日暮れて道遠し
どこ言っても木と草と、似た様な道ばかりで嫌になる。森だから当たり前だけど。枝が体に当たるわ木の葉が顔を撫でるわで、激怒から憤怒に変わるくらい鬱陶しい。こんな樹なんてさっさと伐採して建物の材料にでもしてやればいいのに、何の役にも立たない癖ご立派に背だけは高くなって、はっきり言って邪魔である。この木々は上から俺を見下ろして悦に浸っているつもりだろうか、地球の養分を勝手に使ってる居候の分際で、やけに偉そうである。本当に折りながら進んでやろうかと思うくらいに煩わしい。
気付けば、木どころか星まで俺を見下している様な気がしてきた。高々と距離さえわからない位置から見物しているあの光っている玉も、気になってしまえば無視も出来ない。何故この世界はふざけている奴しかいないのか、見下ろすばかりで何もしていない脳足りん共に、怒りを覚えるばかりだ。上に鎮座している暇があるのなら、この森の入り口と出口でも教えて欲しい物である。……仕様が無い、あいつの所に戻って聞くしか無いか。
戻り道に数分かけて、何の意味も無い純度百パーセントの無駄を手に入れた俺が、結局また女のいた場所に戻ってきてしまった。最初からこうしとけばよかったと後悔の念もあるが、女はそのままで、獣には襲われずに残っていたので良しとしよう。獣には襲われてはいないが、代わりに変な生物がいるのは何故だろうか。
「おい、道を教えてくれ」
「オオ?」
「お前には聞いていない」
女に聞いた筈だが、女と一緒にいた変な生物が代わりに答えた。
「取り込み中か? サイクロプス……? だったかな? 一つ目のお前だよ。その手に持っている奴がいないと俺が困るんだ」
大きな一つ目族、サイクロプス。生まれたての子供の様に何でも口に入れる習性がある。例にもよって、道端に寝転がっていた生物を見つけて食べようとしたのだろう。さっきの劣等種を手に持って、今にも食べようとしていた所をすんでの所で止めた。
道が聞けないと流石に困ってしまう、ただでさえ行ったり来たりで時間を無駄にしているのに、こんな所に一秒たりとも居たくないのだ。そんな今にも食べられてしまいそうな女と、目が合った。
「ど、どうして戻って来たの……」
「何だかんだ獣より嫌な奴に襲われたなお前」
「聞いているの……? ここから離れなさい……。サイクロプスは危険なのよ……」
「危険なのは今の状態だろ」
「そんな話をしているんじゃないの! この子が怒ったら危ないから……!」
「オオ……! オオオオオ!!!!!」
こっちに気付いたサイクロプスが声を出して、多分威嚇をして来た。
「この子を怒らせないで。いいから、そこを離れて。……大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて……?」
自分を食べようとしている相手をなだめると言うよくわからない現場に遭遇してしまったが、自分の命を心配しての行動ならば幾分か遠回りな方法だろう。岩石も持ち上げるほど怪力なら、無理矢理剥がせそうな物なのに。とりあえずちょっかいでも掛けてみることにした。
推定十メートルはある化物。そんなのが弱まった地面に足を踏み入れれば、地面は重さに耐え切れずに沈む。サイクロプスの足元を見て、そこいら一体を弱体化させた。途端に土は泥の様に柔らかくなり、化け物は支えを失いその場で倒れた。そのまま腰が地面に付いた所で、腰の接地面を弱体化した。そうすれば、足と腰にねっとりと絡まる泥の拘束具が完成。
動かずして勝利を収めてしまった自分の才能が怖い。
「オオ!! オオオアア!!!」
「人型で体格がでかい分、動けないだろ。動いてみろよ? お?」
その場で動けず、ブンブンと腕を振る事しか出来なくなったアホの種族サイクロプス。今自分が手に持っている物が何なのか考えず行動している辺りは、さすがに知能が足りていないと言える。ガックンガックン振り回されて、首折れそうになっている。数秒間俺を殴る様な動作をしたが、腕が届かずただエクササイズをしている様だった。結局諦めて、ただぷるぷると震える一つ目族に俺は何を言えばいいのか。
「ざまあみろ」
そもそも人の言葉が通じるのだろうか。さっきからア行しか言葉を発していないが。アアア? オオアア?(何だ? この野郎?)とかで通じるだろうか。……止めよう。これを口に出さなくて良かったと心底思う。格が落ちる。さぁ、こいつはどうしてくれようか。
サイクロプスって美味いのだろうか。まぁそこはコックに任せればいいか、とりあえずあいつだけは特別に罰を軽くしてやろう。全自動調理機として働いて貰う為にしても、命と引き換えでもお釣りを貰える位安い条件だろう。優しすぎて自ら感服するまである。俺は国民の為を思って行動できる、良い王様なのだ。
「もういいだろ、その手に持ってるの返せよ」
「ウウウ……!! オオオオウウウアアアア!!!!」
いきなり喚きだした。いや、さっきから喚いてたから、特に問題無いな。何かサイクロプスから湯気が出ている気がするが、問題無い。
その湯気を見て、女が慌て出した。
「これはまさか……っ! ……逃げて!! 急いで!! 早く!!」
