63話 『姉も弟も関係無いのに巻き込まれつつある』
「貴様、カサバ・コナーだな!」
迷彩服の男がそう言った。
それに対し、ラフなTシャツ姿の筋骨隆々な白人が、
「Uh hun」
と、軽く答える。
その返事を聞き、迷彩服の男は「やはりそうか。ついに見つけたぞ」と頷いた。
「俺はヒーロー『キラーウォーカー』。貴様を倒す正義の使者だ!」
「アッ、そうナノ? セイギなのに、キャラクターネームにKILLが付いてるノ?」
カサバ・コナーと呼ばれた男は、オーバーに手を上げ肩をすくめ、
「フー。でもそうか、ユーも『KILL』なのか」
と溜息をついた。
一方迷彩服の男は、熱心に自分語りを始める。
「ある日ふと気付くと、この『星の力』に目覚めていた。そして支援団体の者達がやって来て、正義のヒーローになったのだと知らされた。歓喜に震えたよ。やはり俺は他人とは違う……特別な選ばれし者だった!」
「WOW、それは良かったネ! でもネ、世界に住む皆それぞれが特別なんだヨ」
「俺がこの正義の力を得ると同時に、テロリストにして殺し屋である有名な死刑囚カサバ・コナーが脱獄。これはまさに、俺が貴様を倒せという神の啓示だろう」
「ユーはジャパニーズなのに神を信じているのかい!? ああそうかソーリー、八百人の神がいるんだったネ。やっぱりイエスキリストも八百人いるのカイ?」
カサバがそう言って笑うのを気にせず……というか、自分に酔っているため茶化されている事に気付いていないキラーウォーカーは、そのまま話を続ける。
「貴様は元アメリカ軍人らしいが、わざわざ日本にまで来て人殺し家業とは、恐れ入るな」
「NO。軍人じゃなくて傭兵。それにボクの国籍はジャパンだヨ。パパが帰化してるからネ。そんなユーも迷彩服だけど、自衛隊員なのカイ?」
「違う……俺はどこにも属さん、正義のヒーローだ!」
「ソーリー、よく見るとチャチなオモチャの迷彩服だネ。コスプレが趣味なのカイ?」
「……貴様ぁ!」
そこまで会話した時、スターダスト・バトル運営の撮影部隊が到着した。
「オウ、やっと戦えるヨ……いちいちカメラの前で相手と対峙して戦わないと、報酬も貰えないからネ……メンドクサイヨ」
カサバ・コナーは、誰にも聞こえない小声で呟いた。
彼は本当なら、遠くから狙撃してさっさと倒したいのである。
「さあ、覚悟しろカサバ・コナー! このキラーウォーカーが貴様を倒す!」
同じくカメラを待っていたキラーウォーカーが、待ち望んでいたとばかりに叫んだ。
そしてそのヒーローの腕が、ぐにゃりと変形する。
「DUDE! ユーはトランスフォーマーだったのカイ!」
カサバが嬉しそうに手を叩いた。
キラーウォーカーの右腕が巨大な鉈、左腕がショットガンの銃身銃口になったのだ。
「これが正義の力! 俺は両手両足を武器に変えられるのだ!」
「COOL!」
「地獄に送ってやる。正義の鉄槌、受けてみよカサバ・コナー!」
そして正義のヒーローは、鉈を振り上げ悪人に襲い掛かった。
カサバは後ろに飛び退き鉈を避け、続いて放たれるであろうショットガンの攻撃前に、
「ヘイ、待て待て。さっきからボクの本名呼びっぱなしだケドサ」
急に真面目な顔になり、手をかざしキラーウォーカーを制止した。
「それがどうした」
「一応、ボクのヴィランとしてのキャラクターネームもあるんダヨ。そっちで呼んでくれないカナ」
「ぬっ……」
キラーウォーカーは、撮影隊の方をちらりと見た。
確かに「キャラクターに徹してくれ」と運営から言われている。
「だが貴様のヴィランネームは知らん。呼ばれたいのなら名乗れ!」
