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囲まれた生活

 本当は聞こえていた、スノードロップの言っていた事。


 その時は本当に意味が解らなかったのと、むかついていたのとで聞き流していた。


 俺はあいつがとうとうおかしくなったのかと思った。意味がわからないだろう、「あなたはもうすぐ終わる」と言われても、終わってるのはお前の頭だろうしか思えないのだから。


 暢気に風呂に入っている奴の言う事なんて、聞き流して然るべきなんだ。暢気に風呂に入っている奴が言っている事なんて、引っ掛かる訳も無い仕様も無い話しかしないのは常識なんだ。そんな肝心な事は、しっかりと座って面と向かい言うべきだ。


 それをしなかったあいつに対し、俺は何をしてやればいいのだろうか。


 どういった殺し方をすれば、俺は納得するのか俺はわからない。


――――――――。


 何の音も聞こえない、静寂が支配する空間に居る事はわかる。しかしそれだけしかわからない。


 目は何かで覆われ見えない、手足は縛られ動けない、見えないとなると力も使えない、そうなれば頼れるのは耳で得れる情報だけ。


 大量殺人犯だとかいう無実の罪を着せられてこんな所に押し込められた。


 そしてこの痛み。あのゴミに刺された腹の傷も、殆ど手当もされていない。軽く包帯があてがわれているだけでほぼ意味を成していない。


 出血多量だとは思うがそのせいで上手く頭も回らない。違うな、痛みのせいで上手く考え事が出来ないだ。頭がおかしくなりそうな程痛いのに、他の奴らは全員まともに痛覚を働かせているのか。力で抑制する事出来ないなんて実に惨めな存在である。俺は選ばし力を持った人間なのだから、他のゴミ共と一緒に語れる程低くも無いけどな。 


 あーあ、痛い痛い。同じ箇所を別のゴミに二度刺されたらそりゃあ痛い。スノードロップもアザレアも、あのゴミ男もその他諸々も、全員殺してしまわないと気が済まないくらい痛い。歯ぎしりのし過ぎで奥歯が欠けてしまったくらい痛い。


 というか手当てくらいはしろよな、捕虜には手厚く施しをするのが常識ってもんだろうが。まぁ俺は捕虜にもなっていないし施しを受ける立場でも無いのでこれで正解だが、客人にお茶の一つも出せないとは正直狂っているとしか思えない。


 馬鹿かよマジで。無実の罪で縛った挙句歓迎すら無して。ここは牢獄ですかぁー? 殺しちゃうよー? 俺が本気を出せば町のひとつやふたつ消せるんだぞー?


「あの……」


 考え事をしていたら一人の女の声が聞こえた。近くに寄って来たいたことに気付かなかったが、確かに女の声だった。


 鉄で出来た扉を軋ませながら、せこせこと静かに入ってきてそいつは言う。


「お食事を、持ってきました」


食事。逮捕だの犯罪者だの言っていた割には飯は与える随分とした対応。普通なら飯は与えず死ぬ直前まで放置するものだが、もしや人を檻に入れた際の接し方を知らないのだろうか。


 だとしたら、上手くやればこの豚小屋から逃げる事は難しくない。


「ここに置いておきますね」


そう言っても腹が減っているのは事実。食事を取る前に玉座に座っておこうと思ったらこの有様だ、胃の中には何も入っていない。


 それにそこに置かれても困るのだ、こんな状態で食えと言いたいのか。手足がほとんど動かないのが見えて無いのか、糞ゴミが。


「あの……、なんで、こんな所にいらっしゃるのですか?」


 何だこいつ、俺に話しかけているのか? まぁ、暇つぶしに会話くらいはしてやろう。


 こいつを上手く利用できれば……。


「罪を犯したからに決まってるだろ? ここがどこだかわからないのかよ」


「それもそうですね。その拘束具合からして相当大きい事をしたんですね?」


「あ?」


「あぁ! いえいえごめんなさい! つい気になってしまって……、反省をしている方になんて物言いをしてしまったのでしょう……


「してるわけ無いだろ、反省なんて」


「え? されていない、のですか……?」


「無実の罪でこんな場所に放り込まれて、何を反省するのか教えて貰いたいね」


 俺は本当に何も悪い事はしていない。むしろ罪を犯した愚かなゴミ共を裁いてきた側の人間だ。王に立て付いたアホを排除しただけなのに、殺人犯などと世迷言を言いやがって。おかげで俺は冤罪を着せられた被害者だ。


