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-6話 『姉の超能力バナナジュースと弟のたまねぎ畑』

「あたしってば、超能力者になったのよ」


 姉である真奥まおくさくらの突然のカミングアウト。

 それを聞いた弟、真奥輝実(てるみ)は、大量のバナナの皮を剥く手を止め、


「凄いですね姉さん。それはそれとしてバナナの皮剥きを手伝ってください」


 と答えた。


「それは卑猥な誘い文句? それとも健全に料理のお手伝いしろって意味?」

「後者です」

「ならばお断り! っていうかテルちゃん、あたしの超能力って台詞信じてないでしょ!」

「はぁ……まあ、そうですね」


 テルミはそう言ってバナナの皮剥き作業を再開。

 桜は不満げに、テルミの頬を両手の平で押さえ、ぐりぐりといじった。


「もー! テルちゃんには、お姉様を尊敬する気持ちが足りなーい! もっと尊んで敬って! 愛して! チューして!」

「学業や武術については、姉さんの事をとても尊敬していますよ」


 

 真奥家の子供達は、幼き頃より祖父と母に武術を叩きこまれた。

 祖父いわく、平安時代の弓馬をルーツにした流派。

 剣、弓、薙刀。徒手も有り。馬術も学ぶため、たまに牧場へも行く。


 それら全ての武芸項目において、桜はまだ九九も覚えていないような幼少時から、大人顔負けの才を発揮していた。

 同世代には敵無し。剣道、柔道、空手、ついでにそろばん。多くの大会を総嘗め。

 ただし肌に傷が付いたり、柔道耳に変形するのを嫌い、軽い練習でもヘッドギアやサポーターを付けた上で、受け身や組み技の練習は拒否していた。

 小学生に上がるよりも前から、美容に対しての意識が高かったのだ。

 そんな制限された練習方法を取っているにも関わらず、他の追従を許さぬ実力を示している。


 桜の武芸歴の中で、特に注目を集めたのが馬術だ。

 小学生の時、規定ギリギリの最少年齢で、乗馬障害物競走ジュニア大会に出場。

 大金を払って馬術を学んで来たはずの中学生高校生達をぶっちぎり、圧倒的な差で優勝した。


 その時にテレビで報道された事が、桜の女王様ごっこ生活のきっかけとなった。

 乗馬と言う、庶民にとってはなんとなく上流階級の趣味というイメージがある競技での実績。

 しかもテレビ局員が調べると、馬術どころか剣道柔道空手弓道、様々な武芸で実績のある娘だった。あと、そろばん。

 それに加えて、生来持つ高貴なオーラ。そして非の打ち所がないルックス。小さい頃から発育も良い。

 話題性充分。あっという間にファンがどんどん集まった。


 そしていつ頃からか、桜は自分が武術家である事を隠し、代わりに馬術や華道、純粋な運動神経、学力等を周りにアピールするようになった。

 本来の威勢良い性格も隠し、一人称も『あたし』から『わたくし』に変更。

 家の外では、ファンたちが望む「クールで、尊大で、畏れ多いお嬢様」というキャラクターを演じる事にしたのだ。

 周りの期待に応えようとして……などと言ういじらしい心根では無く、完全に自分自身が楽しむためなのだが。



 そんな姉に比べ、テルミの武術成績はまあまあと言った所。

 いや、同年代の中では非常に優秀ではあるのだが、姉の輝かしい戦果に比べると、どうしても見劣りしていた。

 妹の莉羅りらに至っては元々あまり武術をやる気が無い。兄と一緒に遊ぶような感覚でやっている。引っ込み思案で試合にも出ていない。


 しかしテルミは、姉の優秀さに対し、特にコンプレックスを抱いているわけではない。

 武術に優れ、その上で学業も疎かにしていない桜。

 才能の上に努力を重ねる姉を、誇りに思っている。



 だがそれはそれとして、信用はしていないのだ。

 