「アアそうダネ、いつもは名乗る前に相手を殺しちゃってるカラ。ボクのキャラクターネームは、勧誘の人が考えてくれた『キルア―ミー』……は、他と被ったって言われたから変更したんだったかナ。えーと今は……あっ?」
ふと、カサバはキラーウォーカーの頭上を見上げ、驚愕の表情になった。
「オーゥ……What the fuck?」
「……?」
つられてキラーウォーカーも空を見上げる。
すると……
「ソウソウ。ボクのキャラクターネームは『KK』だヨ。ただのイニシャルだケドネ」
「……んっ……?」
キラーウォーカーの頸動脈が、切断されていた。
背丈の倍まで飛び上がる血飛沫。身体中の力が抜ける。
カサバ・コナーの手には、血に染まった小さなナイフが握られている。
この小指程しかない玩具のような刃物で、体表から数センチ下にある丈夫な血管を、一瞬のうちに掻っ切ったのだ。
「あっ……え……?」
何が起こったのか把握しきれず、足をふらつかせるキラーウォーカー。
左手のショットガンをカサバに向けるが、
「ダメダヨ、サバゲーくん。スーパーパワーに頼り切ってしまうのハ。こんな子供騙しのフェイントにも引っ掛かってサ」
カサバはその丸太のような腕でショットガンを握り、冷静に銃口の向きを自分から逸らした。
そして腕を捻り上げる。キラーウォーカーは、なすがままに地面へ組み伏せられた。
「うあ……貴様……」
「だってショボいんだモン、『星の力』ってネ。ボクもせっかくそれを身に付けたケド、それでもナイフや体術を使うヨ。だってそっちの方が強いカラ。この程度のスーパーパワーなら、あくまでも補助的なモノだと考えなきゃネ」
「うわ、ああが……」
カサバは更に腕を捻り上げ、キラーウォーカーの左腕を無慈悲に破壊した。
残った右腕の鉈で抵抗しようとするが、簡単に避けられ、逆に自分の体を傷つけてしまう。
「き、あ……」
頸動脈を損傷した場合、失血のショックにより意識が数十秒で飛ぶ。
彼の意識もそこで途絶えた。
そして後は死を待つだけ。
「アイノウ、暗殺稼業してたら、ユー達の何百倍も凄いスーパーパワーを色々見たよ」
相手の意識が飛んだのに気付いているが、それでもカサバは台詞を続ける。
これは、カメラを通じてスターダスト・バトルの運営に語りかけているのだ。
「特にこのジャパンには、毒霧にトランスフォームして一分で千人殺しちゃうような、モンスターオジーサンがいるんだヨ。それに……」
キラーウォーカーの頭を掴み、とどめを刺そうとしながら言う。
「カラテガールってキュートなスーパーヒーロー。あれは『星の力』とは、違うパワーだよネ?」
骨が折れる、鈍い音がした。
◇
テルミと鈴を追っていた、二人組の男達。
彼らは息を切らし、公園のベンチで水分補給をしていた。
「あーあ。結局あの子達見失っちゃいましたね先輩。どうするんすか先輩。ねえ先輩。先輩」
「うっさいな。今考えてるんだよ」
先輩と呼ばれる男は煙草に火を点け、携帯電話をいじり始めた。
この二人は、根元が作った人工超能力者に、
「あなたは『星の力』に選ばれた能力者――星屑英雄の一員。人々を助ける使命を授かったのです。そして星に選ばれたのはあなただけでは無い。ヒーローも、悪人もいる。『星の力』は超能力者達を戦わせ、最後に生き残った一人の願いを叶える……」
という嘘設定を信じ込ませる役目を担っている。言うなればヒーロー勧誘員である。
「なんで人助けするヒーローとして選ばれたのに、悪の能力者だけでなく他のヒーローまで倒さないといけないんだ?」
と聞かれれば、
「それは分かりません……『星の力』の考えは、我々凡人には計り知れないのです……!」
