60話 『姉、利用されちゃう』
それは夏休みに入るより、少し前。
「あら莉羅ちゃん」
真奥家日課の早朝ランニング準備中。
桜は、玄関前でしゃがみ込んでいる妹を発見した。
「どうしたの?」
「……鳥……さん……」
目の前の地面に、オレンジ色の頭を持つ鳥が横たわっている。
既に事切れているようだ。
「この辺では珍しいコマドリね。迷い込んで来たのかしら?」
「うん……でも、もう……死んじゃってて……かわいそ……」
「あらっ、莉羅ちゃんったら優しい! かわいい!」
桜は妹の頭を撫でる。
そんなスキンシップには無反応のまま、莉羅はコマドリの死体を両手で掬い上げた。
「その死骸、どうする気なの?」
「……裏庭に……お墓、作って……あげる……の」
「ふーん。でも莉羅ちゃん」
桜は小首をかしげ、庭へと歩き出した妹の背中に尋ねる。
「どうして、生き返らせてあげないの?」
その言葉に、莉羅はぴたりと足を止めた。
「自然の摂理に反するとかなんとか、そういう系?」
「……んーん……自然の摂理、なんてものは……人間が、勝手に言っている……概念……」
そして莉羅はコマドリを見つめ、寂しそうに呟く。
「この子は……死んでから、何時間も……経っている……もう、手遅れ……なの」
「あらそうなの……って、莉羅ちゃんの蘇生には時間制限あったの!?」
「うん……そ、だよ……」
桜には初耳であった。
今までも『殺す。生き返らせる』を何度も繰り返している。それを思い返してみると確かに、全て死んで一時間も経たない内に蘇生させていた。
例外は香港マフィアくらいか。あの時は……
「とにかく、りらは……お墓に、埋めてくる……ね」
莉羅が再び歩を進める。
そして桜は、過去を振り返るのをやめた。終わったものをアレコレ考えても仕方がない。
「よーし。お姉様も手伝うかんね!」
◇
そんな姉妹の会話と、同日の出来事。
「よく集まってくれた、役員諸君!」
都内某所。小さな貸しビルの一室。
新進気鋭の企画広告会社が、緊急役員会議を開催した。
若い会社であるため、役員と言っても三十代の若者達。両手でカウントしても指が余る程度の人数だ。
「まず、何も言わずにこの映像を見てくれ」
社長の滝野川――根元の友人である――が、秘書に指示を出す。
秘書である女性はプロジェクターに繋いでいるパソコンを操作し、スクリーンに動画を映し出した。
『△Vウ×ガゥ△●×ム○×ァァ』
『うりゃりゃりゃりゃあああー!』
それは黒いナース服の仮面巨乳ヒーローが、鉄の巨人を退治しているシーン。
「カラテガールと、テツノドンですか?」
「ああそうだ。皆も知っているだろう」
「ええそりゃもう。インターネットで、再生回数がとんでもない事になっている動画ですね」
役員達の返事に、社長は我が意を得たりとばかりに胸を張る。
「我が社は、このカラテガールで一儲けするぞ!」
そう宣言し、机を叩きながら立ち上がった。
騒めく役員達。
「企業下請けとして企画広告を打ち出すだけでは、どうしても会社発展に限界がある。それよりもカラテガールを利用し、我々自身が巨大なイベントのオーナーとなり、それを宣伝し盛り上げていくのだよ」
「待ってください社長。カラテガールを使うと言っても……」
「先程諸君が言ったように、彼女の動画は軒並み凄まじい再生回数。すなわち凄まじい人気! つまり、カラテガールは金になるのだ」
「そりゃあ、その理屈は分かりますよ社長」
役員達は、難しい顔で唸った。
今までも、様々な企業があの女性ヒーローに接触しようと試みていた。だが彼女は、それを全てつっぱねている。
あまりにもしつこく迫ったスカウトマンに至っては、怒ったヒーローのオーラに圧倒され、泣きながら脱糞してしまった程である。
「カラテガールは、企業広告塔になるのを完全に拒んでいますよ」
理由は分からない。正義のヒーローなんてやっているのだし、何かしらの信念があるのだろう。と言うのが業界の通説。
本当の理由はもっと単純だ。
真奥桜は、ヒーローに生徒会にお嬢様ごっこに武術に勉強に弟へのセクハラに忙しく、これ以上活動範囲を広げられないからである。
「その懸念は分かる。私も、カラテガールが我々のビジネスに賛同してくれるとは思わない」
「ええ……では、彼女をどうやって利用すると言うのですか」
「ふむ。それはだね……」
役員達が予想通りの反応を見せ、滝野川社長はしたり顔になる。
