源消費の削減や環境汚染の緩和にも一役買っている。
しかし、いいことばかりではない。この魔法を悪用する輩が出てきたのだ。戦争では殺人兵器として、近年では詐欺行為や企業犯罪などにも使われるようになった。
そこで各国の代表者が集まる首脳会談で早急な対策が講じられ、魔法の使用を制限する法律、『魔法律』が制定された。この魔法律の下、魔法を使って犯罪を働いているものを取り締まるのが警察組織である警察庁並びに警視庁としての新たな職務となっている。その職務を確実に遂行する為に、魔法の適切な使用方法やその法律についてこの警察学校で学んでいくのだ。
「警察官とは国民の身の安全を守ることを最優先とし行動しなければなりません。職務中は勿論のこと、プライベート中であっても。国の治安を維持する使命があることを常に意識し、研修仲間と共に協力し合い、この国の未来を担ってほしいと切に願います。」
―――入校式の締めくくりとして、警察組織のトップである警視総監の長い『お話』がようやく終わりを迎える。
♪♪♪♪♪♪
突然岡島の携帯が鳴る。
「―――はい。岡島です」
岡島は真剣な表情になった。
「―――わかった。すぐに向かう」
「何かあったのか?」
「新宿で通り魔事件が発生した。犯人は未だ逃走中とのことだ。」
「おいおい・・まじかよ・・・」
「俺は現場に向かう。現行犯だから二課は出番ないかもな」
岡島はわざとらしくそういうと携帯電話を胸ポケットに閉まった。
「いやいや。そうとは限らないなぁ。ネット掲示板調べて殺人予告とかあったか確認してみるよ。」
藤堂は黄色いファイルを机から取るとそれを岡島に差し出しながら言った。
「これは?」
◇◇◇◇
新宿 時刻は12時16分。
警察学校のある府中から新宿までは30分ほどかかった。岡島は急ぎ足で事件現場の明治通り交差点へ向かう。事件現場には大勢の人が集まっていたのですぐに分かった。
人だかりをかき分け、現場に着いた途端そこには凄惨な風景が広がっていた。
「・・・これはひどいな」
岡島の顔が引きつっている。
上半身と下半身が真っ二つにされ、見るも無残な状態の死体(断定)。胸に大きな穴が二つ開けられ、心臓がえぐり取られている死体(断定)。首から上が無い死体(断定)。その他にも血を流し横たわっている人々が大勢いる。
「岡島特務課長!!」
役職名を言われるということは関係者と理解し、振り向くとそこには長い髪を後ろに束ねている小柄な女性がいた。ちなみに胸が大きい。Eカップはあると思う。
「・・・何かセクハラっぽいこと考えてませんか?」
「いやいや藤堂じゃあるまいし」
「ですよね!存在がセクハラな藤堂補佐じゃないですもんね♪」
藤堂。すまん。助かった。
彼女の名前は宮 優梨佳。 役職は万世警察署の所轄刑事。
警察官になってまだ1年しか経たない新人だが、仕事の手際はかなり良い。明るい性格で所轄を盛り上げてくれるムードメーカでもある。それに胸が大きい。ほんとにいい胸だ。
「・・・監察官に報告しますよ?」
「すまん」
胸を凝視していたところを気づかれた。
「報告します。事件発生時刻は10時25分頃。被害は死亡15名、重傷者6名、軽傷者2名です。通報を確認し10時32分、警察官が現場に到着した時には既に犯人は逃走していたとのことです。目撃情報は多数確認されています。」
宮は淡々と状況を報告した。
「逃走経路についてですが―――」
「中野の方面か。」
岡島は宮が報告しようとしたことを先に答えた。
「何でわかったのですか?」
「被害者の位置だ。みんな西の方へ向いて倒れている。しかも等間隔に。これは恐らく犯人は、自分の進む方向にいる障害物(人間)に対して危害を加えながら逃走したと推測できる。」
「被害者の倒れているポイントを線で結んでいくと―――」
犯人の逃走経路の道筋は丁度ここから西を指していた。
「お待たせしました!特務課長。」
スーツ姿の男女が5名。魔法特務課の捜査員だ。
「被害者の状況と、現場の様子を見たところ明らかな魔術痕跡がある。これより新宿通り魔の現行犯として犯人を追う。」
魔法を使うと必ず『魔術痕跡』といわれるものが残る。これは、DNAと同じようなもので魔法を使用した人固有のものだ。この魔術痕跡は事件解決において指紋と同じくらい重要な証拠となる。
「承知しました。しかし、魔法を使って大量殺害を引き起こした凶悪犯です。魔法の使用許可を受けてからにした方がいいのではないでしょうか?それに加え、『アレ』の使用許可にも相当時分かかる見込みが・・・」
捜査員はやや言いにくそうに岡島に進言すると、
「その心配はいらないよ。」
岡島は即答した。
◇◇◇◇
中野坂上駅。人通りの少ない雑居ビルの屋上――――
「くそ・・こんなはずでは・・・」
ぼさぼさな髪型に白いTシャツを着た男。ボロボロのジーンズは血が付いていてすでに黒ずんでいる。
「警察なんかに捕まってたまるかよ・・」
男はよろけつつ前を見据え歩きだす。とそこに遠くからパトカーのサイレン音が聴こえてきた。
「何・・?もう気付かれただと・・」
パンッ!
拳銃の発砲音が鳴り響く。
「!!」
顔を上げるとそこには捜査員が5人。すでに包囲されていた。
「見つけたぞ。犯人。」
「発砲許可は下りている。魔法を使って大量虐殺した凶悪犯には全く効果はないと思うがな。」
「岡島特務課長。宮 巡査より御茶ノ水駅周辺半径1km地点を災害対策基本法第63条に則り限定警戒区域に指定。大衆の避難誘導を行っているとのことです。」
「分かった。じゃあまだ『アレ』は使えないか・・」
とその時冷たい風を感じる。
「この感じ・・奴め・・」
「捕まってたまるかよぉぉぉ!!!」
男は手を振りかざすと同時に、氷の塊が頭上から降ってきた。
「うおっと!!」
岡島を含めた捜査員は一斉に回避体制をとる。
ゴッ!!!!!!!!!
大きな音を立てて、氷の塊は地面に直撃し粉々に砕け散った。
「事前に詠唱で魔法生成物を作っていやがったか・・」
頭上を見たら氷の塊があと4つ空中に浮いている。
「ハーッハッは!!こうなったらどうにでもなれだ!!」
ブオン!!!
男は再び手をかざし、氷の塊を岡崎の方めがけて飛ばしてくる。
「知っているぞ!警察は魔法犯罪に対してのみ魔法を行使する!!しかしそれには上層部から魔法の使用許可を取らなければならない!そしてそれにはかなりの時間がかかるということもなぁ!!!」
ゴゴゴゴッ!!!!!!!!!!!
4つの大きな氷の塊は岡島達を直撃する。すると氷の塊が砕け散りあたり一面白い霧で覆われた。
「くたばったか・・・?」
霧が晴れていき。周りは氷の破片が散らばっている。そこに無残に押しつぶされた死体があるはずだ。
―――――しかし、岡島達は倒れていなかった。
「!!?」
無傷。一切の汚れさえついていない。
「バカな・・魔法障壁だと・・・もう魔法の使用許可が下りているなんて・・」
男の顔は引きつっている。
「残念だったな。お前の身元も判明している。」
「―――門倉 宗太郎。新宿通り魔複数の民衆の殺害で現行犯・・・逮捕する!!」