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09 抗って、逃げて

前半クラム

後半リルア

飲み込まれる。


黒い闇のような、知覚できない何かに周りを囲まれ、逃げ場がない。


抜け出そうにも体は動かず、ただただ、焦燥感のみを感じる。


身体がズブズブと沈み込み、自我も、力も、何もかもが飲まれ────喰われる。


喰われる?


「ぁぁぁああああ”あ”あ”あ”あ”っ!!!!」


水面から出た時のように急に意識が浮上する。


一気に晴れた思考、だが理解が追いつかない。


「ちっ、失敗だ、コイツしっかり抑えてろ!」


「はい!」


数人の魔族によって地面にしっかりと押さえつけられた体、頭は暗い赤髪をした魔族の男に両手でがっちりと押さえられている。


「はあっ、はあっ……そ、うか……」


「─────────!!」


「っ!?」


どうしてこうなったのか。自分の状況を思い出した瞬間、頭を掴んでいる男が自分には理解できない言葉を言う。詠唱。呪いの詠唱だ。


男から目が離せなくなり、全身をなんとも言い表せないとてつもない不快感が襲う。押さえられた体がビクンビクンと痙攣する。


顔面はものすごい表情になっているだろうが、声は、出ない。


「堕ちろ。下まで。楽になる」


全身を襲う不快感、思考にまでそれが現れているようにバラバラとして深く考えることができない。


このまま堕ちてしまえば楽になるらしい。だが、何かが引っかかりそれを踏み止まる。


堕ちろ、堕ちろと男は言うが、それを聞いているうちに頭痛がしてきた。


その頭痛で思考がまとまる。


「は、ははっ、この、程度……なんともなっ、うっ!?」


赤紫に光る瞳、この目を見つめていてはいけない。そうとわかっているのに離すことができない。


「ほら、堕ちろ。大丈夫だ、お前はちゃんと丁寧に使ってやるよ。この身体も、力も、ああそうだ、その目もちゃんと使ってやるから」


「う、ぐがぁああ!」


「ほらほら」


頭痛が酷くなっていく。


身体が自由なら頭を抱えて転げ回りそうなほどに酷い頭痛。だが手足は動かせず、目も離せないから頭痛もなくならない。


どうにかこの状況から抜け出さなくてはいけない。


「だい……じょうぶ、ですよ……同じ“力”、持って、ぐっ……もってる、者同士……」


こうなることも考えてましたよね?


残る力を振り絞り、逆に呪いを相手にかける。


呪いの上から呪いを被せ、かけられている呪いを上書きし逆流させる。


「うっが!?」


男が仰け反り、目と頭が自由になる。


男を心配してか体の拘束が緩む。その隙に足を拘束から引き抜くと、押さえていた男に強い蹴りを入れる。男達は押さえるためにしゃがんでいたわけだから顔に足が直撃する。


「っこの!!」


それが駄目だったらしい。


蹴った男は左右合わせて2人、そのうち自分から見て右にいた男が短気だったらしく、蹴りが当たった直後に腰の剣を抜き右足にぶっ刺してきた。


「────っああああああ!!」


脹脛を貫通するように刃が刺さる。


痛みには慣れているはずの体だが、やはり痛いものは痛い。


「くっそ、お前っ!勝手なことするなって言われてただろ!」


「仕方ないだろ!」


呪いを跳ね除けた後の倦怠感、だがこのまま休んでいる暇はない。


呪いをかけていた男はまだ呻き声を上げ頭を抱えてうずくまっている。


残りは刺した男に気をとられているか、うずくまる男に声をかけているかのどちらか。


牢の鍵は開いている。逃げるなら今。


自分自身に魔法をかける。傷の痛みを認知しないように。逃げるのに痛みは障害にしかならない。自分にかける上に認識を変えるだけだから魔力の消費はごく僅か。これなら問題ない。


