一石が投じられた町
「え……、何これ……」
「な、面白いだろ?」
既に自分で歩けるまでに回復したスノードロップが、私もそこに連れていけと言わんばかりの態度を示すものだからこいつも連れて来ての現在に至る。
糞ガキに衣服を汚されるという前代未聞の大事件が起きた事はこの際一旦忘れよう、今は町の中心に設置したオブジェを見る為にここにいるのだから。。
それはあまりに面白過ぎてこいつらには過ぎた代物だが、特別に最高に笑える瞬間と言う物を見せてやる事にしたのだ。俺がこんなにエンターテイメント性にも富んだ人間だったと言う事に驚きを隠せない。
何よりセンスがある。あれをこうしてこうしたのはひとえに、才能の二文字で片付いてしまうほど掛け離れた感性に自らほれぼれしてしまうのだ。
その笑える物の前に辿り着いた際に、スノードロップはこう言った。
「どうしてあの人は……裸ではりつけにされているの……?」。
裸ではりつけ。
そのはりつけられている人物は、毒を盛った上に爆発で出し抜こうとした脳細胞が端から端まで諸々死んでいるとしか思えない愚行愚弄の無知愚昧である愚か者、名前も知らないここの前の王、脂肪の塊だった。
どうしてはりつけにされているのと言われても、王に歯向かえばこうなると言うただのみせしめなのだから答えようも無い。が、確かに木の柱にその豊満な肉体が縛り付けてあった。風程度では吹き飛びそうにないかなりの重量感が、人三人分くらいの高さでとどまっている。
そいつはただ目を閉じ、何も語らないし何も見ない。町の中心にある汚いオブジェと化していた。
「上にいた人間が下に落ちてるんだぞ? これ以上面白い物は無いだろ。ぶふ……っ! ……だ、駄目だ……、くく……、あの姿……、ひひひ……」
「あ、あの人……、あの王様……、まさか、死んでいるの……?」
「は? 王は俺だろ? それに、本当に面白いのはこれからなんだよ。死んで貰っては困るってもんだ」
「……そう、死んでいない……、のね」
「何だ? そうであって欲しかったか?」
「……馬鹿言わないでっ!!」
馬鹿……? 馬鹿と言ったかこいつ……? …………いや、今日は機嫌が良いからな、この程度では怒らない。王の足にアイスをぶちまける程の重罪で無ければな。
「これ、死ぬまであそこに張り付けるのです?」
「うるせえな、これからやるから見とけ」
「これから!? 死なすなんて許せる訳無いでしょう!」
「お前も黙っとけ!」
本当に飯の不味くなる事ばかりしてくれる連中だ、全く興がさめる。
こいつらもとっととクビにしてやろうかと思う時が多々あるが、他に使える奴もいないのが辛い。どこまで不幸過ぎるんだ俺は。
いや、違う違う、これから元気になる為のパレードを始めるんだったな。右も左も大喝采で包まれる最高の祭りを開催する。
それにはここいる町全体との一体感、それが成功へと繋がる。その為には一番上の人間が声を掛け、促進する必要があるのだ。
「えーそれではこの国に生を託された町の諸君、この上に生っている愚かな前任の王が見えるだろうか」
この異常事態に見ない訳にもいかない、人々は足を止め手を止め、体全てを使って聞こうとする。
前任の王だった退任式である、この場を持って言う。
「この男は俺を愚弄した男であると同時に、あろうことか、協力な毒を撒き全世界の人間を滅ぼそうとした男である!」
「毒を撒いたのは貴方が原因でしょう! ユリー・フレゥール!」
スノードロップ、やはり邪魔をする。
こいつはそういう特技の持ち主なのだろうか、それとも化物との混血は全員アホなのだろうか。
アホなんだろうな。
「黙ってりゃわかりゃしねぇよ、こいつらは何も知らないんだから。それともお前が撒いた事にしてやろうか?」
「あなたは……っ!」
「わかったら黙っとけ。……みなも体感しただろう! あの体が焼けるような痛みと壊れそうな精神を! 死人が出ないうちに、王である私が、毒を消し去ったお陰で生き長らえた命だ! そのような死にそうな思いをして、恨みつらみも溜まっている事だろう。聞けばここの国民は良い待遇では無かったと耳に入った、それらを含めた妬み憎しみをこの男にぶつけようではないか! 国民! 足元の石を取り、このテロリストに投げつけるのだ!」
一度落とした人間を、更に地の底まで追いやり生きる気力を無くさせる。それが俺の求めた爆笑劇。
この為にこいつを縛り上げ見たくもない顔を見ているのだ。その為に時間を割き、こんな不釣合いな場所に王が立っているのだ。さあ、最後に俺を存分に笑わせくれ裸の王様。
「…………あ?」
……おい、何故石を投げない……? 何故誰一人……、投げようとしないのだ。
おかしいだろう、恨みがある人間だぞ、何をやったって問題ない筈だ。それなのに、……いや、それとも俺の命令が聞けないと言うのか……?
