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姉(←大魔王)、妹(←超魔王)、長男(←オカン)  作者: くまのき
第十六章 魔王、魔王、長男、
195/200

146話 『魔王VS姉 とりあえず殴る大決戦』

「……まさか」


 オープンテラスのテーブルに座る『今の桜』は、そう一言だけ呟きすぐに口を閉じた。


「姉さん……?」

「ねー、ちゃん……」


 テルミと莉羅は姉をまじまじと眺める。

 桜が先程一瞬だけ見せた表情。あれは……


「本物の姉さんですか?」


 だが桜はテルミの問いに何も答えなかった。

 黙りこくり、目の焦点も合っていない。

 様子がおかしいと思い、テルミは姉の顔の前で手を振ってみたが、何も反応しない。


 莉羅は姉の目を見つめ、そして気付いた。


「……()で、争ってる……」



 桜が決めたタイムリミットまで、残り一時間と二十三分。




 ◇



 桜の()


「驚いたな桜。いつの間にここ(・・)まで来てたんだい?」


 本物(・・)の桜の前に、()の桜が突然スッと現れた。

 元凶の登場。だが本物の桜は特段驚きもせず、


「うっさいわね。余計な会話したくないから、さっさとあたしの身体返せっての。ばーかばーか」


 と悪態を付く。

 桜と桜。まったく同じ顔の二人が、十メートル――意識の中なので距離を測定するのはおかしいが、とにかく十メートル――ほど離れて対峙する。


「ねーちょっとクソ野郎。あたしがいくら類まれなる超絶美少女だからといって、姿を真似するのはやめなさいよ。ムカツクから、どうにかしてくんない?」

「ふふっ、そうだね。確かに混乱する……でも心配は無用さ桜」


 今の桜――泥人形の体が、氷のように溶け出した。


「ここは意識、精神の世界。入って数十秒も経てば勝手に、本来の精神に一番しっくりくる姿になる……ほら、僕の場合はこんな姿さ」


 泥。

 まさに泥の塊としか言えない姿へと変わった。

 子どもが砂場に水を撒いて作ったような、泥んこの山。それがうねうねと動き、口も無いのに喋っている。桜と同じ声で。


「うっわ。きっもきっも! 何あんた。大魔王の正体ってそんななの!? そんなキッショい姿で、あたしの声で喋んないでよー!」

「不評だね。でも声もすぐ変わるから、ちょっとだけ我慢しておくれよ桜。ふふっ、それに僕は大魔王様ではないよ。大魔王様が作り上げた『力』……力自身に意識が宿っている。キミが戦った魔神くん――人間達から磁力怪獣テツノドンと呼ばれている彼と同じタイプさ」


 そう言って泥の塊は、粘土をこねるように形を整え変わっていく。泥の体なので自由自在に変化出来る。

 そして、遥か昔に大魔王から作られた姿――泥人形の姿になった。

 男であるとも女であるとも解釈出来るような、美しい顔立ちの人形。


「あら。テルちゃんの足元にも及ばないけど、同じタイプのイケメンね……いや、美女? どっちよ」

「男でも女でもないさ。ベースは僕の創造主の娘だけど、そこに故郷の人達の美的感覚を基準に、老若男女から好かれる要素を集めて作った容姿だからね。地球の美的感覚も似たようなもので良かったよ」


 という声も、大昔のものに戻っている。


「あっそ。どうでも良いわ」


 桜は会話に飽きたと言わんばかりに大あくびをし、


「とにかくあんた、あたしの中から出ていなさい。超能力だけは置いてってね。はいサヨナラ」


 と横暴な台詞を吐き、泥人形を睨み付けた。


「ふふっ、桜らしいセリフだね。でも出て行くかどうか決める前に、一つ聞かせてくれないかい?」


 泥人形は言外に「出て行く気は無い」という意味を含ませながら、美しい顔をぎこちなく笑顔にした(・・)

 桜の体とは違い、やはり泥の体では自然な表情の変化は出来ない。


「僕は、桜がもう()に出てこられないようにするため、迷路の罠を仕掛けていたはずだよ。だけどキミはそれをたった一日も経たない内に破った。一体どんな攻略法を使って、出口の無い迷路を解いたんだい? 迷路の名人なのかな?」

「あんた、クール気取りな喋り方してるワリに頭悪いわね」


 泥人形の問いに、桜は煽りながら即答する。


「迷路なんて解く必要ないのよ。あんたが作ったのなら、あたしの力で崩せるに決まってんじゃん。罠になってるって気付いた瞬間、タコもろとも木っ端微塵にしてあげたわよ」


 泥人形は「タコ?」と首を傾げる。

 桜の深層心理が作り上げたメカ・タコゾンビ様を筆頭とするタコ軍団のことを、泥人形は知らないのだ。タコ達は勝手に泥人形の味方になっていたのだが。


「タコはともかく。へえ、迷路を力技で破壊か……なるほどね……でも……」


 泥人形は、桜の自信たっぷりな表情を見ながら呟いた。

 迷宮の罠を破壊したのは流石だ。

 が、しかし。それだけですぐに()へ出て来られるものだろうか?


