壁を壊して出れば良いが面倒事は避けたい所
俺の腹には二つ傷口がある。
近い期間の内に二人から刺され、その両方が男だった。一人は町の路地裏で、一人は玉座の間で。それ以上は名前も性格も知らないが、この俺に刃物を付きたてた人間など見つけ次第殺すつもりでいた。
その二人の内の片方が目の前にいるのだから、気分も高まると言う物である。
「お前、逃げる時俺に言った捨て台詞覚えてるか? 「今度は殺しに来ますね」だ。それが今はどうした、体中ボロボロの生ゴミみたいになって」
「そのセリフ、覚えて無いですねぇ」
「今のその状況で俺をどう殺すってぇ!? 無様だよなぁ! あんなセリフを吐いて置いて、次に会ったのがこれだ! 俺なら恥ずかしくて生きていられねえよゴミが!」
「あれぇ? もしかしてなんですけど、お腹の傷増えてます? もしかして、もしかして、僕以外に誰かから刺されたのかなぁ?」
「あ……?」
「そんな意味のわからない力を持っていて、誰かから刺されるのかなぁ? それでやっと人と同等なんて僕なら恥ずかしくて生きてらいれないね」
…………癇癪に触れてくる喋り方をしてくる。人を刺しといてその言い草。
「お前の相手なんかしてる暇はねえんだよ」
「まぁそう言わず、僕と会話でもしましょう。ここ暇で暇で」
「おい! いつまでもガタガタ震えてないで立てよ雑種!」
駄目だ、何やっても動きそうに無い。ちょっと叩いたり引っ張ったりしたがどうにも動かない。こんな時に面倒事を起こしてくれるなよな、なんなら置いて行ってもいいがこいつがいないともっと面倒な事になるのが痛い。
こうなれば正気になるまで引っ張っていくか。
「待って下さいよぉ、ここから出るつもりなんでしょう?」
「俺はゴミの相手をしているほど安い時間を持っていないんだ、その汚い場所で一生を過ごしてろ」
「僕の鎖が繋がれている付け根の部分あるでしょう? そこの裏側が出口なんですが、それに興味が無いのなら頑張って脱出してください」
「……だから?」
「その変な能力でどうにかして下さいよぉ」
「どうせ壁を弱体化させてから鎖ごと引き千切ろうって魂胆だろ? 騙されねえよ」
「あぁ、その能力って弱体化なんですね」
は? ……まさかこいつ、鎌をかけたってのか……?
「大体予測は付いていましたが今ので確信へと変わりました。そんなあなたに質問です」
俺を試すような奴は、殺してしまった方が俺のためだ。これから世界を統べる王となる存在に、こんな無礼者は存在してはならない。多分まだ追っては来ないだろう、直ぐに終わらせれば問題無い。
「僕と組んで、ここから脱出しません? ぐえ」
「こんな指先一つで壊れる鉄格子なんかで俺を拘束してたのかと思うと、全く頭痛くなってくるな。……で? 何だって?」
「その鉄棒で腹を突くのは止めて下さい苦しいです痛いです。もう一度言いますよぉ? ここを逃げる為のルートを知っているので、一緒に脱出しましょうと提案したんですよぅ」
「何? 囚人のお前が? ……そんなわけあるかよ」
「本当ですってぇ、一度ここの地図を見たことあるんで覚えてるだけですぅ」
「尚更信じられねえな、一度見ただけ覚えられるなら何故捕まっている?」
「質問の意味がわかりませんが、そりゃあ記憶力だけではどうにもならない事だってありますよぉ。……で、どうする? 僕と行くか、行かないか」
「…………」
即座に「行かない」とは言えなかった。俺と獣だけでは道は知らないし、不安ではある。こいつの小賢しい所は体験済みだからどうにか出汁にして転がしながら進むくらいの利用価値はあるか……?
