逃避
もしかしたら。
もしかしたら、微塵の確立で、ゴミほどの可能性しか無いことだろうけど、一つの考えが頭をよぎった。こんなありもしない仮定を持ち出すことなどアホのやる事だが、それでも一つだけ思い浮かんでしまった。
過去の他人との会話でもたびたびおかしいとは思っていたが、それは相手が頭の足りない脳足りんなんだと、そう納得して来た。
して来たが、もしかしたらと。
もしかしたら、知らなかったのは俺の方なのかもしれない。様々な物、所謂一般常識と言う物が欠けているのかも知れないと、かすかにそう思ってしまった。
いや、違うか。俺が欠けてるわけ無い。何せ天才なのだから。
誰よりも上を行っている存在の俺が、まさかそんな事。変な場所に閉じ込められて頭が回ったか? そりゃそうだ、目隠しをされて無実の罪で閉じ込められれば多少はおかしくもなる。
ふざけるな、俺はおかしくなんて無い、何を言っている。さっきから意味のわからない自問自答を繰り返して何がしたい。
そりゃ答えが知りたいんだろう。
答え?
求めているんだ、自分が何を知っているのか。
そもそも俺が間違っている訳が無い、間違っているのは世界のほうだ。雲が赤だと言えば赤になる。それが王と言う物だ。
――――――――。
「お食事、持って来ました」
「……そこに置いとけ」
「今日は元気が無いですね?」
「こんな場所で元気になれって? アホか?」
「そんな口の利き方駄目ですよ? きっと記憶を失う前は、もっと綺麗な心の持ち主だったに違いありません」
記憶なんか失ってないし、生まれてこの方ずっとこの性格だ。水の様に澄んでいる宝石みたいな性格だ。これ以上綺麗にならねえよ。
「おい、お前の知っている事を全部教えろ。ここがどこなのか、無実の俺が何故拘束されているのか、他の町の事、全部」
「ここの事は私が下っ端なので言えません。何故拘束されているのかもわかりません。他の町の事と言っても何を話したらいいのか……」
……イライラするだけ無駄だ。こいつから情報を搾り取るまでは気を沈めろ。最後に捨ててやればそれで済む話なんだ。
「俺がここに入って何日だ」
「そうですねぇ、多分二日くらいです?」
「お前は何故俺の所に来る」
「ご飯を届けに来てるんですよ。私、下っ端ですから」
「この建物には何人いる?」
「決まった道を進んでいるだけですのでそう言った数はちょっと……」
下っ端に期待するだけ無駄か。この程度もわからないんじゃろくな情報を持っていそうにないな。
少しでも役に立たせるか。
「移動中にすれ違った人数を何か紙に書いて寄越せば良い、それくらい出来るだろ」
「あ、えっと……、文字を書いた事が無いのでそれもちょっと……」
「あ? 文字書くことさえ出来ないのかよ。……つっかえねぇ……」
文字も書けないろくな情報も持っていない、臨機応変のりの字も無い予想以上の役立たずだったな。ただ飯を運んでくるだけの雑用、そこら辺のゴブリンだって出来る。
何て運が無いのだ俺は、少しでも期待した俺が馬鹿だった。お前の立場なんかしらねえから黙って言うとおりにしとけば良いんだ。誰も言う通りに行動しないから、俺がこんな目に会っている。
…………こうなったら。
「あああああああああ!!!!」
「ど、どうしました!? 大丈夫ですか!?」
「目が! 目が痛い! ああああああああ!!」
「め、目ですか!? ちょっと静かにしててください、今目隠しを取りますから!」
「は、早くしてくれ! 痛い! 痛い! 痛い!」
「ふっ……! か、固い……。もう少し待ってて下さい、直ぐに……!」
そうだ、その素直さがお前の唯一の取り柄だ。そうやって、はいはい動けば痛い思いもしなくて済む。