 自分が桜の肉体を乗っ取った時は、桜の怒りや不安による動揺で生じる意識の隙間を縫い、無理矢理に這い出て来た。

 それ以前にも何度か、桜の口を借りて一言分だけ喋った事がある。その時は桜が『超能力』に関する考え事をしていたり、イライラで心が乱れていたりと、一瞬だけ付け入りやすい隙が出来ていたからだ。


 しかし先程テラスで「ホント!?」と桜が言葉を発した時、泥人形の精神はしっかりと安定していた。

 意識の隙間は無かった。付け入る隙など微塵も無かった。

 なのに桜は、一瞬だけとは言えすんなりと出て来た。


 この現象には何か理由がある。

 そしてその理由はハッキリしている。

 あの時テルミが「好きです」と告白したことだ。

 それで桜のテンションとモチベーションが、泥人形の精神を凌駕して……



 ――と。泥人形が考えを巡らせた、その瞬間。



「うっらあああああああ!」

「……!?」


 ずどん、とロケット砲が直撃したような激しい衝撃。

 桜は一気に距離を詰め、泥人形の顔に右拳を浴びせた。


 泥人形の首から上が砂クズとなり吹き飛び、顔が無くなってしまう。

 ただし泥の体であるため、すぐに首断面から代わりの顔が生えてくる。


「魔人ブウみたいな奴ね」

「……けほっ。やれやれ。乱暴だね桜」


 泥人形は綺麗な笑みを作り、己の首をそっと撫でた。

 その様子を見て、桜はふんっと鼻で笑う。


「なーに平気なフリしてんのよ」

「事実、平気なのさ。僕は泥だし、それにそもそもここは精神世界。物理攻撃が効くワケ……」


 そこまで言って泥人形は突然足をふらつかせ、前に倒れ込み地面に膝をついた。

 尚も倒れようとする上半身を支えるため、咄嗟に両手を前に出す。


「僕は……平気なはず……」

「全然平気には見えないんだけど。そのポーズって鹿のモノマネ? うふふふ、似てなーい。きゃはっ」


 桜は腕を組み大きな胸を揺らしながら、不敵に笑う。


「意識内だろうが何だろうが、あたしが部外者(あんた)を排除出来るのは理屈に適ってるでしょ。白血球が雑菌を殺すのと同じ原理よ。違うもしれないけど。多分同じ。かもしれない!」

「…………うん。そのようだね。驚いたよ」


 泥人形は小さく息を吐いた。

 泥の体なので、呼吸を整える必要は無いのだが……それでも整えた。


 よく考えると、『宿り主』に泥人形の人格を認識されてしまったのは、これが初めてだ。

 桜の前にも別の宇宙で、一人の少女を『宿り主』として選んだ経験はあるが、あの時は結局泥人形としての人格を表に出す事さえ出来なかった。


 今回のように泥人形が見つかってしまえば、体の中に『宿り主』と『泥人形』の二つの人格が、お互いを認識した上で存在するという状況になる。

 それは多重人格のように自然と発生した意識では無いし、ジュブナイルSFのように望んで別人格と共生するシチュエーションでもない。

 主導権を奪い合い、争う間柄となる。


 精神世界内での攻撃は、それ即ち、相手の存在へダイレクトにダメージを与えるものとなるのであろう。

 そして桜は本能でそれをすぐに理解し、実際に殴って確認したのだ。


「……だけど。たった一撃で僕にこれだけの痛手を……」


 泥人形は「本当に驚いたよ」と言葉を繰り返す。

 

「まさか桜が、僕の力をこんなに使いこなせていたとはね。()にいた十数時間で、ますます力に慣れ……」

「はぁ~?」


 桜はわざとらしい動作で大袈裟に首を傾け、泥人形の台詞を遮った。

 その態度に、泥人形は少々困惑する。


「桜、なんだか不服そうな顔だね。一応褒めてあげているのにさ」

「あんた、なぁ~んか勘違いしてんじゃないのぉ!?」


 桜は大仰に腕を組み直し、胸を更に大きく張り、尊大な態度で言い放つ。


「『僕の力』じゃないでしょ。大魔王の力? 泥水マンの力? 違う。これは『あたしの力』よ。 あーたーしーの! あたしだけの力!」


 そう言って、親指で自分をビシッと差した。

 泥人形はしばらく唖然としていたが、


「その物言い、桜らしいね」


 とクスクス笑い出す。


「でも知っているだろう? キミがどう言おうと確固たる事実として、これは元々僕が持っていた力さ。いやもっと正確に言うなら、僕自身こそが力……」

「あ~、あんた分かってないわー。全然分かってないわね!」


 またもや台詞を遮り、桜は泥人形に人差し指を向ける。


「あんたの人格はただ、大昔どっかの宇宙で『あたしの力の原材料』にくっ付いちゃったゴミクズよ。ワカメに付いてる寄生虫みたいなもんね!」


 と言って桜は再び親指を自分に向けた。指が行ったり来たりと忙しい。

 そして桜は、ますます居丈高になる。


「あたしが(しゅ)!」


 次に桜は親指を畳み、代わりに人差し指を立て、それをそのまま泥人形に突きつける。


(あんた)(じゅう)!」


 その宣言に、泥人形は顔に作って(・・・)いた笑みを消した。

 それを見て桜はますます勝ち誇る。


「全部あたしの思い通りになるのよ! わーっはっはっは! おおぉーっほっほっほっほーーっ!」


 正義のヒーローらしからぬ、悪役チックな笑い声を上げた。


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