塩味の夜
望んでいないサプライズは、誰だって怖がるし嫌がる物になる。嬉しく無いのと困惑との感情がぐちゃぐちゃに混ざって混乱させて、ただその場を揺るがすだけの衝撃にしかならない。今の私の心境はそんな感じだった。
私の人生を変えた張本人は、呼んでもいないのに私の前に現れた。
「どうして、あなたがこんな所にいるの……」
「お前に会いに来たからここにいる」
「私に……? どういう訳だが知らないけど、私は会いたくなかった……。出来る事なら忘れて、忘れたまま一生を終えたかった……」
「お前に聞きたい事がある。……って言っても今の状況じゃ無理か?」
「……こ、この町の暴動、もしかしてとは思っていたけれど、あなたが仕向けたの……?」
「あぁそうだ。理解が早いのはさすがエルフの知性だな」
「ぐぅ……っ!」
悪魔は何の悪びれも無く言った。遠回しに馬鹿にして、雑種だと言う事を馬鹿にして、この男は……。監獄に連れ去るとアザレアさんのお兄さんは行っていたけれど、不死身の如く帰って来てしまった。本当に他人を不幸にしかしない人間。
「……あなたの力ならこの状況、どうにか出来るでしょう! やってみせなさい! ……うぐ……っ!」
「大声を出すなよ、何箇所か刺されたんだろ? ……お前だってそのオーガの力を使えば、あんな奴返り討ちにする事だって出来た筈だ。何故やられっぱなしだった」
「……どうしてそんな事が気になるのよ、今までのあなたならそんな事……。……まるで人を知ろうとしている様な」
「良いから答えろ!」
いきなり怒鳴ったりする所は変わっていない。だとしたらこの違和感は何……? この、ぬめぬめする感覚は何……? この男は、最後に合った時と少しだけ変わっているのだけはわかるけれど。
「あなた様、お久しぶりですわね」
「アザレア……、それとポンコツメイドか。お前らも何故突っ立っているだけで何もしていないんだ、こんな町の連中なんか手に掛けるのは簡単だろうが」
「スノーさんに頼まれたんですわ、手は出すなって。だからそれを尊重してしているんですわ」
「同意。奇しくもメイドも同じ意見です。」
「……ちっ。意味わかんねぇ……。おいスノードロップ、明日の夜あの森に来い」
「あの森……? って私の家……?」
「それだけを言いに来た、お前なら明日には治ってるだろうからな」
そう言って子の男は振り返って帰ろうとした。告げるだけ告げて、私の体の心配なんてしてくれて、柄にも無い気味の悪い行為を振り撒いて回る様な人間でも無いのに、違和感だけがべっとり付着し私の意識はそこで途絶えた。
意識が戻ったのは数時間先の事だった。お城のベッドで手暇な牛の様にごろごろしている所で目が覚め、理解するのに多少時間を要したが現状を知った。
「暴動は!?」
「収まりましたわ」
「……アザレアさん、その傷は……?」
「誰も傷付けずに止めるのは苦労しましたわよ。あぁ、疲れましたわ」
体に複数の傷が見えた。けれど、それでも私に笑って見せたアザレアさんはやっぱり強い。
「GMさんは、どうしたの?」
「充電中ですわよ」
「あ、あの人充電式だったんだ、大変ね。……二人ともちゃんとやってくれたんだ、私の言った事を守って……」
それなのに私は、無駄な呼び掛けをして無駄な傷を増やし、無駄だったと知りながら無駄ではないと否定して、そうやってなんとか保っていたのに、これではただの道化。何の力にもならなかった。
「ユリー・フレゥールに会いに行っている場合では無いわね、暴動なんて一時的にしか止まらない、再発を防がなければ何の意味も無い」
「いえ、多分大丈夫ですわよ」
「……慰めてくれているの?」
「スノーさんの呼び掛けは無駄では無かったんですわ。時間は掛かりましたけれど、住民の半分くらいは手を止め考える事をしていましたわよ。残りの半分はどうにかするしか無かったですけれど。……それとごめんなさいですわ」
「どうして謝るの?」
「一階に当たる部分の壁、ほぼ破壊してしまいました。ごめんなさいですわ」
「……ふふっ。その不器用な方法、アザレアさんらしいわね」
「どうしても何かを壊して力の差を見せ付ける必要があったのですわ」
その方法は下手したらさらに問題を加速したかもしれないけれど、事実誰も傷付けずに暴動を鎮めたと言うのなら何も問題ありません。
「私の仕様も無いわがままを聞いてくれて、ありがとうございました」
「えぇ。傷は大丈夫ですの?」
「既に塞がって来ているから、多分もう数時間もあれば完全に塞がると思う。心配してくれてありがとう。……それと、アザレアさんは機械に詳しい?」
「え? えぇ、まぁある程度なら知ってはいますけれど」
「機械の事を私に教えて、GMさんは私が直す」
「わたくしがやりますわよ? そんな体じゃおつらいでしょう」
「責任者だから、それくらいの事はさせて。そうでもしないと、何の為にいるのかわからなくなる」
ここにいる理由を示す為に機械に触る訳ではないけれど、ユリー・フレゥールが言っていた「あの森に来い」と言っていた事が気がかりでならない。仮に私達が着いた途端にあの力で無力化されるかもしれない。何の話があって呼んだかわからないけど、用心に越した事は無いのだと思う。いえ、あの男を売ったのだから復讐をしに来た確立の方が高い、あの男は他人を見下し自分を上げる様な人間。だから慎重にしなければならない、私も話したい事があるのだから、その為に。
「アザレアさん、あなたのお兄さんって何者だったの? 弱体化の力を持った悪魔を簡単に捕らえてしまって」
「ただの咎め人ですわよ。犯罪者を捕まえて回っている、それだけの人ですわ。お兄様に理由は無いですわ「ただそれだけの人」と言うのが的確ですわね」
「アザレアさんの家にはいつか行ってみたいものね、私の考え方が変わりそう」
「いつでもご招待しますわ。でも、今は無理ですわよね」
「そうですね、この町を直して、ユリー・フレゥールを正すまでは。その後でゆっくり話しましょう」
「楽しみにしていますわ」
それからは機械の事を学び、出来る限りの事をした。GMさんの体は思った以上にボロボロで油だの武装だのが殆ど無くなっていた。残された時間は殆ど無く、それでも何とかして最低限の事は出来た。
刺された傷も癒えている事を確認し、布団に包みながらしこたま泣いた。自分の情けなさに自ら引きながら、人生で初めての悔し涙を流す事になった。とてもしょっぱい明け方だった。




