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人間が偉い三つの理由

 服に引っ掛かった釣り糸が俺の体をぶら下げながら、少しの無言の時間が流れた。ある程度目が合ってから、ようやく口を開いたのは女からだった。


「ひ、人が釣れた!? いや、え……? 何で……? 新種のイモムシ……?」


「手足を縛られている人間に対して、よくそんな言葉出てくるなお前。とりあえず下ろしてくれ」


「でも、イモムシを付けていたのにそこからイモムシが釣れるなんておかしい……、まさか水中で成長した……?」


「確かに川で王が釣れるなんて滅多に無い事だ、驚くのもわかる。だから下ろしてくれ」


「そんなまさか、虫は成長するのに長い年月が掛かるものなのよ、成長したなんて何を言っているの私は……。だとしたら、本当に新種の魚……?」


 こっちの言葉もむなしく耳には届かず、まったくお話にならない。このままぶら下がり続けるのも情けなさ過ぎるので、弱体化の力を使って竿を弱くした。強度が落ちた木の竿は、重さに耐え切れずポッキリとへし折れ、俺は尻から地面に落とされた形になってしまった。これでは本当にイモムシになった気分だ。


「いってぇ……、何でこんな目に……。……おいそこの、これを解いてくれ」女に言った。


「え? 生きて……るの……? え、まさか人間……? あ、人間なんだ。 死体でも無かったのね、良かった……」


「人間だよ人類なんだよ。だから解いてくれって」


「あ……、は、はい……!」


 女は持っていたナイフを取り出し、殺意満点としか思えない程しっかり縛られたロープを、手足両方とも切り裂いてくれた。これでやっと、ようやく、念願の、自由の身となった。肩が鳴るわ、腰が痛いわ、関節が固まってるわで、むかつくといったらありはしない。

 

「大丈夫ですか? あなたは、どうして川に流されてたの……? それも、縛られて……」


「……別に何だっていいだろ、事情と言う物があるんだ」


「事情しか無さそうですが……」


 言えるものかよ。王である存在が、国民に反乱された挙句川に捨てられたとか、初対面の相手には口が裂けても言い出せない。プライドと尊厳に関わってくる。どうせこいつとはこれっきり会う事は無いのだから、わざわざ恥じを上乗せする必要も無い。


 ……さて、ここはどこだ? 右にも左にも木。前も後ろも木。見渡す限りの木と草が奏でる緑のバーゲンセール。つまらないくらいにがっつりと森の中なのはわかる。が、俺の国の周りに森なんて無かった筈だ。……だとしたらどこまで流されたんだ。早く戻って刑を執行せねばならないのに、無駄な手間を取らせやがって。


「あの、犯罪の匂いがするんですが……、本当に大丈夫……?」


「大丈夫って何だよ、お前は人を心配できる身分なのかよ?」


「え……? ……す、……すみません」


「そもそも礼儀がなってねえよ礼儀が。森の中で暮らしているだけの奴と、王である俺との格差の違いを表すものとして敬語がある。文字通り敬うための物だ。俺とお前では違うんだ」


 助けたからと言って恩着せがましい人間は、いつしか腐り落ちるだけの人生にに変わる。敬語が使えないのは損をするだけだ、それを修正しているのだからありがたく思って欲しい物である。


「……品が無いのですね」


「あぁ!? てめぇ今何て言った!? 俺の品が無いと言ったか! って、……ん? ……その耳……」


 ボソッと言った聞き捨てなら無い女の発言。それよりも気になったのは、人の丸っこい耳とは明らかに違う、横に長く先が尖っている様な形をしているのが目に止まった。その耳を見て、俺はすぐに女の正体を理解した。


「……お前雑種か?」


「ざ……っ!?」


 確かにその耳は長かった。人間のそれでは無い、エルフの様な耳をしていた。怪物なのか獣なのか、はたまた精霊なのか、よくわからない人間以外の生物を、纏めて「雑種」と言う。そしてまた、別の言い方もある。「化物との血を混ぜた、見境の無い汚らわしい異人類」の意味を込めての蔑称。


「何だ、劣等種か」


「……う、うるさい!! 何が劣等種か! 何が雑種か! そうやって簡単に罵れるほど! ヒューマンと言う種族はそれほど偉いか!」


 事実を言っただけなのに怒り出した。これだから言葉を喋れるだけの動物は厄介である。

 

「偉いね。知恵を出し、文明を進化させ、時代を築いた人間は何より偉い。俺達がいなければ、お前らは今だ樹に穴を掘って、真っ暗な中で別種の存在に怯え、暮らしていただろうな。自然の中でぬくぬく育ってきた、頭がお花畑の様な奴にはわからないだろうけど」


 それだけの事をやった人間は偉い。建物の建造も、電気を引っ張ってきたのも、飲めない水を飲めるまで綺麗にしたのも、全て人間がやって来たこと。こいつらはただ、そこ等辺にただ居ただけ。


「黙って聞いておけば……っ!」


「その目……。お前、オーガの血も混ざってるのか? 三種類は珍しい、まるで歩く標本かな?」


 女の目が赤く濃く染まり、ひたいの辺りから角が一本伸びた。オーガの特性である臨戦態勢。目の色を変え角を生やすなど、到底人間様には無理な芸当でも、人間とエルフとオーガの三種類の血なら問題無いと言いたげである。