まだ初日の王の命令なんぞ聞けないと、そう言いたいのか?
「こうやって! そこら辺にあるものを投げれば良いんだよ! ……ほらあの脂肪に命中しやがった! 見たかあの腹の揺れ方! ははははは!! ……おい、何だお前ら」
誰も笑わない。目の前に映る愚民達は俺より格が下の癖に、俺より笑わない。
自分が笑う資格が無いと自負しているのならそれでいい、しかしこいつらの顔はしかめて険しいのは何だ。
……まさか、これがつまらないとでも言いたいのか?
いや、まさかだ。こいつらも一斉に投げれば絶対に面白いはずだ。
俺は間違っていない。
「こいつは王である俺に! 様々な不貞を働かせた生きていても仕様が無い奴なんだよ! 殺すつもりで石を投げろ! お前らの貶された意思を投げ付けろ!!」
「……確かに」
目付きの悪い存在価値の無い様なゴミが、話しかけてきた。
俺は話しかけろとは命令していないのにだ。
「……何だぁ、てめぇ……」
「確かに我々は、そこに吊るされている人間に酷い事を散々されました。莫大な税でお金を摂取され、景観に邪魔だと家を壊され、家族を奪われた者だっています。……ですが、我々は復讐などはせず、新たな王に我々の幸せを賭けたのです」
「……要約して言え。簡潔に述べろ。俺を煩わすな」
「我々の求めた王と、違いすぎる」
……聞き間違いだろうか。聞き間違いだろうな。聞き間違いだ。
聞き間違っていなければ俺が、違ったと聞こえた。俺が、煩わされた。俺が、簡潔に述べられた。俺が、要約すれば、つまり拒まれた。
そんな事ってあるか? 町を救った英雄に対して「違う」などと、あるか? そんな事。
いや待て待て、解釈の違いで生まれる相違と言うものがある。人はそれを勘違いと言う。つまりはつまる所、道に迷っているだけだ。迷子なのだ。
俺が迷子? なるほどな、耳が迷子か。実に上手い事を言う。とても美味しい発想だ。
それらを踏まえて、もう一度聞いてみようか。
「つまり?」
「この国にもう王様はいらない、今までも居なかった様なものだ、これからは自分達でどうにかしてみせる。交易も、土地開発も、統制も軍事も、全部やってみせる」
「だから?」
「税もかからない、誰かに怯える事も無い。自分達で全てやるのは大変だろう、それでもやらなければ我々は生きていけないのだから、やるさ」
「で?」
「縛り付けた人間に対し石を投げるなど、やってはいけない事だ。石を投げる人間がいるのなら、それを止めるのが王様だ。だというのに自ら石を投げろと言う王様なんて、望んではいなかった」
「は?」
「ここに宣言する! 我々は独立国家である! 王などと言った悪しき存在はやはりいらなかった! 我々は! 我々は……!」
「それで?」
「…………それで?」
「だとしたら?」
「つまりそう言う事だ、もうここに王様なんていない。あなたは誰だ」
「そうか。何が言いたかったのかよくわからなかったけど、石を投げたく無いって事か」
「そうだ」
「なるほどな。……よしわかった! これからは頑張ってくれ!」
「握手か……、ものわかりが良くて助かった! あなたは最低の中でも最高の王様だ! 我々を助けてくれた恩は忘れない!」
汚い手が俺の手と触れた。
結局最後まで何を言いたかったのかわからなかったけど、どうしてもこれだけはしておきたかった。
俺を認識させる為に、手と手を触れ合わせて分かり合う必要があった。
その思いが、手に力を込めさせる。
