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御礼参り

 人気の無い路地裏。そこで遭遇したのは、人が一人。それと最早人でないものが一人。


 お互い「あ」しか発していない状態から、体感十秒は見合った気がした。目に入った情報をそのまま受け取ると、「男が男を刺している現場に遭遇した」。それ以上も以下もないただそれだけの現場。


 ずっと目が合っている。まるで不思議な物を見つめる動物のような。


 何はともあれ、とりあえず聞いてみる事にしよう。

 

「お前、何やってんの? こんな所で、そんなナイフ持って」


「いえいえ、何も何も無いでしょう。これはただのナイフですよ」


「いやナイフの事は聞いてねえよ。その足元のおっさん誰だよ」


「人ですよ」


「あ……?」


 ギリギリ会話になっているようで殆どなっていない。血の付いたナイフについて聞いたのに、ナイフですとしか返って来ない。うつ伏せで倒れ込んだおっさんの事について聞いても、人ですとし返って来なかった。


 間違っていない。その返答は間違っていない。それはナイフだし、それは人だ。それだから間違ってるんだ。


 だからと言って、どうでもいいけれど。


「もうお前が何してるかはいいや。この国の王がいるだろ? そこまで連れて行け」


「違いますよ、この男が盗みを働いたんですよ。これは正当な処罰です」


「……俺の話が、聞こえているか……?」


「だって僕の物をですよ? それをこの汚いで取って行ったんです、酷いと思いません?」


「……あぁ、それは酷いな。誰かの物になっているならそれはそいつの物だ」


「ですよね! そうですよね! そう言ってくれると信じてました! 僕は愛されているから!」


「だからそのナイフは、今から俺の物だ」


 血の付いた物なんていらないけどな。


 王に対していつまでもナイフをチラつかせているのが気に入らない。


「わかります! そうですよね! このナイフはあなたのものですよね! …………あれれ? おかしいな、手に力が入らないぞ……?」


 男の手からナイフが落ちた。


 何せ神経を弱体化したから、それで力が入ったらこっちが困る。


「あぁ、そう? 筋肉痛じゃねえの?」


「いえ、だとしたら痛みがあるはずです。それすらも無くて……、これはなんだか感覚自体が弱くなった様な……」


「お前、いきなり普通に会話出来るようになったな」


「それでも僕は正しい行為をしたと思っています」


 ちっ。


 思わず舌打ち。王の舌打ちは価値があるのだ。それを聞けるなんてこいつは貴重な体験をした。


 だから冥土の土産にしてもらおう。


「おぉ……? 今度は右足の感覚が無くなりましたね? なるほどこれは面白い、一体どういう原理なんですがぁ゛う゛」


「お前は何か癪に障るから俺の国にはいらないな」


「いきなり殴るなんて、酷いじゃないですか。人間のやる事ではありませんね」


「これは罰と言うんだ。人を刺す事は犯罪だから、そういう奴はこうして痛めつけた方が良いんだよ」


「いえいえ、それでも僕は正当な防衛をしただけですから」


「本当に会話にならねえなお前」


「読解力不足をこちらの責任転嫁にされても困りすよ゛ぅ゛」


 さっきは左頬。今度は右頬を殴ってみせた。


 殴った方も痛いのだからいい加減にして欲しい。


「強情ですよ。傲慢ですよ。人に手を上げるなんて横柄ですよ」


「人を刺した奴が何言ってんだ……? 俺がその気になれば、お前の持ってたこのナイフで殺される可能性だってあるんだぞ? 口の利き方に気を付けろ」


 血の付着した刃物の切っ先を、指先で折り曲げてぺいと捨てた。


 ゴミ同然の物がゴミそのものとなった。


「あぁ、僕のナイフが……」


「ただのゴミだろ」


「僕のナイフを折り曲げるなんて! どういう神経をしているんですか!」


「何だよ、これが大切なものだったか? だとしたら残念だったな」


「指先だけで折り曲げるなんて凄いですね! どういう体の構造をしているのですか?」


 う……。


 う……。


 鬱陶しい……。


 五月蝿い。煩わしい。騒々しい。うざったい。忌々しい。邪魔臭い。


 何が言いたいのか簡単に総括すれば。少しの殺意が沸いた。

 

「もしかして近づいただけで相手を拘束する力ですか? いえそれだと体全体が動かなくなるはずだな……、だとしたら別の何か……」


「…………」


「ほほう……。今度はもう一つの片腕が動かなくなりましたね。物凄い力だ、恐怖でおしっこが漏れそうです」


「俺は凄くお前が殴りたいな。無礼すぎるだろ、さすがに」


「余りの怖さに自衛本能が働きました」


「あ……?」


 違和感。


 腹部に何か感覚があるのがわかった。


 体の信号が脳に伝わり、走り回り、嫌と言うほど教えてくれる。


 痛み。


 腹部に、激痛。


 それは余りに痛いかった。今まであんまり体感した事の無い様な痛み。


 手で触って確認すると、まぁまぁ綺麗な赤い色が手についた。さっきのナイフに付着していた奴と同じ液体。それと同じ物体。


「……何で、ナイフが刺さってんだよ……」


 違和感が酷いからとりあえず腹から引き抜いた。


 もう痛くない。ついでに痛覚を弱体化した。


 ……こんな事やる奴は一人しかいない。この所々に金があしらわれた悪趣味のナイフを持っている奴を、俺は一人しか知らない。さっき捨てた奴と同じ物だ。


 目の前の、こいつがこんな反逆をしでかしたんだ。


 だとしたらこれから俺のやる事は決まっている。


「おい……、……俺はお前を殺す事に決めた」


 罪状、不敬罪。啓上、死刑。

 

「そうですか。僕はあなたの能力がどういうものかわかっていない以上、ここに留まるのは危険だと判断しました」


「片足と両腕が動かないんだろ……? だとしたら死ぬしかねえな」


「正直これで逃げれるかはわかりませんが……、これくらいしかやれる事はありませんからね。……それでは!」


 男が口を開いたと思った瞬間に、辺り一面光に包まれた。


 目も開けないほど明るい閃光。思わず閉じたまぶたが、眼球を守りきれないほどの強い光。


 遠巻きに男の声が聞こえた。


 「今度は殺しに来ますね」。そう言って、どこかに去っていく音が聞こえた。


 目を開けるくらいに時間がたったせいで、勿論回りを見渡しても誰もいない。


 逃げられた。逃げられた。馬鹿にされた。貶された。侮辱を受けた。屈辱を受けた。


 今度は殺すだって? それはこっちのセリフだ、今度俺の前に姿を現したら骨と言う骨を粉々に砕きギリギリ生きれるくらいにはしてやるからな。


 ……くそが。


「…………糞がぁああっ!!!」


 この国もクズばっかりじゃねえか。


 どいつもこいつも馬鹿にしやがって。


 とっとと王を消してやる……、俺が王になって矯正してやる……。


 俺が……。


「ごっっっっほっ!!!!!! 痛い痛い! 助けてくれ!」


 倒れていたばかりだったおっさんが、息を吹き返した。


 そのまま死んでくれていた方が静かでありがたかったのに。

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