「訂正しろ……、私達は正当な種族だと……。でないと……、私は貴様を……」


 女はこぶし大くらいの大きさの石を握り潰して見せた。脅しているつもりなんだろうが、人とは違うのだと自分からアピールしている様にしか見えない。


「プライドが高い所、エルフだな」


 言い終わった時には、雑種の拳は真っ直ぐに俺の顔を捉えていた。お構い無しに振られた拳は、真正面から俺の顔に到達していた。常人ならば首の骨くらいなら抜けているかもしれないくらいの、混じりっ気の無い無邪気なパンチ。


「……あ、あなたが悪いんですよ、種族をそうやって侮蔑するから……。こんな目に……」


「短気はオーガ譲りか?」


「なっ……!? あなたは何なんですか……っ! 何で、無傷で……! な、何者……?」


「人間だ。とても偉く誇り高い種族のな」


「違う! 人間はもっと、戦いには弱い種族だと聞いていたのよ!」


「お前今、種族を侮蔑したの気付いてるか?」


「い、今のはちが……っ!」


「大丈夫大丈夫、うっかり聞き逃したから。生憎俺はただの人間だから、そんな大きい耳は持ち合わせていないし、そりゃあ聞き逃しもする」


「くぅ……! ……だったら……! これならぁああ!」


 今度は月と見紛う程の大きい岩を、見た目は華奢な二本の腕で持ち上げた。その姿が俺には、体を大きくして威嚇しようとしている虫にしか見えなかった。


「うぅ……、ぐぅ……。こ、これなら逃げる事なんて出来ない! 謝るのなら……」


「本当にそう思うのなら投げてみろ、俺は逃げはしない。……足、震えてるぞ?」


「……減らず口めぇ!!」


 耐えかねた女が、岩石を放って来た。それ見たことか、こんなの普通に殺人事件なのに、頭に血が上っていたってだけでこんな事をするんだ。感情に左右されて、自分の意思の元制御出来ない辺りはやはり劣等種。自分で自然を破壊してアホなんじゃないだろうか。


 こんな岩、弱体化して人差し指で突けば、簡単に砕け散る。現に砕け散った。たった指一つで無に帰すほど、仕様も無い攻撃。攻撃と言うにも気が引けるほど程の、雛鳥が突っついて来る様な感覚だ。


「所詮お前は、俺に砂を付ける程度が限界なんだ」


「う、嘘……。何をしたの……。岩一つなんてれっきとした質量兵器なのに……。それをこんな簡単に……」 


「俺はただの弱い人間だから何も出来ない。そっちこそ岩を持ち上げるなんて、とても人間では真似出来ない事を良くやるよ」


「またそうやって人を小馬鹿に……! いい加減にしなさい!」


 女は女らしくも無い大声を上げ、こちらに向かって走って来た。速力もやはりと言うかかなり早く、訓練に訓練を重ねた人間でも出すのは厳しいんじゃないか、と思うくらいの早いスピードをいとも簡単に出して走る。その走り方は人と同じで、前傾姿勢を取りながら右足左足を交互に出す。


 そしてそのまま勢いよく、転んだ。


「……うぐぅ!」


「おいおい、何でいきなりこけたんだ? 焦り過ぎか?」


「そんな訳……、ちょっと足がもつれて、それで! ……それで、……え? 何で……、何で……!?」


「立たないのか?」


「……何をしたの! 私に何をしたのよ! 答えなさい!」


「だからどうしたんだって」


「……どうしたも何も、どうして私の足が動かないのかと聞いているのよ!」


 足が動かないと、俺に訴えかけた。どうしても何も、それは俺がそうしたからそうなっているだけの話で、目の前で起きている珍事に理解出来ていない様子。理解出来ないのなら理解出来ないままでも良いが、俺と言う存在を知らしめる為に、教えてやるくらいの優しさは持ち合わせている。


「弱体化をした。この場合は足の筋力を」

 

「じゃ、弱体化……? 弱める……? ……それじゃあまさか、殴って動じなかったのも……、岩を簡単に破壊したのも……、この脚が動かないのも……」


「理解が早いのはエルフの知性か。 お前の腕を弱体化させたし、岩の強度を下げたし、脚の筋力を弱体化して、もう一生歩けない事にすぐ気付くとは、そこだけは褒めてやる」


「い、一生……? 一生って……? 一生って、生涯死ぬまでずっとって事よ……? ……じゃあ、私はもうこのまま歩けないの……? 冗談でしょ……? こんな簡単に……、一瞬で、そんな事……」


「質問が多いよ、冗談だって。じゃあな」


「うそ……、待って……、このままじゃ私……、獣に……、いや……、そんなの……、待って……! 待って!!」


 大声を出すと、尚更獣が寄って来るのだが、今の頭の状態ではそれを考えるのは無理か。そもそもこいつは獣に食われるのだろうか、共食いにならないか? ……何て考えたって一ミクロンの得にもならないから止めよう。


 俺がやらなくてはならないのは、獣のお食事事情を考えるのでは無く、自分の国に帰って国民に罰を与えなければならないのだから。

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