取れ、早くしろ、これさえ無ければ俺はどうにでもなる。
早くしろ。早く。
「む……?おい雑用! 貴様何をしている!?」
少し離れた所で男の声が聞こえた。怒っている様な口ぶりだが、それも犯罪者に近づいているのだから当然である。
「あれほどこいつに近づくな言っただろうが!! 今すぐ離れろ!」
「ち、違うんです! この方が目が痛いと訴えていて……、それで……!」
「知った事か、そんな犯罪者の言い分など! 痛がらせておけばいいのだ! ……離れろと言っているだろうが!!」
「あぅ……!」
何が起こっているか見えないからわからないが、鈍い音を聞くに男に殴られているらしい。
命令違反を犯した人間は国に対する重罪、この女は後々処刑されるだろう。俺に関わったのが運の尽きだった、俺の為に働いて俺の為に潔く死んでくれ。
最後にお前は、いい活躍をした事だけは覚えておいてやる。
「雑用の癖にでしゃばった真似をしやがって! ただ飯を運ぶだけの簡単な仕事も出来ないのか!! 言い付けを守る事も出来ないのか!! 自分の身をわきまえろこのグズが!!」
「……いや、こいつは自分の立場をわきまえている。将来良い下僕になるだろうな」
「何だと!? お前も口を慎め犯罪者が!! 自分の侵した罪を一生償う為にそこにいるのだろうが!! 反省をし…………? お前、目隠しはどうした? ……まさかっ!」
「もう遅い」
俺を縛り付けていた鎖や縄と言った拘束具が朽ち果てていく。こんな簡素な物に縛られていたかと思うと反吐が出る。
汚い場所だな、ここで二日くらいは過ごしてたってのか。全く溜め息も出ない。
「どうやって拘束を外した……? いや、それが噂に聞いていた変な力と言う物か」
「変な力とは言ってくれるな、天才で選ばれし人間がこの程度持ってて当たり前だ」
「そんな物持っていようが犯罪者に変わりは無い、……何かあれば殺しても良いと言われている、文句は言うなよ」
「たかだか剣一つでどうにか出来るほど、腐ってねえよ。諦めろ」
「やってみない事には、……わからないだろうが!!」
わかるさ、やってみなくても。剣を突き立てながら走ってくる姿が滑稽に見えて仕方が無い。鉄壁を指で貫こうとしているのと何ら変わりない、無謀な行為をしているのだからアホだろう。
雑魚は自分を雑魚と知らないから立ち向かってくるのだ。そういえば前も同じことをされた、こうやって俺に攻撃してきた馬鹿が。
名前なんだったかな、あの村人。……まぁいいか、どうでもいい。とりあえずあの剣を弱体化して、この面倒臭い行事を終わらそう。
その後でこの憲兵に罰でも与えればいい。本当に滑稽でならない。
「死ねよ! 犯罪者!!」
「危ない!! うぐぅ……っ!」
弱体化しようとしたその矢先、目の前を影が覆った。人一人くらいの大きな影。飯を運んで来ていたであろう女が俺の前を立ち塞がった。
体中毛だらけの、どちらかと言うと人より獣に近いくらい離れた見た目。尻尾も獣の様な耳も生えているのにシルエットは人間。こいつはこんな見た目をしていたのかなんて場違いな考えを思ってしまった。
その背中から鋭い切っ先が綺麗に飛び出ていた。血は赤かった。
「あ……? やってんのお前……?」
「に、逃げて下さい……、無実の方が居て良いような場所では、ありませんから……」
「くそ……っ! どけよ雑用!!」
「あぁ……っ!!」
最早獣と言っても差し支えない女はゴミの様に放り出され、血の道を作りながら転がった。
例えこいつがゴミ同然の存在価値は無い、大気を食い潰すだけの汚染物質だろうが、乱雑に扱われているのは見ていて気持ちの良い物じゃない。