人数差で負けている上に自分の体は今弱っている。何日も何も食べていないのだからそれは当たり前なのだが、この状況でこれは辛い。



取れる行動はただ一つだけ。


やるしかない。







自分で決めた決まりを、禁忌を、犯す。







◼️◼️







灰色の大地、全てを劣化させ風化させる濃い魔力。


それでも、樹々の生える生き生きとした生命の宿る、とてつもなく大きな森までは飲み込めなかった。


ここは、そんな生き残った大きな森のうちの1つ。


土は黒く、養分を含み、穏やかな、魔力に汚染されていない動物達が暮らし、森の深い所では小川さえ流れる。


この世の楽園。


こんな世界ならばそんな言葉さえ出てきそうな場所。


誰もが皆この場所に押しかけそうだが、この森の前には凶暴な魔物達がたむろし、そもそものところ森が見えるところまで行くのにも苦労する。


「誰もが来られないというわけではないのですけど。逃げて隠れるのには最適の場所ですし」


緑の中ただ一つ、異色を放つ赤い髪。


リルア・グラナティス。


この森は魔王城から遠く離れた場所だが、どうやってか短期間でこの場所にリルアは来ていた。


「うーん、やっぱり森の空気はいいですわ。この空気、最高ですわ!中の方にまで来た甲斐がありましたわね」


腕を伸ばし、全身で森を感じるかのように体を広げる。


しばらく堪能し、満足した表情で歩みを再開した。


「あら?水が流れていますわね」


聞こえる水の音。となると歩みはそちらの方向に決まる。どんどん歩いていくと、やはりそれは合っていて、2メートルほどの幅の川があった。


「どちらでもいいのですけど……元を辿りましょうか」


水が流れている方へと進むことを決め、川の音を楽しみながら歩く。


あまりしない内に水の湧き出る場所へ出る。そこは小さな泉となっていて、神秘的な雰囲気を醸し出している。


「あら?」


「……え?」


誰もいないはずのその場所。


リルアとは反対側の岩に腰掛ける薄青の髪の少女。


「……フィア、ですの?」


疑問形になったのはおそらく、少女が覚えているものよりやつれ、いつも笑顔で曇りを見せず輝いていた表情は暗く疲れ切っていて、どう見ても外も中もボロボロだったからだろう。


「りる、あ……本物、なのです?あはは……ついに幻覚、見えるようになった、なのです……」


「……っ!」


彼女は。


重みに耐えられなかった。


笑顔を、幸せを知っているからこそ。


1番、どうしたら人が笑顔になるかわかっているからこそ。


自分のせいだと、自分が失敗しなければと。


深く、深く後悔して。


自分で心を傷つけて。


耐えられなくなった。


「そうかも、しれないですわね……」


ゆっくりと、フィアの元へ歩み寄る。


近くに来た時にはすでにフィアはリルアに興味を示していなかった。


幻覚だと。ありえないものだと思っているから。


「……今は、休みましょう?」


さすがに真正面で目線を合わせて話しかけられれば反応はする。


「やす、む……?」


「ええ」


柔らかく、優しく笑顔で諭すように。


そんな笑顔のまま、片手を懐に入れ何かを取り出し、口に含む。


「ごめんなさいね、貴女みたいな魔法は使えないから」


フィアの顔を両手で包むと、そのまま口付ける。驚いたのか、小さな手が赤い頭を掴む。


だが、後頭部をしっかりと押さえ、小さな体を反対の腕で抱えるようにしたリルアを離せるわけもなく。


「んん!、むぐっ、んぅ……んんっ……んっ」


そのうちに、フィアの体の力が抜け、赤い頭を掴んでいた手が地面に落ちた。


「んっ……」


銀の糸を引き、2人の口は離れる。


フィアは眠ったらしかった。


「仕方なかったのですもの。許してくださいな。合法、ですわ、合法。合法キス。さいこう……ごほん。さて、狩りでもして食料調達、ですわ。フィアちゃんたらガリッガリになってしまいましたものね」


わずかに上気した顔、フィアを見る目は危険人物。



木陰の、柔らかな草の生えた場所にフィアの体を横たえるとリルアは立ち上がり、先程の危険人物の表情とは全く違う、優しげな表情をし、フィアを見下ろす。


「ゆっくり、お休みなさいな。心配事は、その後、ですわ」

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