「は? お前殺そうとした相手に向かって何言ってんだ? あの岩、当たってたら常人なら死んでたんだぞ。俺だから何とも無しに良かった物。それよりお前、誰に命令しているかわかっているのか? 俺は王だぞ。王様だぞ。それがわかれば口に気を付け……」
瞬間、光が視界全てを覆った。
――――――――。
サイクロプスから線を引いた二百メートル、その一帯を消し飛ばし火の海と変えた。その日は木と樹を伝い、徐々に燃え広がっていく。目から光線を放った一つ目族は、森が燃えている事などお構い無しとばかりに、敵のいなくなった事を確認し本来の目的に戻ろうとする。
「……神聖な森をこんなにして!! それは大変な事だと理解しているの!? 皆の森を消しちゃって! 見なさいこの火!」
「オオ……?」
「あなたさっきの男の人も殺した!! 自然も殺した!! それがどういう事だかわかっているの!? あなたの家もあったのでしょう! 壊して良い物と悪い物の区別を付けなさい!!」
女はサイクロプスに対し説教に走った。混血劣等種と言えど、自分の生活圏を壊されたのだから心底穏やかではないのだろう。言葉が通じているかもわからない相手に、やり場の無い文句をこれでもかとぶつけだした。
「オオ?」
「草だって、木だって、生きているのよ! あなたが考えも無しに放った一撃で、これから困る者達が出てくるでしょう! 虫や動物だってあの中にいたでしょう! ……わかれば私の話なんか聞かずに! まず火を消しに行きなさいよ!」
「アア? アアアアー」
話を聞こうとせずに、と言うより理解が出来ておらず、そのまま手に持っていた女を口に運んだ。
「口を閉じなさい! その手を離しなさい! あなたは自分のお尻を拭かなくてはならないのよ! 他の者に多大な迷惑を振り撒いて何とも思わないの!? そしてこれからも! 今だって!」
「アアアーー」
「私を……! 食べようとするなぁあああああ!!」
「森なんかどうでも良いけど、それを食べようとするんじゃねえよ一つ目。俺は早く帰りたいんだから」
忙しいのに、ビームなんか放ってくれたお蔭で、こうして俺にも迷惑を掛けている。煙に巻かれて苦しい思いをしてしまったのだから、それ相応の代価を支払って貰わなければ割に合わない。
「サイクロプス、今回の事は体で払ってもらうぞ。……この目が一つしか無い化物が!!」
一つ目族の立派な一本角を持って、レバーを倒す動作と同じく力任せに押した。その角は弱体化していたからまるで小枝を折っている様な軽い感覚で、ポッキリと根元から二つに分かれた。
「オオオオ!!! アアアアア!!!!」
「お前角が無いと戦闘力を失うって本に書いてあったんだが、実際どうなんだ?」
「オオ……、オオ……」
でかい顔から汗が噴出している。やはり記述通り、角が何かしらのエネルギー源になっていたのだろう。最早腕を振り回して抵抗しようとすらしない。その代わりに巨体を振り撒き、勢いで拘束を逃れた後にどこか彼方へ走り去ってしまった。女も置いて行った事だし、これと言って追う必要も見当たらないから見逃してやろう。
女のほうを見ると、十メートルの高さから落とされ地べたに転がっていた。とてもじゃないが無事とは言えない状態の女に、質問をする事にした。常人なら重症で済むかわからないくらいだが、そもそもこいうは普通ではない。
「おい、ここはどこなんだ?」
「……助けてくれた事には、礼を言いいます……。……で、でも……、あなたは……、そうやっていつまでも馬鹿にして……、そうやって見下して……」
「ん? 何だって? あいつの足音で聞こえなかったからもう一回言ってくれないか。って言うか立ってくれ」
「なっ……!? 立てる訳無いでしょう!! あなたがこうしたのよ! まさか忘れたの!? こうやって簡単に人の自由を奪って! 人生を滅茶苦茶にして! その言い方は何なのよ! わ、私はもう歩けないのに……っ!」
これから人でもうっかり殺してしまいそうなくらいには、醜い剣幕を惜しげも無くその真っ赤な目で訴えてくる。歩けない歩けないと言っているが、本当に歩けないかどうか試していないのだろう。俺はさっきから本当の事しか言っていない。
「歩けないのは冗談だって言っただろ。一回くらい立とうとしろよ」
「……え?」
女は、そんな馬鹿な。と言う様な表情で脚に力を込め始めた。まだ効果が続いているらしく小刻みに震えてはいるが、立つ事だけはかろうじて出来ていた。歩くのはもう少し時間がかかるだろうなと言った感じの、たどたどしい動きではあるがそれもいつか時間が解決する。
「……立てる。あぁ、良かった……」
「食われそうな所を助けてやったんだ、礼として案内しろよ?」
「……あなたがいなければそもそもこんな事には……」
「え? 何だって?」
何でも無い。そう涙目で、目を逸らしながら言った。命の危機から脱しても最後まで文句ばかりで、礼の一つも無いとは礼儀が微塵もなっていない。とは言ってもそれも仕方が無い所はある。そもそも種族が違うのだから、人間ではあり得ない掛け離れた行動をしようとそれも仕方が無いのだ。それは全く持って、仕方が無い。




