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46話 『弟=理想の姉』

 シンデレラっ()()世界に迷い込んで数時間。

 テルミは家族に不思議がられながら、屋敷中の掃除をしていた。


 空は夕日で赤く染まり、町中の松明たいまつにぽつりぽつりと火が灯り始める。

 そんな時間になり、掃除も一段落ついたテルミが台所に行くと、シンデレラが夕食の支度をしていた。


「こんなに大きなお屋敷なのに手伝いを雇わず、全部シンデレラさんがやってるのですか……」


 テルミはそんな疑問を抱いた。おそらくはここが『童話シンデレラ』の世界だからだろう。悲劇を強調するために、少々非現実的な部分があるようだ。


「痛っ」


 その短い叫び声を聞き、考え込んでいたテルミは我に返る。

 シンデレラが右手人差し指を押えていた。第一関節部分があかぎれし、血がにじんでいる。


「大変だ。シンデレラさん、手を洗って清潔にしてください」

「えっ? でも、手荒れくらい我慢しろって、いつも……」

「早く」


 シンデレラは首を傾げながら指示に従った。

 傷がしみるのを我慢するシンデレラに、テルミが尋ねる。


「今日の夕食のメニューは何ですか?」

「は、はい大義姉おおねえ様。ウサギ肉のパイに、ヤギ肉のステーキ、ますの香草焼き。それとアブラナを煮たものです」

「分かりました」


 そしてテルミは台所に立ち、ウサギ肉をさばき始めた。シンデレラは不思議そうに義姉テルミを見つめる。


大義姉おおねえ様。お食事は私が用意しますので……」

「いえ。僕に任せて、シンデレラさんは休んでいてください」

「でも……」


 なおも渋るシンデレラを無理矢理椅子に座らせ、テルミは楽しそうに料理した。



 そして晩餐。


「♪ああ~マジ美味しいんですけどぉーお姉様あー」

「♪ホントね~どこで料理なんて覚えたのぉ~?」


 テルミの作ったディナーに、母と妹が舌鼓を打ちつつ歌う。


「♪良いお嫁さんになれるわーね~」

「そ、そうですか……どうも」


 一応礼を言いつつ、お嫁さんという単語で微妙な気持ちになる。

 主婦っぽい趣味を持つテルミであるが、あくまでも男の子なのだ。

 それに本来なら貴族は使用人に料理を用意させるので、『料理が出来れば良いお嫁さん』などという概念は無いはずだが。まあそこはあくまでも童話の世界というわけなのだろう。


「シンデレラさんも、ご一緒にどうぞ」


 テルミは、部屋の隅にぽつんと座っているシンデレラを呼んだ。

 しかし彼女は慌てたように手と首を振り拒否している。


「♪どうしてシンデレラなんかを呼ぶのよーお姉様マジーなんでー」

「だって、家族でしょう?」


 そのテルミの言葉に、シンデレラの顔は燃えるように赤くなった。


「♪おお~なんて優し」


 以下歌は省略。

 ともかく、そうやって家族みんなで夕食をとった。



 そしてその晩。テルミはシンデレラの部屋に行った。

 とは言ってもそこは部屋とは言い難く、階段の下にある狭いスペース。いつもそこでボロ布と一緒に寝ているらしい。


「シンデレラさん。手を出してください」

大義姉おおねえ様……一体何を?」

「あの女の方……ええと……『お母様』から、あかぎれの薬を貰ってきました」


 植物性の油に薬草を混ぜたものが、小瓶に入っている。テルミはそれを自分の手に数滴垂らし、シンデレラの手を握り薄く塗った。


「はい。シンデレラさん、これで安心……どうしたのですか?」


 シンデレラはうっとりとした目付きでテルミの顔に見惚れていたが、話しかけられ慌てて目を逸らした。


「い、いえ……大義姉おおねえ様、ありがとうございます……♪ああなんてステキな~お義姉様。わたーしーはー幸せよー! 昨日までの意地悪が、まるで悪夢の幻だったようね~」


