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-539話 『冥夢神官ダイムの初恋』

「お姉さんの名前はジキタリスよ~。小さな神官さんのお名前は~?」

「ぼ、僕の名前はダイム……」


 と、つい名前を言ってしまった後に、呑気に自己紹介している場合じゃないと思い直す。


「あ、ああああなた、羽無し!」

「あら~キミがダイムさん……いえ、ダイムちゃんだったのね~。イメージと違って可愛い~」


 マイペースな羽無しの女性は、冥夢神官ダイムの頭を優しく撫でた。

 一気に顔が赤くなるダイム。


「あうえうおうあう……」

「あらら~? それは魔物さん達の言語ね~? どういう意味の挨拶なのかしら~?」


 意味など無い。

 ダイムは恐怖、緊張、そして初めて感じる奇妙な胸のざわめきで、無意味な言葉を発しただけなのであった。




 ◇




「それでー。なんでー、羽無しの女を連れてきたんですかー?」


 神官兼家政婦のソーハが、ピーマンとナス(に似た植物)炒めを盛りつけた皿を、勢いよくテーブルに叩きつけた。


「まあ~美味しそうね~」


 羽無し女性のジキタリスは、ソーハの料理を見て微笑んでいる。

 ダイムはそんな羽無しの顔をちらちらと見ながら、ソーハの質問におどおどと答える。


「だって。困ってるみたいだったからさあ」

「困っててもー、羽無しですよー? 敵ですよー?」

「でもぉ……」

「お姉さん、お腹ペコペコなの~。食べてもいいかしらダイムちゃん~?」

「あっうんどうぞ」


 満面の笑みで野菜炒めを食べるジキタリス。

 ダイムは呆けるようにその様子を眺める。

 ソーハは二人の顔を交互に見て、非常に面倒臭そうな表情になった。


「はー、もうどうでもいいやー。羽無しと言っても、町を荒らしに来たわけじゃなさそうだしー」


 羽無しが町中に来ると言うのは、珍しいとは言え全くあり得ない事では無かった。

 二つの種族は憎しみ合っているが、政治的やり取りのために双方の領域テリトリーに足を踏み入れる時もある。


 ダイムが幻術をかける羽無しは、あくまでも町を襲うためにやってきた、政治などには無頓着な荒くれ達。

 羽無しのお偉方にとっても邪魔な過激派だ。

 ジキタリスに敵意が無い以上、荒くれ達と同じような扱いをするわけにはいかないだろう。

 まあ他の町人に見つかってしまったら、どうなるか分かったものではないが。


 とは言えダイムの行動と態度も軽薄だ。

 ソーハは制裁のため、ダイムの野菜炒めを大盛りにした。


「おおう……そ、ソーハさん。僕のご飯はちょっとだけで良いのですよ」

「駄目でーす。たくさん食べてくださーい」

「無情だよぉ……」


 ダイムはスプーンを手に取り、渋々とピーマンを一切れ口に入れた。

 そしてあまり噛まずに、目を閉じ無理矢理飲み込む。


「あら~。ダイムちゃんったらピーマン嫌いなのかしら~?」

「いっいいえ! 嫌いと言うか苦手と言うかお口に合わないと言うか、ただちょっと嫌いなだけだよ」

「嫌いなのね~?」


 ジキタリスはダイムのスプーンをそっと奪い、ピーマンを一つすくい取った。


「何でも食べないとダメよ~。はい、あーん」

「あ、あーんって! ほあ! ああん!」


 妙な驚き声を上げるダイム。

 その口に、ジキタリスがピーマンをねじ込んだ。


「美味しい~?」

「ははっはははい。美味しいよぉジキタリスさん」

「良かったわ~」


 再度ピーマンをすくい上げるジキタリス。

 ダイムは顔を真っ赤にしながら、どんどんと野菜を口に入れた。

 舞い上がって、旨いか不味いかも分からなくなっている。


「私が料理したんですけどー」


 ソーハは冷めた目線で二人を見ながら、自分も野菜炒めを食べ始めた。




 ◇




「お姉さんは、ダイムちゃんに会いたくて来たのよ~。まさかこんなに可愛い男の子だったなんて~」

「うひゃっあああ」


 ジキタリスはダイムを抱きしめた。

 その大きなバストが、ちょうどダイムの顔に当たる。

 本日二度目の感触で、ダイムの頭は熱暴走しかける。


 ソーハは白けた顔をしながらも、ジキタリスに質問する。


「ジキタリスちゃんさんはー、ってか羽無しがー、どうやってここまで辿り着いたんですかー?」

「それはね~。こっそり辿り着いたのよ~」


 あまり具体的な答えになっていないが、実際そうらしい。

 ジキタリスはもう少し詳しい説明を始めた。


 黒い布を身に纏い、荷馬車に紛れ町へ入った。

 そして特に暴れたり盗んだりするわけでもなかったので、なんとか運よく見つからずにいた。

 しかし町に潜入こそしたが、ダイムがどこにいるか分からない。

 とりあえず教会に行って聞いてみようと思った。


「敵地だけど、教会なら親切にしてくれると思ったの~」

「それはー、短絡的で楽観的過ぎると思いますけどー」

「でも親切にご飯くれたじゃない~。ねえ、ダイムちゃ~ん」

「う、うん。僕親切なの」


 そしてジキタリスは偶然にもダイムが住んでいる教会に辿り着いたが、扉の鍵が閉まっていた。

 