と、宗教神話の解釈のような曖昧な返答をしておく。
現に超能力が使えるようになったという事実があるので、こんな適当な答えでも皆なんとなく納得してくれるのである。
そして能力と容姿からヒーロー名を一緒に考え、コスチュームも一緒に選ぶ。その他道具や武器も貸し出す。
そんな保険アドバイザーのようなサービスをしているのだ。
質が悪い能力者は、ヴィランとして誘う場合もある。
それらの業務を、広告業で培った交渉術を駆使し遂行する……予定だった二人組。
ヒーロー勧誘員は他にも数組いるのだが、この二人は今日が初任務。
しょっぱなから出鼻を挫かれた。
「早々ミスったって事で、僕達怒られますね先輩」
「うるせえな。どうにか怒られないよう、バレない内にリカバリすんだよ!」
「そうやって誤魔化して報告連絡相談しないつもりですか先輩。それってドツボに嵌って結局もっと大きい失敗してしまって、また係長に怒鳴られるパターンですよ」
「黙れバカ」
痛い所を突かれ理不尽に怒鳴った後、先輩社員はスマホ画面を後輩に見せた。
そこにはテルミと鈴の姿が映っている。
何枚もある画像をスライドし次々に表示させた。後姿の写真、横顔の写真、振り向きざまの顔写真。
胸ポケットあたりに仕込んでいる特殊な隠し小型カメラを使い、尾行中怪しまれないように撮影。その写真データがスマホに転送されていたのである。
「とにかくあの子の、そして一応友達の方も顔は分かってんだ。まだ失敗したと諦めるには早いぞ」
先輩はスマホのアドレス帳を開く。
「とりあえずは駄目元で、知ってるヒーローに『保護してくれ』と頼んでみるか」
「なんでヒーローの個人メアド知ってるんですか先輩。勧誘員としてもまだ初日なんで、担当ヒーローもいませんよね。なんすか。友達なんすか」
「一応登録してるだけで、実際に電話したことはねえよ。お前と組む前に、一回だけ勧誘員を手伝う機会があってな。そこで、連絡先書いた紙を勧誘員全員に配ってるヒーローがいたんだよ」
先輩社員はそう言って、ヒーローの電話番号を表示させた。
「おっと。ヒーローに俺の携帯番号知られちゃ多分不味いし、非通知で……いや一応公衆電話から掛けるか。それで、このヒーローは男子高校生なんだけどな。なーんか変なヤツだったなあ」
◇
「どうやら撒いたようですね」
ビルに囲まれた裏通り。
追手がいないことを確認し、テルミはずっとお姫様だっこしていた蕪名鈴を、地面に降ろした。
鈴は「重かったよねー?」と申し訳なさそうにする。
「あのー、輝実さまー」
申し訳ないついでに、鈴がテルミへ頭を下げながら言った。
「私のバリアについてー……桜さまには、秘密にしといて欲しいなー……」
悲しい目で訴えかける。
桜に余計な心配をかけるかもしれない。
桜の邪魔になるかもしれない。
桜に嫌われるかもしれない。
鈴は、そう思っているのだ。
「……そうですね。分かりました」
テルミは先輩女子の気持ちを察し、そう返事をするが……
「どうして隠すんだ。せっかく『星の力』に選ばれたと言うのに!」
突然、そんな横やりが入った。
金属がアスファルトに衝突する、ガゴンという音。
上空――ビルの屋上から、人影が降って来た。
片手片膝で地面を突き、しゃがんだ状態での着地ポーズ。
「わー、な、なんだーなにー?」
鈴は驚き、テルミの腕を掴む。
テルミも鈴を庇うように抱き寄せた。
その落下してきた人物は、顔を上げ、
「やあテルミくん。こんな所で奇遇だな」
低い声でそう言った。
ワックスで髪を逆立てている、男子高校生。
「……芹沢くん、どうしてここに?」
彼はテルミの同級生、芹沢参人であった。