 本人の目の前で「意地悪」だの「悪夢」だのと歌って、なんとも胆力がある娘だ。しかし、歌っている時はそういうのを気にしてはいけないルールらしい。テルミは歌い続ける家族と今日一日接し、すでに慣れてしまった。


「そうだシンデレラさん、こんな所では寝苦しいでしょう。僕の部屋で寝てください」

「えっ……!? で、でも大義姉おおねえ様」

「何故か無駄に三部屋もありますので、遠慮しないでください。それに服も」


 テルミは、シンデレラのみすぼらしい恰好を見て言った。


「服?」

「ええ。僕の部屋のクローゼットの中にある服から、好きなものを着てくださいね」


 シンデレラは口をぽっかりと開け、自分の頬をつねった。


「♪ああ……これはっ夢じゃないのねえ~。お優しい大義姉おおねえ様ああああ!」


 かかとで床板を踏み鳴らしリズムを取る。

 また謎の音楽が、どこからともなく流れてきた。




 ◇




 そして数日が過ぎた。

 テルミとシンデレラは共に家事をし、共に文字の勉強(なぜか日本語だった)をし、共に散歩をし。()妹仲良く過ごした。

 義母や小義姉もテルミにつられ、少しずつシンデレラに優しくなる。

 それはシンデレラにとって、父が生きていた時以来の楽しい日々であった。


 もちろんテルミは、ここが『普通じゃない世界』だという事を忘れてはいない。何度か脱出しようとも試みた。

 だが、見えない壁のようなものに阻まれ、遠くに行けないのだ。


 普段は家から一歩も外に出られない。

 主役(シンデレラ)と共に行動している時だけ、何故か家からは出られるのだが……それでも町の外までは行けない。


 手詰まりだ。お手上げ状態。

 とりあえず物語が進むのを待つしかないのだろうか。

 それにしては、随分ストーリーが変わってしまった気がするが……


 だが気にしても仕方が無い。なるようになるだろう。



 そんなある日、『王子様の花嫁選び舞踏会』なるものの招待状が貴族達に届く。そしてテルミとシンデレラは一緒に、舞踏会用のドレスを家族()人分作った。

 つまりは『ドレスが無いのでパーティーにいけないシンデレラが、魔法使いから魔法のドレスを貰う』という展開を、真っ向から潰してしまったわけだ。


 でも仕方がないのである。

 シンデレラだけ仲間外れにするのは、テルミの母性が許さなかった。

 だって可哀想だから。仕方ないったら仕方ない。


 仕方がないと言えば、ドレスの下がノーパンというのにも慣れる事が出来なかった。

 下半身が落ち着かない。しかしどうにもならない。仕方がない。



 そして舞踏会当日。

 シンデレラの義母と小義姉は二人用の馬車に乗り、


「♪では~あなた達もぉ、早く支度しなさーいーね~」

「♪マージー。私達仲良し姉妹()人で~王子様のハートをゲッツーなんですけどぉー!」


 と歌いながら、先に城へと向かった。


 ちなみにテルミも、きらびやかなパーティードレスを着ている。

 完全に女装になってしまうので、抵抗はあったのだが……家族全員から「♪きっと似合う~」と期待に満ちた目を向けられ、今更拒否するわけにもいかなかったのだ。

 不幸中の幸いか、元々女性らしい顔立ちのテルミはドレスを着ても違和感が無かった。が、それはそれでショックだった。ノーパンも手伝い、少しだけ気分が落ち込んだ。


 そんな女の子状態のテルミは今、シンデレラのドレス着付けを手伝っている。


「あの、大義姉おおねえ様……私にも、こんな綺麗なドレスを作って頂いて、ありがとうございます」

「家族じゃないですか、気にしないでください。それにドレス作りは、シンデレラさんに教えて貰いながらでしたし」

「いえ、大義姉おおねえ様ったら、私なんかよりずっとお器用で……」


 コルセットを固く締めるテルミに、シンデレラが熱いまなざしを向ける。


「あの……私、大義姉おおねえ様にお伝えしたい事があるんです」

「はい。なんでしょうかシンデレラさん?」

「その、えっと……♪わた~しは~、ああ言っても良いのかしらっー。この胸の秘めたるおーもいっー! 私は、私は、私はぁぁ~! …………大義姉おおねえ、様の、事がぁ~……好……」