「うがあああああああああ!!!!」
「はは……、どうした?」
全くどうしてしまったのだろうか。
あまりの嬉しさに感激を隠せず、まるで手の骨がバキバキに砕けてしまったかの様な叫び声を出す。
「困るな、こんな所で膝を付いて座ってもらっては。……おい誰か、こいつをその井戸に放り込んではくれないか?」
あぁうるさいうるさい。
ハエがブンブンと飛び回ってうるさいったら無いね。
このうるさいハエを井戸に投げさせるのは誰にやって貰おうか。
「いい加減にしなさい!!」
「あ、お前がやる? さすが俺の手下、スノードロップ自ら名乗り出るとは成長したな」
「私がやる……、私がやる……、私が……」
「スノーさんでは無理ですわよ」
「……っ! わかっているわよ! 無理だなんてそんな事は!! それでもやらなくてならないの!!」
「あなた様もそれくらいで許して差し上げませんこと? それ以上は不平等ですわ」
こいつは前にも平等だの何だのと言っていたな、もしかして平和主義者か。
「不平等? ならここにいる全員の手の骨を砕けば平等か?」
「あなた様も含めた全員ならば平等ですわね」
「アザレアさん!? 何を言っているの!? そんな訳無いでしょう!!」
「そうか……。じゃあ最後は俺として、今から全員の手の骨を砕いて回ろうか」
「止めて! これは冗談では無いのよ! そんなふざけた理由で勝手が許される訳無いでしょう!」
「許されるんだよ、何故か教えてやろうか? 俺が王だからだ。…………あ?」
俺達三人の会話を飛び越えて、一石を投じる様な出来事が起きた。
文字通り、一石が投じられたのだ。
その石は放射線を描き、木の板に縛られた燃やせばよく燃えそうな体脂肪の塊に当たった。
「……ぜ、前任の王様なんて! い、石を投げるに相応しいのよ!」
「エリーゼ! お前何やってんだ!」
「だって! だってこうするしか無いじゃない! こうしなければ……、また皆不幸に……」
あの石は一人の成人女性が投げたらしい。
また、という言葉が引っ掛かる。まるで俺が不幸にさせるみたいじゃないか。
それは違うぞと訂正させなければ。俺が幸せにしてやるんだと。
「おい……」
「そうだ……、そうだよ……、王の命令には従わないとまた同じじゃないか……」
「王様の命令に従えば……俺達は問題なく過ごせる……」
「前は命令に背いたことが切っ掛けだったもんな……、つまり僕もこうすれば良かったんだ……、こうすれば!!」
「わ、私も!」
「くっそう!!」
気付くとそこには、複数の石やゴミが一人の人間に向かって投げられると言う光景が出来上がっていた。
やはり、こいつらも俺と同じ考えだったんだ。石を投げれば面白い、そう思ったから投げているんだ。
「見ろよアザレア、スノードロップ、これが俺の求めた物だ。面白いもんだろ?」
「……………みんな病気よ……、こんなの少し考えればおかしい事だって、わかるのに……」
「これなら平等ですわね」
町の連中がにわかに活気付いてきた瞬間だった。
皆が一丸となって何かを成し遂げると言うのは中々良い物だ。式典の締めに相応しい。
一日で信頼を得るだなんて、才能に満ち溢れ過ぎていて参ったものだ。いや、それも俺なら当たり前の事か。
思ったより面白く無かったけど、無様な人間を見るのは何か得した気分になるものだ。
みんなが満足するまで、この光景を見物するとしよう。
さぁ、明日から忙しくなるぞ。




