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35 歪みは、気付かず

レノです。

短め。

「魔王に勝て、とはまた信じるにも信じないにも、どちらとも言えないようなものですわね……。信じないなら他にすることは?わたくし達にはそれがわからない。ならその通りにするしかない。勝って元通りになれば万々歳、負けたとしてもこれ以上悪くはならない。それ以外道はありそうにないですわね」


ルトが帰ってきて話した内容は、僕たちを悩ませた。


“魔王に勝つ”


一度、失敗したこと。それによって世界は変わった。何故?たったそれだけのことで?だがそれが事実。


勝てば世界は元通りだという。それも、たったのそれだけのことで。


「勝ち負けだけで世界の行く末が決まるなんて俺には信じられない。何代か前の勇者でも、魔王に負けてるのがいるんだから。その時は世界は終わってない。これまで続いてたのがその証拠だろ。そもそも、レノにあんなことしたヤツのことなんて信じられねえから」


僕から見てベッドの右手側に座るルトが僕の手を握り、声を荒げる。言葉の最後の方になるにつれて、握る力が強くなっていく。


結構痛いかな……。


「私、は、なのですね。……はっきり言うと、怖い、です。もう一度あの力の前に立つのは、勇気が、足りないなのです……」


「フィア……。えぇ、えぇ。無理はよくないですもの。ゆっくりでいいですわ」


フィアは、まだ怖いらしい。


一度逃げたものにまたすぐ立ち向かえ、というのは無理がある話だ。万全の状態で挑めないなら勝ち目はない。無理するくらいなら僕もリルアと同意見だけど……。


「……あまり残された時間は多くないと思うの。たくさん死んだわ。悲しむ間もなく、自分も死んでしまうかもしれない。私は、できる限り早くこの世界を救いたい。一度失敗したけど、許されないことだけどもう一度、救う機会が与えられるなら、私はその機会を生かしたい」


強く反対するような言い方ではない。けれど、意思の強さ、曲げないという思いが伝わってくる。


「賛成です。もちろん、セラだからというわけではありませんよ?失ったものは戻ってこない。けれど、これからの未来を救うんです。素晴らしくないですか?許されない失敗をしました。許してもらおうなんて思いません。これは、自分の気持ちを楽にしたいだけです。自分の、我が儘なんです」


各々、自分の思う気持ちがある。


でもただ1つ同じなのは、この世界の現状をどうにかしたいということ。


「今を、変えたくないわけじゃないなのです。ただ私は……まだ、立ち向かう、勇気が……」


「それは勇気じゃない。気持ちの問題だ」


勇気も気持ちの問題だと思う。


ルトの言いたいことはなんとなくわかる。怖いから、それに立ち向かう勇気がない。それは勇気とは言わない。怖いものに立ち向かうのは、勇気ではない。そういうことを言いたいんだろう。


どっちでもいいと思うけど……。勇気は勇気だから。


「でも、俺もまだ行く気にはなれない。アイツの言うことは、信じられないから。だからフィア。たぶん、近いうちにまた魔王と戦うことになる。アイツが言わなくても、魔王とは決着を付けるべきだから。魔王が俺を殺せない理由も知りたいし、何より俺は勇者だ。世界を救うのは、勇者の仕事だから。だからそれまでに、気持ちを固めておいてくれ」


珍しくルトが真面目なことを言った。


ルトもルトで考えることはあるはずだ。勇者としての自分と、今の現状について。


それは僕よりよっぽど責任というものを深く感じているはずで。


……僕は今、何をすべきなんだろう。


この部屋の中を少し動くので精一杯の体。魔法も使えず、日々の生活も自分1人では行えない。ルトが色々やってくれているけれど、それもずっとというわけにはいかないだろう。


僕、は。


今何ができるんだ……?