「オイオイオイオイオイオイオイ、シンデレラの姉ええええ!」




 突如部屋に響く、しわがれた老婆の怒声。音楽もぴたりと止んだ。

 どこから入って来たのだろうか。部屋の隅に、茶色のローブを着た如何にも「魔法使いのおばあさんです」と言わんばかりな人物が、ぜいぜいと息を切らして立っている。


「きゃあっ! おばあさんは誰!?」

「……あなたはもしや、魔法使いさんですか?」


 シンデレラとテルミの問いに、老婆は息を整えながら頷く。そしてテルミをびしっと指差した。


「あなたがシンデレラに優しくしちゃ駄目でしょうがよぉ! 段取り狂っちゃったよもう!」

「はあ、すみません。しかし」

「しかしじゃないんだよ!」


 老婆は叫び疲れ、傍に置いてあった椅子に座った。


「じゃあまあとりあえず、そのドレスを脱ぎなシンデレラ。私が魔法でもっと凄いの出してあげるからさ」


 そう言って杖を掲げる老婆。だがシンデレラは、


「えっ、なんで? 嫌です。何故? 私、大義姉おおねえ様と一緒に作ったドレス以外は着ません!」


 と、断固拒否。老婆は苦々しい顔をする。


「それじゃあ『十二時に魔法が解ける』って展開にならないじゃあないのさ!」

「知りません。何を言っているのか分かりません! 私はパーティー会場で大義姉おおねえ様と一緒に、十二時どころか朝まで楽しむんです!」


 そう言ってシンデレラはテルミの腕に抱き付いた。


「ええい! 女同士で何考えてるんだい、あんたら!」

「僕は男ですが……」

「だいたいそれじゃあ、王子様との甘いダンスはどうするんだいシンデレラ!」

「王子様なんてどうでもいいです! 私これから一生、大義姉おおねえ様と……」

「やめなさい! 女同士でしょうがぁ!」

「あの、僕は男……」


 収集が付かなくなって来た。

 このままでは先に進めない。老婆は一旦深呼吸し落ち着いて、妥協点を探る事にした。


「分かったよ、じゃあドレスは良い。でもせめて、ガラスの靴を履いて、ネズミの馬が引くカボチャの馬車には乗っておくれ……」

「ネズミの馬? おばあさん、何を言っているの?」


 怪訝な目で老婆を見るシンデレラ。

 一方『シンデレラのストーリー』を知っているテルミは、老婆の言葉の意味をすぐに理解できた。

 既に本来の展開から結構変わってしまってはいるが、とにかく『ガラスの靴を履いたシンデレラがお城の舞踏会に行く』という状況を作るべきなのだろう。


「シンデレラさん、ここは魔法使いさんの言う通りにしましょう」

大義姉おおねえ様がそうおっしゃるのなら、私は如何様いかようにもいたします」


 テルミの言葉で態度を急変し、顔を上気させ頷くシンデレラ。

 老婆は呆れながら、


「じゃあまずはネズミを呼び出さないとね」


 と言って、杖で床を叩いた。

 すると「ちゅー! ちゅー!」とネズミの声……いや、人間の声……

 聞き覚えのある、少女の声が聞こえてきた。


「ちゅー! おい婆さん、こんな鳴きマネで良いのか……ん!? あっれー!? おおお! テルミ、こんな所にいたのか!」

「コウさん!?」


 ネズミ()として出てきたのは、テルミの同級生、伊吹(こう)であった。

 いつものジャージ姿では無く、灰色の全身タイツ。そしてその頭には、丸いネズミ耳を模したカチューシャが着いている。


「どうだ、可愛いだろ俺! ちゅー!」


 コウはネズミであるのにも関わらず、右腕を曲げ、招き猫のポーズを取った。


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