 話を、真奥姉弟の会話に戻す。


「超能力と言うと……以前、鍵が掛かっているはずの僕の寝室に侵入した、あの能力ですか?」


 その時は、寝ているテルミの服を脱がし、全身に落書きをした。

 そんな姉だから、弟から信用されていない。

 桜は対外的な性格と、家族に対しての性格が、百八十度違っているのだ。


「鍵開けは超能力じゃなくて技術ピッキング! 超能力ってのはね、まあ良いからこれを見なさい」


 桜は、近くに落ちていた雑誌を左手で拾い上げ、テルミの前に突き出した。


「はい見ました。ファッション誌ですね。こんな所に散らかさず、自分の部屋に片付けてくださいと何度も言って……」

「とりゃー」


 桜はテルミの言葉を無視し、気の抜けた掛け声と共に、右手人差し指で雑誌を突いた。


 次の瞬間、雑誌が木っ端微塵に破裂した。紙片が室内を舞う。

 そして粉々になった各残骸が、一斉に燃え上がった。

 更に一瞬で消火し、次は凍り付いた。

 オマケにバチバチと電気火花を散らし始めた。


 部屋中の壁に、焦げ目や霜がついた。


「……何の科学実験ですか」

「超能力だってば!」


 その後も、桜による超能力ショーが続いた。

 小指一本でコンクリートブロックを粉々にする。

 念動力でダンベルを浮かす。

 目からビームを出して障子を破る。

 数メートル先に現れたゴキブリを、触らずに粉砕する。


「ゴキブリのシミが壁に……もう良いです姉さん」


 これ以上被害が出る前に、テルミも納得せざる得なかった。


「なるほど。姉さんは本当に超能力に目覚めたようですね」

「でっしょー! でっしょー!? あたし凄くない? 褒めて褒めて」


 無邪気に笑う桜。

 テルミはその笑顔を見ながら少し考えた後、ステンレス・トレーに大量に入っている、皮を剥いたバナナを指差した。

 先程の雑誌爆発の紙片燃えカスが一欠片付着していたので、指で摘まんで取り除く。


「では姉さん。その超能力で、このバナナを砕いて豆乳と混ぜ、ジュースにしてください」

「……ええ? な、なんでよ」

「お爺さんから頼まれているんです。練習後の栄養補給ドリンク製作を、門下生全員分。ああ、ついでに莉羅のおやつ代わりでもあります。量が多くてミキサーでは大変なのです」