だがこいつは俺を刺した張本人……。
「どうすんですかぁ? このままここにいたら兵が来る事必至。さぁさぁどうするどうします?」
「…………、お前、ここを出るまでが余命だと思えよ……。 …………行くぞ」
「お? 中々物分りが良いですねぇ。感謝感謝」
そう言って、犯罪者は鎖を引き千切った。床に残骸が散らばり、その音で誰か駆けつけて来るんじゃないかと思うほど雑に外した。
今回だけだ。今回だけで利用させて貰う。憎たらしい顔を振り撒くこいつも、汚い血の流れた雑種のあいつも、ここを気前良く出る為に今はただ利用するだけだ。
「ふぅ、疲れた。……あれ、この人はどうしたんで? 震えてばかりの子猫ちゃんかい?」
「うるせえよ。お前は黙って出口まで歩け」
「人使いの荒い人だ。そんなんじゃ嫌われますよぉ?」
「嫌うと言うのは人がやる事だ。俺を嫌う奴は人じゃねえよ」
「とんでも理論、出ましたねぇ。こんな場所にいる訳だ」
ぺらぺらぺらぺら良く喋る。自分が窮地を脱したからって浮かれて浮いて、鬱陶しい。
「……もう黙れ」
「どこから来たか知りませんが、ここは殺人の罪で入れられる棟でしてね。ところで、あなたは何人やったんで?」
「黙れと言っている!」
「わーこわい。もうちょっと冷静になって下さいよ。ほらほら、お仲間のあなたも獣みたいにいつまでも震えてないで、この人に何か言って下さいよぉ」
「ひっ……! もうしません、ごめんなさい……。今度は失敗しませんから……」
「うわぁ、この人病気ですかぁ? 何言ってるか全然わかんねえやぁ」
……これからこんな奴らとお手手繋いで仲良くいかないといけないのか……? 何かおかしいぞ俺の人生、どうしてこんな不運に見舞われるようになった。いつどこで狂った。
そうだ、サンバークの国民に川に流されたからだ。それで俺は……、いや、あいつらには罰を与えてこの世から消した。他の事が原因で狂ったんだ。何だ……、他の……。
スノードロップ……? あいつのせいか……? そうだ、あいつがいなければ俺の人生も変わっていた。あいつが何かしなければ、俺がこんな所にいる筈も無い。
そうだ、そうだ、俺を売った奴らがすべて悪いんだ。……罰を与えねばなるまい、それが下々の上に立つ王の役目なんだ。
「あれあれ、誰か来てません?」
「……何?」
「ほら、人の気配がそこかしこに」
「お前もこいつと同じで、誰がどこにいるのかってのがわかるのか?」
「そこまではわからないね。ただ気配がするだけで、人数も場所もわからない」
つっかえねぇな。
あいつらに見つかったら応援を呼ばれて厄介な事になる、出来るだけ見つからないように行動したい。……となると相手の位置をある程度知るのは最低条件。なのにそれが出来るやつは俺の隣で蹲って震えているばかりでどうにもならないのだ。
となると、このまま敵に見つかってわいわい騒ぎながらここを出るしかないか……。かなり疲れるだろうが仕様が無い。腹を括ろう。
腹を括る? 俺が諦める? いや、それは無い。この神に愛されし人間が自分の信念を曲げる事などあってはあらない。
「おい! いい加減に目を覚ませ動物風情!」
「いや……! ごめんなさい……、反省しています……!」
「このまま前を向かなければ死ぬのは自分なんだぞ! そうやって震えているだけで何になる! それとも死にたいのかお前は!」
「死……!? いや……、まだ死にたくない……、殺さないで……」
「だったら音を聞け! 生きる為の福音を探れ!」
「ど、怒鳴らないで……、下さい……」
「お前が今必要なんだよ! とにかく聞け! 教えろ!」
「ひ、必要……? 私、が……?」
「そうだ! 今それが出来るのはお前だけだ!」
「…………やってみます」
そう言って雑種は目を閉じた。
やっと自分の存在価値を見出したか。全く手間掛けさせやがって、怒鳴った程度で動けなくなるのなら最初に言っとけよ。
「三人……、右からの通路からこちらに近づいて来ています。左からも一人……。ですがこの階段の上からは音はしません」
「そうか、便利な特技だな。……おい犯罪者!」
「どうしたんだい、犯罪者仲間のリーダーさん?」
「この上は何がある?」
「知らないけど多分倉庫じゃない? 兵が色々上に持って行ってるしねぇ。資材とか僕のナイフとか」
「あぁ、そうかよ」
なら一旦上に行くしかないか。その後は……、後で考えるか。
俺は無事に帰るんだ、自分の国に。
残してきた奴らに、復讐をする為に。




