広い心
広い。
町の中に入ると、かなり広かった。外から見てもわかっていたがこの広さなら二十文に俺に相応しい場所となるだろう。この町は絶対に逃してはならないな。
とても良い場所だ。
ここの国民が覇気が無い事を除けば。
どこを見ても人が俯き、誰を見ても顔を下げて生活している。滅茶苦茶に辛気臭く匂いが漂っている。一刻も早く俺の物にしなければ、こんなゴミ同然の国を作った奴に罰を与えてやるのだ。
しかし場所がわからないな。……あの顔が絶望している奴に聞くか。
「おい、城はどこだ?」
「……誰だ、あんたら」
「誰だと? 愚問だな、俺は新しい王だ」
「王様だって……? あんたが……? ……あぁそうかい、あんたらもおかしくなっちまったかい……。……可哀相に……」
少し、言い方が癪に障るな。可哀相にだと……? 惨めなのはお前らの方だろ。
「あぁ……? ……何だお前その口の聞き方、王に向かって」
「馬鹿らしい。王なんてもういないのに」
「俺がその王だと言っているだろうがよ゛……」
理解、出来ているか……? アホなのかこいつは。言っている事をそうかそうかと鵜呑みにしてればいいものを、歯向かい否定してくれて。むかつく野郎だ。
「お前……身分をわかって会話しろよ……? 到底上の身分であ……」
「どうなさったのですか……? 皆さん、何かお困りのようですけど……」
被せて来た。乗っかって来た。大雪に積もり上げた大量の塊が俺の言葉に、落ちて覆い被さって来やがった。
横槍を入れて、俺を平然と除け者にするのか。俺が話し掛け、俺が気を引いた相手を横から掻っ攫うのか。
「あぁ困ってるよ。お前らが話し掛けてくる物だから俺が困ってる。そしてこれから話しかける奴も皆困る。だからよそ者は消えてくれ」
「おい、スノードロップ……、今は俺がこいつと話していたのだが……? 何やってんの……?」
「会話になっていなかったじゃない」
「なっていなかったんじゃない……、今から会話をしようとしていたんだ……。なのに横からお前は……、何だ……、二人して俺をコケにするのか……?」
コケにされたと思って間違い無い。俺を疎外にし勝手に話を進めるなど言語道断であり情状酌量の余地無し。罰を与える対象にしてしまっても、誰からも異論は飛ばない。
「どうしてそうなるの……? 問題の解決に手を伸ばしていただけじゃない」
「だけ……? 王の俺を無視して他の奴と会話するのか。良いご身分になったな、劣等種」
「……っ! またそうやって悪気のある言葉を言う!」
人聞きの悪い言い方。悪気なんて一切無い、思ったことを言っている。
俺がわざわざ怒られる筋合いなんて微塵と無いのだ。
それをこいつに解らせる必要があるよう……。
「アザレア、手をどけろ」
「まぁまぁ、喧嘩はそこまでにしときましょう。ほら、わたくし達見られてますわよ?」
「だから何だ!アザレア・カットール! 勝手に付いて来た分際で俺に命令するんじゃねえ!」
「今日はそこそこにして、あの宿で休みませんこと? 奪うのは明日でも間に合いますわ。それに、王様にも休息は必要ですわよ?」
…………。
休息ね……。
まぁ、確かに若干疲れてはいるが。
「俺にあんな小汚い宿で休めと言っているのか。ご冗談が過ぎるぞ」
「物事、一度は体験をしてみるものです。あの小汚い宿だって中は大豪邸かもしれないですわよ?」
「そんな訳あるか。見た目と中身は比例する」
「そういう気持ちが必要だと言う事です。さぁ、行きましょう、あなた様」
……まぁ、今日侵略する必要も無いか。
今日は寝て、明日この町を塗り潰そう。自分を曲げるのは癪に障るが柔軟に生きる事も大切か。
「アザレアに免じてさっきの無礼は許してやる、二人ともな。興が冷めた」
「……そう……、ありがとう……」
「さすがわたくしの見込んだお方ですわ。お優しいこと」
そう、俺は優しい。終始優しい王なのだ。
だから、許す事を知っている。そんな俺が町を消したのは数々の無礼が臨界を突破し、俺の優しさに漬け込み反乱を起こした馬鹿どもを根元から消滅させただけで、こんな無礼を働かせた奴を許す心を知っている。
汚い宿で寝る事も、汚い住民に囲まれている事も、汚い目線を浴びている事も、全て許せる。
だから俺は王なんだ。