部屋の外で息がし辛いお話
一時間企画です。テーマは「泡」「部屋の外が宇宙」「塔」を使用しました。
俺にとって部屋の外は宇宙に等しい。そこに酸素がないように息がし辛い。生き辛い。
俺にとって、外とは苦しみの中で自分を偽って生きる拷問に等しいのだ。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
今日も俺は普段通りに目をさます。ここは自分の部屋のベッドの上だ。ここだけが俺が俺らしく居られる場所だ。ずっとここに居たいがそういう訳にもいかない。さっと着替えて酸素のない宇宙に、息が出来ない部屋の外へと出る。
リビングにはすでに両親はいなかった。そういえば今日は仕事で早くに出るといっていたことを思い出す。優秀な弟もすでに出かけているようだ。かなり早い時間なので朝練か何かだろう。しっかりしている。
適当に食パンを焼いて、マーガリン……ではなくジャムを塗って食べた。普段より息がしやすかったのは気のせいではないだろう。
外に出れば、数多くの鉄塔が俺を威圧するように並んでいる。どこからも見ている、と言われているようだ。吐き気がする。モヤモヤとした黒い感情をため息に変えて吐き出す。
そうこうして歩いているうちに高校についた。俺は言っていなかったが高校生なので、普通に授業に出る必要がある。当たり前の事だが。それはどうでもいいが、ここはリビングなんかよりもずっと息ができない。そんな場所だ。周りはすべて敵なのだから。
どうやら俺は周りから見てカッコイイ、という扱いだ。なぜなら優秀な弟の兄なのだから。あの優秀な弟は学校中で話題になっているらしい。だからこそ俺は優秀な弟にふさわしい兄にならなければならない。それを崩せばどうなるか分かったもんじゃあないからだ。数十人から謗られるのは御免被りたい。だから俺は俺を隠して生きている。暴こうとするやつは敵だ。寄るな、近寄るな。
「よう、相変わらずキッツい目つきしてるな」
陽気な敵だ。よく口も回るから要注意だ。
「こらこら、無駄な絡み方しないの」
物腰の落ち着いた敵だ。委員長だから権力もある。要注意だ。
「あの、今日も一緒に帰れますか?」
小心者で優しい敵だ。この前は絡まれていたところを助けて家まで送った。それから、なぜか俺の周りに寄って来る。なつかれたのだろう。
帰り道が似通っている。要注意だ。
「すまんが、今日は無理だ。少しよる場所がある。一人が不安なら委員長にでも頼めばいい」
「え、私? まあ、いいけどさ」
「う、うん。ごめんなさい。無理言って」
「べつに、問題はない。委員長は安心させてやれ」
話を切り上げ、俺は外へ向かう。昼飯の時間だ。どこに誰の目があるか分かったもんじゃあない。昼飯を見られたらダメだ。なるべく人気のない場所を目指して俺は目立たないようにゆっくり移動した。
誰にも見られずに昼飯を食べ、放課後になった。ここからはよりつらい。朝確認したらあれが切れていた。だからあれを手に入れなければならない。もちろん誰からも見とがめられることなく。
大勢が集まるスーパー、俺を知っている人がいないか、それは俺には把握しきれないから、なるべく目立たずに目的の物をかごに入れる。ついでとばかりに家に置き去りにされていたメモにあったものを買いこんでいく。弟は部活があるのでこれから料理もしないといけない。ため息が一つこぼれた。
不審にならずに目的の物も買えた。これで帰るだけだが、そう簡単にはいかないようだ。
敵二人……委員長な敵と、小動物な敵だ。
「あ、よる場所ってここだったんだね」
「別に学校帰りの買い物は禁止されてないわよ?」
「別に……見られたくないかっただけだ」
本心だ。なんでこんなことになってしまったんだ……!
「私は言ってくれればお買い物くらいお付き合いしますよ」
「変に遠慮するのはやめなさい」
「親から頼まれたのが重なって大荷物になっただけだ、じゃあな」
とにかく逃げなければ、俺という偶像が崩れる前に。せっかく手に入れたあれを思って帰れば酸素の入った泡を得たかのように楽になれると思ったのに……!
「せっかくだし送っていきなさいよー。わざわざ私に頼むくらい心配していたんでしょー。優しくてかっこいい頼りになるイケメンさん」
「委員長! 無理を言っちゃだめだよ」
ここまで取り繕った俺はそんな声を後ろにさっさと歩き去った。優しくてかっこいい頼りになる男? そんな奴はいない。
なんとか家までたどり着いた。あれを買い物袋から抜いて俺の部屋まで運ぶだけだ。だというのにあの優秀な弟は何かに感づいたらしい。しきりに袋を受け取ろうとしてくる。
「兄さん! 大変だったんだろ。無理しないで少しくらい僕にも運ばせろよ!」
「無理などしていない。お前こそ朝から練習だったんだろう?すぐそこに置いて来るだけだ」
弟にばれたら、厄介だ。なんとしてもあれは隠し通さなければ。この買い物袋に入っている白い粉を隠さなければ。
苦戦しながらも、何とか弟を引きはがせた。あとは食品を収めて、残った袋を部屋に持って上がるふりをしてあれを部屋に持ち込むだけだ。袋は部屋でたたんでいるという事を言い訳にしている。完璧だ。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
あのあと、両親は今日、遅くなるらしいから二人で夕食を食べ、弟が食器洗いを担当する間に俺は部屋に戻ってきていた。そして大きく息を吸い込む。やっとここに戻ってこれた、そんな気持ちでいっぱいだった。
そして今日買った。あれ、上白糖をひっそりと組み立てた機械の中央部、そこに開いた穴に入れる。右手で手回し発電機意を回し、左手で竹串を持ち機械の周辺部に出てきた薄く白い雲を絡み取る。
「いい出来だ。やっとこの甘さを得ることが出来る」
そう、俺は大の甘党だ。だが、出来た弟の尊敬の目を曇らせたくはないし、周りの期待にも応えたい。そんな結果かっこいい俺を演じるため外では俺にとって酸素にも等しい甘いものを簡単に摂取できなくなってしまったのだ。この部屋の中でだけ俺は人目もはばからずに甘いものに目を細める。
俺にとって部屋の外は宇宙に等しい。そこに酸素がないように息がしづらい。甘いものを簡単に食べられないから。
俺にとって、外とは甘未の誘惑に耐えるという苦しみの中で周りのイメージする自分を自分だと偽って生きる拷問に等しいのだ。
口の中でとろける綿あめを味わいながら。当分は綿あめが安定して食べられそうでほっとするのだった。
色々とごめんなさい。こんな落ちで。