「説明のため、次の映像を観て貰おうかな」
社長がそう言うと、秘書が新たな動画をスクリーンに映し出した。
そこには、象ほどの大岩に両手で触れている青年の姿。
『おおっしゃあ!』
青年が気合いを入れると、岩が派手に砕け散った。
役員達は、またもや騒めきだす。
「次の映像」
また別の動画。
目から光線を出す老人だ。その光線は分厚いコンクリート壁を貫き、野球ボール程の穴をあけた。
「次」
体が鋼鉄のように固い少年。
逆にドロドロに溶ける女性。
異形の姿に変身する童女。
閃光弾のように激しく光る男。
「社長。これはトリック映像か、それとも……」
「もちろん本物の超能力だ。カラテガールと同じくな」
滝野川社長は、堂々とした笑みを浮かべる。
「この超能力者達は、私のビジネスパートナーが作ったものだ。いわば『人工超能力者』。まだまだ増やし続けている」
「つ、作った……人工……増やす……ですか?」
「どういう事です社長!」
動揺している役員達。
滝野川社長はわざとらしく大きな咳をし、彼らを一旦静かにさせた。
「そのビジネスパートナーは、とある方法で『他人を超能力者』に出来るのだよ」
もちろんビジネスパートナーとは、根元のことである。
「なんと……信じ難い……」
「とある方法とは。も、もしや人体改造でしょうか……?」
「ふむ、それは分からん。彼の機密情報というわけだな」
これは嘘だ。
滝野川社長は『超能力者を作り出すプロセス』を根元から全て聞いている。
ただ役員達に教えたくなかったのだ。彼らはあくまでも自分の駒。余計な知識は与えない方が良い。
役員達は更に質問する。
「超能力者を作り出すとは……もしかしてカラテガールや毒霧忍者も、その方法で作り出された能力者なのでしょうか?」
「それは分からん。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんな。私には判断しかねる」
これも嘘。
根元から「カラテガール達は、俺とは関係ない」と聞いている。
「ともかく『我々が作った人工超能力者』の話に絞ろう。彼らには、こう伝えようと思う」
スクリーン画面が切り替わる。
今度は動画ではなくスライドだ。二つの文が書かれている。
『①君達は星の力に選ばれたヒーローだ。人々を助けろ』
『②他のヒーローは倒せ。最後まで生き残った者は、なんでも願いが叶う』
「社長、これは一体……」
「ふむ。まず①。もっともらしい嘘設定で、人工超能力者達をその気にさせるのだ。星の力とは、夜空に輝く星でもこの地球そのものでもどちらでも良い。細かい事は考えず、彼ら自身の想像力に任せた方が効果的かもしれんな。ただ『それっぽく』なれば充分。星空のヒーロー……彼らのことは『星屑英雄』とでも名付けようか。子供じみているくらいの名称が丁度良い」
星の力、という設定。
この計画を立てている時に、根元がふと「流星……」と呟いた事から着想を得た。
根元自身はその呟きを覚えていなかったのだが。
「コスチュームや武器、活躍に応じた報酬を我が社が用意する。そして彼らのヒーロー活動を専用ホームページ上で独占配信。上手くいけば、カラテガールのような人気ヒーローが、我々の手で誕生するやもしれぬ」
「ヒーローの独占配信……なるほど。カラテガールがブームの今、軌道に乗ればかなりの収益が見込めそうですね」
社長は頷き、さらに説明を続ける。
「星屑英雄のコスチュームには、発信機と録音機能を付けておく。ヒーロー活動が始まったら、すぐに我が社の撮影部隊が飛んでいくのだ。撮影隊が辿り付くまでの間は、とりあえず音声だけでも録音しておく。事業が軌道に乗れば、録音だけでなく小型カメラによる撮影も出来るようにしたいがね」
その計画に、役員達は「なるほど」と理解を示す者が半分。「はたして軌道に乗せることが出来るのか?」と疑問顔が半分。
後者の役員達を見て、滝野川社長は、
「当然、これだけでは成功しないだろう」
と、彼らの考えを見透かすように言った。
疑問顔だった半分が頷く。
「そこで②だ」
社長はスライドを指差す。
『②他のヒーローは倒せ。最後まで生き残った者は、なんでも願いが叶う』