「……ノ?レノ?大丈夫か?具合でも悪くなったのか?」


届く声に、視線を向ければルトが心配そうに僕を見ていた。


「ああ、大丈夫。……大丈夫だよ。少し考え事をしていて」


「本当に?何かあるなら言えよ?俺、できることならなんでもするから。……そうだ、もし魔王と戦うとしてもレノはどうすんだ?」


行くことはできない。足手まといにしかならないし、もしまた魔王に捕まればルトに迷惑をかける。


「そうですわね……。最中にどこかで1人、というのも今のレノの状態では危険ですし。戦っている間はセラもここの結界切りたいでしょう?……難しいですわね」


「まあ勝つとして。どのくらいかかるかもわかりませんし。どこか近くに頼れる人がいればいいんですけど。信用できる者が」


そもそもの所からして、僕の存在は皆にとっていらない荷物以外の何でもない。戦えないだけでなく、自分の身さえ守れない。


どうしようもない。


ルトを助けに行くまでは良かった。僕がしくじらなければ、万全の状態で僕は今ここにいただろう。


全て、自分の責任。


「大丈夫、僕のことは気にしないでいいから。どうにか……する。みんなは、魔王のことだけ考えて」


「無理。心配すぎてそれどころじゃなくなる!魔王に勝てたとして、帰ってきてレノが怪我してたら?襲われて死んでたら?無理。絶対無理。レノをどうするかちゃんとしてからじゃないと、俺戦えない」


握られているのは片手だけだったはずなのに、いつの間にか両手をルトを握られている。ルトはわざわざベッドに乗り上げ、僕にしがみつくように腕を体に回してくる。


「えぇ……。無理ね。魔力で見つかることがないとは言え、絶対、とは限らない。そしてもし見つかれば無事ではいられない。ヴァルへの攻撃で痛めつけられるくらいならまだいいわ。でも、最悪殺されるわね。……ええ。それが一番でしょうね。ヴァルは、恐らくそれで倒れる」


「……考えたくもねぇ。でも、うん。絶対セラの言う通りになる。レノが死ぬとか、考えられない。いや、老いて死んじゃう、とかならまだわかるんだけど。でも今、レノが殺されるのは想像したくない。…………レノ、死ぬなよ?」


「……善処するよ」


僕だって、死にたくはない。まだ生きていたい。こんな身体でまだ生きるのか、と思う者もいるだろう。……ルーナフェルトとか。


でも、まだルトと一緒にいたい。みんなと一緒に過ごしていたい。この世界で、この、今やこれからの時間を。


絶対はありえない。


絶対なんて言葉、時が絡む事象にはありえないんだから。人は、いつか死ぬ。これだけは絶対。


「善処するじゃダメ。絶対、だからな!俺が許さない。レノが死んだら俺も死ぬ。よし」


「よし、じゃないですわ。お馬鹿さん。レノは死にませんし、死なせません。それに、後追い自殺をされてレノが喜ぶとでも思ってますの?レノなら悲しみますわね。僕のせいでルトが……なんて言って」


「森はどうなのです?あそこなら、結界はなくても敵意ある者はほとんど来ないはずなのです」


僕と別れた後、セラとルトは森にいたらしい。まだ大きな森は残っていて、そこでリルアとフィアの2人と合流できたと聞いた。


自然が、自分の力で生き残っているのなら僕も見てみたい。結界の中の植物ではなく、自然自身の力で残った緑を。


「結構いい案なのでは?私はそう思いますね。魔力も綺麗なんでしょう?」


「辿り着くのも大変だから、いいと思うわ。まさかそこまで探しには行かないはずよ」


ルトが、僕を見ている。


「……?」


「いや、なんか。レノのことだから、自分が邪魔とか考えてそうだなぁ、って。あ、別に思ってなけりゃ俺の勘違いなだけだから。ただ、そう思ってるならやめて欲しい、かも」


邪魔とは思わなかったけど。それに近いようなことを考えた。荷物も邪魔も同じか。




「……事実、だろう?何もできない。何も与えられない。動けない。魔法も使えない。手伝ってもらわなきゃ、ベッドから離れられない。邪魔、だろう?」

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