「無実の罪って……。それじゃああなたは何もしていないのにここに居るのですか?」


「うるせえよ、お前の仕事は終わっただろ。早く出て行け、邪魔だ」


「いえ、食事がまだ終わっていません。食器を片付けないと怒られてしまいます」


「それじゃあ一生無理だな。この状態で食える訳ないだろうが」


「ですので、ここに居るのです。はいお口開けてください、あ~ん」


 おいおいおいおいおいおいおいおい、まさかそれを俺に食べさせようってのか?


 ……はっ! 馬鹿が! 王たるものそんな子供みたいな真似が出来るかよ。


「私との協力ならば、一生無理なんて事は無い筈です。ほら、お口開けないと一生このままですよ」


「だったら一生そうしてろ、お前は飯の土台として生まれて死ぬ運命って訳だ」


「それはこちらも同じ条件です。人はご飯の上に立って、生きながらえているのです」


「…………」


 煩わしい。鬱陶しい。鬱々しい。厭わしい。忌まわしい。


 アザレアとは違うタイプの気の障り方をする奴。おせっかいなクズ。どしようもないゴミ。存在価値はほこり一塵に負ける甲斐性無し。


 こんな奴と死ぬまでずっとこのままだとか、ずっと隣に居るのだとか、それこそ考えたくも無い悪夢。


 そんなの、死んだ方がマシだ。


「ふふ、食べましたね」


「勘違いするなよ、ただお前の寿命が一つ縮んだだけだ。これ以外で俺に不手際を働かせれば、真っ先にお前を殺す」


「美味しいでしょう?」


「不味い」


 こんな場所で食う飯なんて、不味い以外の何者でもない。


 こんな奴の運んでくる飯なんて、不味いと言う感想しか出ない。


 こんなゴミみたいな料理なんて、不味いとしか言いようが無い。


 こんな腐った現状なんて、俺に相応しくない。


「さぁ、次は煮物ですよ」


「黙って運べ、それだけがお前の存在価値…………、……んん?」


「どうしました?」


「鼻腔をくすぐり目の奥の泉を決壊させるこの微烈な匂い……。……てめぇ、それワサビを入れているだろう?」


「え? ……あぁ、本当ですね。はいあ~ん」


「止めろ! 殺すぞ! てめぇの寿命は今消えた! この鎖を外せ! 堪忍袋の緒が切れた!!」


「あ、あまり大きい音を立てないで下さい! 看守さんが来てしまいます! ……全くもう、好き嫌いはいけませんよ?」


「うるせぇ!! そんなのいらねえよ!! それ全部持ってとっととここから消えろ!! 殺されたくなければ黙って消えろ!!」


「……仕様が無いですね、今回は私が折れましょう。ご飯は無理に食べても美味しくありませんからね。ではまた夜に食事の時に来ます」


 そう言って不満げに出て行った。


 やっと静かになった。まさかこの状態で安息を得れるなんて思いもしなかった。そして本当に夜も来たのだからやっていられない。


「こんばんは。私が来ました」


 簡便をして欲しい。


 さっきと同じく一人で飯を持ってきて、俺に食べさせようとしてくる。やめろと言っているのに、聞かず受け止めずで聞き訳がない。


 しかし明日も明後日も、これを我慢すれば逃げれる隙も出来るのだ。このまま我慢していればいずれは出られる、そうすれば……、……何故俺が我慢を強いられなければならない。拘束される必要性が無いのに、何を静かにこんな所で足踏みしている。