「私やダイムさまがー、留守にしてる間に来ちゃってたんですねー」

「そうなの~。それで布に隠れて待ってたら、いつの間にか寝ちゃってたみたい~」


 そしてダイムに出会った。という経緯だ。


「ダイムちゃんの噂もたくさん聞いてたのよ~。古代の魔神さんを復活させようとしてるとか~。凄いわね~」

「それは誤解だよぉ。幻覚を見た相手が、勝手に僕の姿形や目的をイメージしちゃった結果の嘘情報なんだ」

「まあ、そうなの~?」


 ジキタリスは頬に手を当て、首を傾げた。

 その仕草が、ソーハには何故か少し残念そうに見えた。


「それで、ダイムちゃんにお願いがあるの~」

「お願い?」

「ダイムちゃんの技にかかったら、電気ビリビリ~ってなるじゃない~?」

「うん、なるよ」


 ダイムの護身術にかかったものは、指先から放電出来る体質になってしまうのだ。


「お姉さんの村でも、電気ビリビリ~な人が増えて火事とか多くて困ってるの~。解除して欲しいな~」

「えっ……そ、それは無理なんだよ」


 ダイムは電撃について説明した。

 あれは護身術の副作用。

 ダイム自身も制御出来ないし、原理も良く分かっていない。

 解除するには、気長にカウンセリングして幻術ごと解くしかない。


「そうなの~……それは残念ね~……お姉さんの村には、カウンセリング出来る程のお金も無いし、そもそもお医者さんもいないのよ~」


 ジキタリスは消沈し俯いた。

 その動きで胸が揺れ、ダイムはつい視線を向けてしまう。


「じゃあ、お姉さんはしばらくダイムちゃんの家に厄介になるわね~」

「えっ! なんで!?」

「だって~、何か電気ビリビリ~を解くヒントがあるかもしれないでしょ~?」


 その提案に対し、ソーハは「マジでーめんどいんですけどー」と渋っていたが、ダイムがあっさりと了承してしまった。

 思春期である彼に下心があったのかどうかは定かでは無い。

 いや、確実にあったのだが。




 そして三人の共同生活が始まった。


 ジキタリスは町民達に見つからないように、教会の中に隠れるように暮らし、日々の家事等を手伝った。

 それに生活費として、いくつかの宝石をソーハに預けた。

 村は貧乏と言っていたが、ジキタリス自身はどうやら裕福な方らしい。


「ダイムちゃんは幻術をどこで学んだの~?」

「さあ……生まれつきだよ」

「まあ~凄いわ~。お姉さんも幻術使ってみたいわね~」



 ジキタリスはよくダイムに質問をする。

 ダイムもまんざらでもない様子で、素直に身の上を語るのだった。



「ダイムちゃんはどうしてピーマンとナスが嫌いなの~?」

「味とか食感とかかなあ?」

「まあ~お姉さんも子供の頃はそうだったわよ~」



「ダイムちゃん、本当に古代の魔神はいないの~?」

「うん。いないと思うけど……多分」

「まあ~。じゃあ安心ね~」



「ダイムちゃんのお父さんは、ここの町長さんなの~?」

「うん。元々はこの教会の神父だったんだけど、今は町長になって……ここに帰ってくるのも年に数度さ」

「お母さんは~?」

「ママはいないよぉ。僕が赤ちゃんの時に死んじゃったみたい」

「まあ~……大変だったのねえダイムちゃん」

「あふぁ!?」


 ジキタリスはダイムを優しく抱きしめる。


「お姉さんの事、ママだと思ってもいいのよ~?」

「まっままっまままっまま!?」


 こんな生活をしていく中で、ダイムはジキタリスの事を母親代わりどころではなく――憧れの女性として見るようになっていった。


 そして秘書であるソーハは、そんなダイムの様子を見て、何か腑に落ちないような顔をしていた。




 ◇




 ある日の深夜。

 教会の祭壇を漁るような物音がする。

 飾り物等を持ち上げたり、隠し扉が無いか確認しているようだ。


「ジキタリスちゃんさーん」

「あ、あら~。ソーハちゃんどうしたの~?」


 祭壇を調べていたのはジキタリス。

 ソーハは物音に気付きやって来た。


「祭壇がー、そんなに気になるんですかー?」

「だって~。異文化の宗教って珍しいんですもの~」


 ジキタリスは手に持っていた儀式用の鏡を元の場所に戻し、いつものおっとりとした口調で返事をした。

 ソーハはやる気の無い声で「へー」と言いながら、羽無し女性に近づく。


「言っておきますけどー、古代の魔神云々ってのはホントに嘘ですよー」

「分かってるわよ~。『ホントに嘘』って変な表現ね~」

「あー、そうですねー……はー」


 そこでソーハは、急に自分自身の頬を殴った。


「あら~、急にどうしたのソーハちゃん?」

「気にしないでくださーい。ところでジキタリスちゃんさん、もう一つ質問があるんですけどー」

「何かしら~?」


 ジキタリスが一歩下がった。

 ソーハは追うように一歩前に進む。


「ジキタリスちゃんさん、今私にー、幻覚の術を使おうとしましたよねー?」


 そのソーハの一言に、ジキタリスは柔和な表情を崩さずに答える。


「何か誤解してるわよ~、お姉さんには何の事か分からな」

「それにダイムさまがージキタリスちゃんさんに惚れてるとは言ってもー、身の上べらべら喋りすぎかなーて思ってー」

「あら~。ダイムちゃんったら、お姉さんの事をそんな風に思っててくれてたの~? オマセさんね~」

「あれも口を軽くする幻術かけてましたよねー? そもそも一目惚れしたのも幻術のせいかもー? いや、それはおっぱいのせいかもしれないけどー」


 いつものソーハらしからぬ早口で、矢継ぎ早に言及する。


「なんでー、幻術使えないフリしてたんですかー?」

「……ソーハちゃんったら、ダイムちゃんとずっと一緒なのに知らなかったのかしら~?」


 ジキタリスは右手で口を隠すように微笑み、上目遣いでソーハを見た。


「幻術使いは、嘘つきなのよ~」


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