俺がやる分には問題無いが、それをしているのが身分がゴミなこの男だと思うと無性に来る物がある。
「だから俺は人以外雇うのは止めろと言ったんだ! これなら従順な分、犬の方がマシだ!」
「お前はそいつより役に立ちそうに無いな」
「減らず口を叩くな! 貴様はここで死ぬんだよ殺人犯が!! …………ぐっ……!?」
「お前に空気は勿体無い、吸うな」
酸素濃度の弱体化。なるほど、こういう使い方も出来るのか。生きる為の燃料を根本から排除する。
なんて簡単なんだ、人を無力にするのは。ただ立っているだけで誰も近寄れない、触れない、目を失わない限り無敵だ。
このまま放って置けばこいつは死ぬだろうが、それだで済めば良かっただろうな。
「お前にも、あの女と同じ目に合わせてやるよ」
「う……、……あぁ……、がぁ……」
「喋る事も出来ないか、空気が吸えないだけで無様だな。……じゃあな、殺人罪の犯罪者」
倒れ込んでいた男の背中に剣を突き立てると、動かなくなった。こいつもたった今犯罪者になったのだから当然の報いである。それが償いと言う物だ。
……いや、あの女は人じゃ無いから殺人罪にはならないのか……? 俺の国に帰ったらこの辺のルールをどうにかしないといざこざになりそうだな。
さてと、とりあえずこの死体が二つ転がっている空間から出るか。気分が悪くなりそうだ。
あいつは、本当に無意味な人生だったと心から思う。俺が嘘を言ってもそのまま信じ込む奴だ、これから生きて行く事は難しいだろう。最後に王の記憶に残せただけ他の奴よりいい人生だっただろうな。
お前の事は忘れないよ、今日が終わるまではな。…………ん? 何かあいつ、いまちょっと動いたような……? 気のせいか……?
「おい、お前まさか生きてるのか?」
「……ふぅ……、……ふぅ……、うぅ……」
「生きてるのかよ。化物との混血はしぶとい決まりでもあるのか?」
「……拘束具も、外せたのですね……。でしたら、他の看守が来る前に……、逃げて、下さい……」
「何故俺の前に立ち塞がった。お前は守ったつもりかもしれないが、俺からしてみれば視界を遮られてただ邪魔だっただけだ」
「あのまま行っていれば……、あなたは刺されていました……。私の、した事は……、間違ってはいない……、です……」
当たり前だろ、刺されるつもりで立っていたんだから。つもりなだけで実際に刺されるなんて微塵も思っていない、あの剣を弱体化すれば絶対に刺さらないんだから。力の差を見せ付ける為のパフォーマンスを、わざわざ命を使って邪魔しただけだ。
「この世界の生物は馬鹿しかいねぇのか……」
「字……、書けないですもんね……、私……」
「教養が無さ過ぎて軽く絶望したぞ。……痛みと傷口の開きを弱体化した、それで割かし延命出来るだろ」
「え……? あ……、あまり痛くない……? 動ける……」
「さぁ、命の恩人に道案でもして貰おうか」
「……はい!」
このやり取りはスノードロップとの出会いを思い出す、最初はこんな感じで同じく道案内をして貰って、それからは何故かあいつが付いて来て、俺の国を潰して、新しい国を作るまで付いて来て、それで……。それで裏切られた。
あいつは俺を売った、誰ともわからないゴミ野郎を勝手に城に入れ、好き放題した挙句俺を拘束すると来た。何故俺がこんな目に会わなければいけないのだ、国の為に苦労を強いてきた人間に対しなんて報復をする。
スノードロップとアザレアと、勝手に城に入り込んだあのゴミ男に罰を与えるまでは、国を作るのは中止だ。罰を与えるまでは中断だ。そうしなければいけないのだ。
罰を与えてやる。罰を与えてやる。罰を与えてやる。
俺は王様なんだ。舐めた真似は許しはしない。