 桜は、テルミの切り替えの速さに唖然とした。

 この弟は、自分の超能力にあまり驚いていないようだ。何故だ。

 もっと驚くと思ってたのに。


 最悪の場合、怖がられ、逃げられる事も覚悟していた。

 それでも自分一人で抱えるには重い秘密。弟にだけは打ち明けようと思った。

 出来るだけ軽い雰囲気で話しかけたが、実は内心不安で一杯だった。


「せっかくの超能力。何か役に立てましょうよ」


 テルミは桜の手を握り、人懐っこく笑った。

 その顔を見て、桜はハッと気付いた。


 ああ、そっか。この子は、私の不安を察した上でこう言っているんだ。

 僕は姉さんを怖がる事なんてしない……それを言葉でなく態度で示し、安心させようとしている。

 まったく、お母さんみたいな弟だ。


「……分かったわよ。お礼はテルちゃんの添い寝だかんね」



 だが添い寝はしなかった。

 なぜなら、バナナが部屋中に爆発四散したからだ。


 テルミと桜は、バナナジュースでべとべとになった顔を合わせる。


「……姉さん、出力調整は」

「ごめんね。あんまり出来ないみたい」




 ◇




 太陽照り付ける家庭菜園。


 桜は、つばの広い帽子と長袖で、しっかりと日光対策をしている……わりに、ヘソだけは出している。

 胸元も肌を露出こそしていないが、ピッチリした服装で、過剰に胸の大きさを強調している。

 それをわざと揺らし弟にアピール。


「はしたないですよ」


 と、普通に怒られた。

 しかし桜としては、弟のその淡白な反応こそが、ツボだった。

 とりあえず満足。



 玉葱の収穫時期は、春から夏に移り変わる季節。

 真奥家の家庭菜園にずらりと並んでいる玉葱も、あと数日で収穫のタイミングとなるだろう。


 この畑は亡き祖母が耕していたのをテルミが引き継いだ。

 高校生であるテルミには本格的に耕す時間が無いため、隅の一角だけを使い、小さな玉葱畑にしている。

 どうして玉葱なのかと言うと、妹が一番好きな野菜だからだ。


「それにしても草ボーボーな畑ね。タンポポまで生えてるし。テルちゃん、きちんとお世話しなさいよ」


 桜本人は全く畑の手伝いをしないのだが、それを棚に上げている。

 だが指摘通り、真奥家の玉葱畑は、収穫を控えているというのに散々な有様だった。


「すみません。僕も学校や家事で中々畑まで足を運べなくて。玉葱のすぐ近くの草だけは抜いていたのですが」


 各玉葱の周り数センチは綺麗に土が見えているのだが、少し離れると雑草三昧。

 緑の芝生の所々にドーナツ型の茶色模様を描いたような状態。


 祖父と桜はあまり土いじりが好きでなく、手伝ってくれない。

 父と母は仕事で不在がち。

 妹の莉羅は、兄が一緒の時だけは手伝ってくれるのだが、自発的にやろうとはしない。


 たった三日もあれば、雑草が畑を覆ってしまう今の時期。

 まだ高校生であるテルミ一人では、どうしても処理が追い付かないのだ。


「特にこのタンポポが問題です。引き抜いても、中途半端に根を残すとすぐに再生します」

「へー。すぐに再生しちゃうなんて、まるでエロDVDを見つけた男子中学生みたいね」

「再生の意味が違いますが……とにかく、収穫まで五日から十日程度ありますが、その間タンポポが復活しないように太い根を引いておきたいんです」


 そう言ってテルミはタンポポの黄色い花に触れた。

 たいして広い畑では無い。両手で数え切れる程度のタンポポ達。


「この花は可愛い外見に反してとても強く、根っこまで引き抜くのが大変です……でも、姉さんの超能力なら簡単に処理出来るのではと思いまして」


 昨日のバナナ事件後、桜が一体どんな能力を身に着けたのか、姉弟二人で試してみた。

 大きく分けると、五つの能力があるらしい。


 手を触れずに物を動かしたり、ひねったり、圧力をかけて潰したりする。

 火の気が無い場所に炎を付ける。

 一瞬で物を凍らせる。

 電気を発生させる。

 とてつもない怪力になれる。


 ちなみに目からビームは、電気発生能力を、それっぽい演出にしてみたもの。 

 テレポートやテレパシー、透視、予知などは無いようだ。

 どうにも攻撃的な超能力ばかり。


「あたしのシャープな美しさを体現したせいね」


 と桜は言ったが、テルミは適当に受け流した。


 ともかく、これらの超能力の中で、特に怪力能力が日常生活で役立ちそうだという結論に至った。

 手を触れずに物を動かせる能力は、バナナ大爆発の件から分かるように、いまいちコントロールが難しい。

 だが怪力能力なら自分の手足を使うので、細かい動作調整をかける事が出来る……かもしれない。


「という事で姉さん、お願いします。出来ればタンポポ以外の草を引く手伝いも」

「オッケーオッケー。草取りのバイト料は、テルちゃんがショッピングの荷物持ち、もといデートしてくれる事で手を打つわね」

「これは家の仕事なので、バイト料は出ません」


 桜は「ちぇっ」と呟きながら、軍手をはめた指先でタンポポの根元付近を摘まんだ。


「さあタンポポちゃん、畑の栄養満点な堆肥を求めてここまで来たのに気の毒だけど、わた毛みたいにフワッと抜いてあげるわよ!」


 そう言って、腕に力と気合いを入れて、一気に引き抜いた。


 次の瞬間、巨大な地鳴り。


 一帯の地盤が剥がれ、玉葱畑が宙を浮く。

 土と玉葱が、雨あられのようにテルミと桜の頭上へ降り注ぐ。

 二人は全身泥まみれになった。


「……姉さん、出力調整……」

「ごめんね。やっぱり出来ないみたい。テヘッ」




 ◇




「外に、たまねぎ、干してた……収穫する時は、りらも手伝うって……言ってたのに……」


 夕食中、テルミの隣に座っている莉羅りらがぼそりと呟いた。

 畳の上。四角い食卓を、姉弟妹と祖父の四人で正座して囲んでいる。


「事情があり、急遽今日取り入れました。姉さんが手伝ってくれたんですよ」


 予定より少々早く、地盤ごと収穫された玉葱達。

 一部は今日の食卓に上がっている。薄くスライスしたサラダ。肉じゃがの具。野菜炒めの具。

 残りは保存のため、庭に干している。


「へえー……ねーちゃんが、手伝い……? 珍しい事も、あるもんだ……ね。頭でも打った……?」

「珍しくなんてないわよ! いつもテルちゃんのお手伝いしてるもの」


 それは勿論嘘なのだが。


「あたしとテルちゃんは、ずっと夫婦二人三脚なの」

「夫婦じゃなくて……姉弟……だもん……」


 ぼそぼそと喋る莉羅。


 何事も要領よくこなす姉や、人付き合いが得意な兄とは対照的に、消極的で内向的な性格。

 この妹の事を、テルミはいつも気に掛けている。


 学校では上手くやっているのだろうか。

 友達を作れているだろうか。

 勉強で分からない所を、きちんと先生に聞く事が出来ているだろうか。

 外で転んで怪我していないだろうか。


 などと、常に心配している。

 テルミが人並み外れたおせっかいになったのは、この妹の存在も大きな理由の一つだろう。


「姉弟ってのは実質夫婦みたいなものなのよ」

「違います」

「……絶対、違う……もん……」


 姉に対する弟妹の総突っ込み。

 莉羅は姉に対抗するかのように、上半身を捻りながら、テルミの肩に顔をぴったりとくっ付けた。


「莉羅、食事の時には姿勢を正しなさい」

「ぶー……」


 兄の真っ当な説教に、不満気に従う莉羅。

 そんな妹の対面では、武術師範である寡黙な祖父が、苦手な玉葱を渋い顔でもそもそと食べている。


 真奥家の食卓は、いつもこんな感じだった。


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