 少しでも早く、こんな所出なければ。


「なぁ、目に付いているこれ取ってくれないか? 何も見えなくて頭がおかしくなりそうなんだよ」


「駄目ですよ、不用意に接触するなと言われているのですから。私はご飯を食べさす専門です」


 ……ちっ。黙って解けばいいものを。


「なぁ? 俺が誰だかわかるだろう? ……このまま俺の機嫌を損ねればどうなるかな」


「……いえ、存知上げませんね」


「あ? サンバークだぞ? 俺の国だぞ?」


「サンバーク……?」


「……それならこの名を聞けばわかるか。俺の名はユリー・フレゥール・サンバーク。まぁ今はサンバークは無いからユリー・フレゥールだけどな」

 

「……いえ、やっぱりわかりません。有名なんです?」


 嘘だろこいつ。こんな所にいる人間の学力なんてあてにはしていないが、まさか一般常識まで欠けた様な底辺の中の底辺だってのか?


「この世界の中心と言えるほどデカイ町だろうが! 糞無知が!!」


「ごめんなさい、ですが聞いた事が無いのは事実なのです。……そんなに大きな場所ならば知れ渡っている筈ですが。広さはどれくらいなのですか?」


「あ? トーキオドーム三つ分くらいか」


「それなら小さい町って感じの広さですね」


「あぁ!? てめぇ自分の物知らずをひけらかしていちゃもん付ける気かぁ!? これ以上広い町を俺は知らねぇよ!! あったら言ってみろよ!!」


「はい。直ぐ思いつくだけで二十以上はあります。レーラ。シュビーク。アレルラル。ピッカー。ガビクル。シュルクヘルツ。イオム……」


「うるせぇ黙れ! もういい止めろ!!」


 どれもこれも聞いた事が無い町名ばかり上げやがって。どうせ引っ込みが付かなくなったから架空の町を思いつくだけ言っているだけだろうが。


 無能を自覚しない奴は、追い詰められると偽称に走り出すからたちが悪い。俺の町よりデカイ町があってなるものか。俺が何に関しても、誰より優れている存在なのだ。


「……あの、もしや記憶を失っていらっしゃるのですか……?」


「黙れ! だったら何だ!!」


「あ、すみません。ですが他の町々を知らないのはちょっとおかしいなと思って。……記憶喪失だったのですね、変な事を言ってしまいごめんなさい」


 ……………………ああああああああああああああああ!!!


 黙れ黙れ黙れ黙れ!!


 なってねえよ! 記憶喪失なんて!! 子供の頃から今に至るまでの記憶は十二分に覚えている!! あの時どうしていたか! その時何をしていたか鮮明に!!


 嘘を通せなくなったからって俺を落とす方法に走りやがって!! そうでもしなければ自分の体裁が守れないクズが!!


「どうしたんです? 俯いてしまって」


「何でも、ねえよ……」


 これを言葉にすれば、多分俺から離れてしまうだろう。そうなればこんな腐った所から出る事も出来なくなるかもしれない。


 いくら無実の罪とは言えそれを主張したところで、既に出た結論を覆すのは適わないだろう。


 俺なら罪の無い人間を捕まえてしまった場合、ありもしない罪をでっち上げて犯罪者に仕立て上げる。そうでなければこっちの格が落ちてしまう。


 どうせ俺を捕まえた連中も同じ思想だろう、地位を落とすのを恐れた弱者共の考える事なぞ、手に取るようにわかる。まぁ、俺なら行方不明にするけどな。


「おい、お前」


「駄目ですよ、そんな口の聞き方は」


「俺は無実の罪で捕らえられた……、か、……可哀相な人間だ」


「えぇ、全く酷い話です」


「そうだ、だからここを出たいと思っている。……俺に協力しろ」


「駄目です。怒られてしまいますから」


 あぁ、それで良い。……お前はそれで良い。


 その素直さが、利用しやすいと言っている。

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