「『願いが叶う』という偽りのニンジンを目の前にぶら下げてやり、星屑英雄同士で決闘させるのだ。ヒーローと言っても即席、しかも最近超能力を獲得し増長している奴ら。ご褒美があれば喜んで殺し合うはず。戦いを避け逃げる者もいるだろうが、それを後ろから刺し殺す者もいれば娯楽になる。スターダスト・バトルロワイヤル。いや、コロシアム……ううむ、シンプルにスターダスト・バトルか。人助けの映像よりも、こちらの方が遥かに話題を呼ぶ」
その説明に対し、役員の一人が手を上げ発言した。
「ヒーロー同士の殺し合い大会を、我が社が開催するのですか? さすがにイメージが悪いですよ」
「ああそうだ。なので名前だけの別企業を設立し、我が社は関係ない体を装うのだよ」
滝野川社長は椅子に座り、腕を組んだ。
「殺人映像を配信するのだ。広告費で稼ぐことは出来ないだろう……最初はな。だが話題になれば、そんなものどうとでもなる。ヒーロー達の専門誌やニュースペーパーを自社出版、それにキャラグッズ販売等の小遣い稼ぎも出来るだろう。我々に『人工超能力者達を作っている』というアドバンテージがある以上、便乗してくる他企業にも負けん。まずはとにかく話題になればいいのだ。話題にな……よし、次」
社長は再び秘書に指示し、スライドを操作させた。
文章②の下に、補足文が現れる。
『補足:ヒーローは、他のヒーローが誰なのかを知らない』
「これが肝心な部分だよ、諸君!」
社長はせっかく椅子に座り直したばかりだが、再び勢いよく立ち上がった。
「こうしておけば、本来無関係なはずのカラテガールに、戦いを挑む者が現れるだろう?」
◇
会議終了後。
社長室。
「ふん。役員達の反応は、まずまずと言ったところか」
滝野川社長は部屋から秘書を追い出し、ビジネスパートナーである根元に電話をかけようとした。
彼には会社名義で新しいスマホを買い与えている。
あと一操作で通話発信、という所でノックの音がした。
「社長。よろしいでしょうか」
「うん?」
男性社員の声。
先程の会議にも参加していた、役員の一人が訪ねてきたようだ。
「ああ、入りたまえ」
滝野川社長は携帯電話の操作を中断し、社員を招き入れる。
「どうしたんだ?」
「ええ。その……ええと、ですね……」
「何? なんだか歯切れが悪いな。言いづらい事柄なのかもしれんが、ハッキリ喋って報告してくれないと困るぞ」
「分かりました。実はですね……あ、社長。スーツにゴミが付いていますよ」
そう言って、社長の体に触れた。
「ああすまないな。それより話と言うのは一体なんだね?」
「はい。それがですね」
社員は、口の端を歪ませた。
「社長に死んでもらおうかな。なんて思って」
その言葉を発した瞬間。
「……え?」
滝野川社長の上半身が床に落ち、叩きつけられた。
自分の腹から下部分を、見上げている。
上、下。両方から大量の血と臓器が漏れている。
社長の体は、二つに切断されていた。
突然すぎる体の消失。不思議と痛みは無い。
社長は、虚ろな目で社員を見上げた。
「ど、どうし……お前、能力……? ね、根元に……あった……のか……?」
「へえ。あのおじさん、根元さんって名前なんですね」
「き、きさ……ま……どこで……」
滝野川は声を振り絞る。
呼吸がままならない。痛みも徐々に感じてきた。
「すぐ近くの繁華街ですよ。突然話しかけられ肩を叩かれた。その後すぐでした……なんとなく触れた鉄の看板が、綺麗に真っ二つ。その瞬間理解しましたよ。私はあのカラテガールと同じ、スーパーヒーローになったのだと」
彼はナルシシズムを満足させるように、目を閉じ両腕を頭上へ掲げた。
「急に発動したスーパーパワー。そのきっかけは、あの肩を叩いたおじさんが怪しいと思っていたのですが……今の社長の態度だと、ビンゴのようだ」
「ぐっ……う……」
「でも根本さんも、まさか私が滝野川社長の部下だとは思っていなかったでしょうね」
「……だ、だが、私を殺して……ど、どうす……ふ」
滝野川社長の意識は薄れ、それ以上何も言葉を発せなくなった。
「社長を殺したのは、自分の能力の出所を知ったからです。人工超能力、なるほど。ならばこれを利用しない手は無いでしょう」
社員は念入りに、滝野川社長の頭部も切り刻む。
「とにかく社長の後釜に就いて、星屑英雄で一儲けしとこうかなって思いまして。こんな能力があれば、皆も私を新社長だって認めてくれるかも」
社員はそう言って、床に落ちている滝野川元社長のスマホを見る。
そこには、根元の名前と電話番号が表示されていた。




